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パンドーラ

パンドーラ



家に帰った彼は思案の森の奥底で暗闇に身を震わせるだけだった。

司書は最後に彼に言ったのだ。

「ラプラス山の魔物にお会い」

ラプラス山の魔物は、この世界のすべての正しい位置を知っており

正しい在り方を知っており、すべての状態をを知っている生き物だと。

少年は思った。

「会って何を知ればいいんだろう、そもそも魔物というくらいだもの、会った途端頭からばりばり食べられるかもしれない」

少年はまた身震いをした。

そもそも、少年の知っている旅とは、旅立つ者達とは、重厚な鎧に身を固め、風の申し子の軍馬に跨り、悪に打ち勝つために旅に出るものだった。

少年は自分の手をまじまじと見た。少年は自分が何も持たない子供だということを充分に理解していた。

ーーーそういえば僕と同じくらいの子供が旅立つ物語もあったなーーー

その子供はドラゴンを助けドラゴンの一族を助け、ドラゴンの背に乗り世界を見たのだ。

重厚な騎士が君は子供だと叱責した、だがもう一方ではドラゴンの背に乗った少年がいるものは一粒の勇気だけだと声をはりあげた。

少年は思案の森の奥底で、うねり狂う木々の波に揺らされ苦悩していた。


それを一人の女性が思わしげに見ていた。光きらめく黄金の髪を宝石のピンで結い上げ少年と同じ色の瞳をしていた、少年の母親だった。

彼女は少年と同じように苦悩していた。日々宝石のような子供の幸せを望んでいた。

彼女は自分の子供が他の子供と違い変わっていることを知っていた。

彼女の子供は変わった子供で、だが彼女はそれを誇りに思っていた、どんな呼び名をつけられようと、ただ彼が幸せであれと望んでいた。

だが彼女の宝石は日々その瞳に憂いの色を濃くしていった、彼女はそれが辛かった。

そして彼女の宝石は今日、あきらかに困惑しており、苦悩しており、揺らめく心に流され消えてしまいそうな印象を持っていた、。

「何をそんなに悩んでいるの?」

母親は少年に問いかけた。

少年は母親を見上げた。彼女はこの世界で唯一の少年の理解者だった。

どんなに傷つけられても、どんなに悲しもうとも、彼女だけは少年を否定しなかった。

だがあるとき、少年は母親と同じ名前の物語を目にしてしまう。

開けてはいけない箱を開けてしまい、世界に災厄を解き放ってしまう女性の話。

ただのお話だと、母親とは違うのだと心に言い聞かせても、それは小さなとげとなり少年の心に残った。

そのときから少年に救済はなくなったのだ。

少年は力を振り絞って母親に救済を求めた、今日もらった本のこと、旅立つことができること

「どうしたらいいかわからなくて困ってるんだ」

少年は泣いていた。

母親は自分の変わった子供がどんどん賢くなり、もう自分の言葉では癒すことすらできないことをだいぶ前からわかっていた。

だが今回こそ少年に救済を与えなければ、この変わった子供は永遠に苦しみ傷つくだろう、母親は心から、その心から血肉をえぐりとり、真の言葉として少年に言った。

「旅立てるなんて素敵な事だわ」

「あなたにはきっとーーそうね、みんなとは世界が違うものに見えるのでしょうね、それがあなたを苦しませているのね」

「怖がらなくてもいいと思うわ、だってちょっと行ったってだいぶ行ったって、もうだめだと思ったら戻ってくればいいじゃない」

金の髪がろうそくの炎に揺れてきらきらと輝いた。

「ねえ、いつだって疲れちゃったらここに戻ってくればいいのよ」

「あなたのなりたいものにおなりなさい」

きらきらと金の光が、その言葉を乗せて、少年の森にはらはらと舞った、その刹那、荒れ狂う大海のように波打ち光をさえぎっていた木々はその騒乱をやめ整然と並び大蛇のようにうねり狂っていた根は地中に姿を消し、大いに猛り争っていた枝葉はそれぞれ抱きあい、少年に光が降り注いだ。

少年の思案の森は今や穏やかな美しい緑となり、真上から澄みきった青空とまなゆいまでの光が少年を輝かせていた。


少年の災厄はすべて解き放たれ、最後に希望だけが少年に残された。

彼女の名はパンドーラだった。


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