8話 ロレンスの過去
まず、読者のみなさまに1つだけ質問したいことがある。
「あなたは恋人や友人などの大切な人を失ったことがありますか?」と――。
なぜ、俺がそんなことを訊くのかと思った読者がいるだろう。
それは俺自身が体験したあるいは感じたことであるからだ。
*
さて、前置きが長いと飽きてしまうだろうから早速ではあるが、本題に入らせていただこう。
俺は7歳から16歳になる前までとある魔法学校に通っていた。
家族構成は医者の父と看護師の母、1歳年下の妹、そして、俺の4人家族。
その頃の家庭環境は良好だった。
まぁ、この話は俺が13歳に実家を離れ、学生寮に入る前から学校を退学するまでの話である。
*
3月のある日のことである。
俺はダンボールに必要な荷物を詰め始めようとした時、妹であるテールが部屋に入ってきた。
「お兄ちゃん。本当に病院を継がないの?」
彼女は俺に問いかける。
俺は「あぁ」と答えると、こう続けた。
「テールは両親のあとを継ぐのかい?」
「うん!」
テールは力強く頷く。
彼女とは1歳しか離れていないのに、自分の意志が強い。
それに対して、俺はつい最近になって、学生寮に入ると家族に伝えたばかりだったから。
「そうか……。自分の意志を最後まで貫けよな」
「うん。分かった!」
彼女は嬉しそうに俺の部屋から出ると、バタバタと階段を下りる音が響く――。
*
あれから、なんとか自分の荷物の整理を終え、リビングに行くと、父さんが「ちょうどよく引っ越し屋がきてるぞ」と声をかけてきた。
「ハーイ」
「結構、段ボール箱が多いけど、手伝うか?」
「ありがとう。父さん、ぎっくり腰になるなよ」
「分かってるって」
俺と父さんの2人で引っ越し屋のトラックに荷物を詰めた段ボール箱を詰め込む。
そして、そのあとは必需品や細々したものは手荷物としてボストンバックに入れた。
*
荷物を学生寮に送った後は時間が経つのが早かったと感じられる。
家を出る前日は自分が住んでいた家や街並みを手荷物用の鞄に入れたデジカメで撮っていった。
そして、ついに、家を出る日となった。
「また機会があったら帰ってくる。父さん、母さん、テール、元気でな」
「ロレンス、気をつけて行ってこい!」
「恋人ができたら電話するのよ!」
「母さん、それはないと思う」
「できたらの話よ」
「お兄ちゃん、元気でね」
「あぁ、テールも素敵な医者が看護師になるんだぞ?」
「うん……」
家族と最後を交わした会話。
しかし、俺とテールが抱き締めて、交わした最期の会話となってしまったのだ。
*
俺が学生寮で暮らし始めて半年くらい経ったある日のことだった。
俺がそこで学校から借りた本を読んでいた時に電話のベルが鳴る。
「もしもし、母さん?」
『あっ。もしもし、ロレンス? テールが……テールが……』
俺がいつも通りに電話に出ると、母さんは涙声で話してきた。
「テールがどうした……」
『テールが交通事故で亡くなったのよ……』
「……テールが……死んだ……」
『だから、今から家に戻ってきてくれないかしら?』
「わ……分かった……」
その時、俺は複雑な気持ちになった。
テールは俺にとっては大切な家族。
きっと、父さんも母さんも凄く悲しかったと思うと胸がズキズキと傷み、自然と涙が溢れてきた。
俺は適当に涙を拭い、手荷物用の鞄に着替えとネクタイ、ジャケットを綺麗に畳んで入れる。
部屋の鍵をかけ、寮母さんがいるフロントに行った。
「寮母さん、1週間ぐらい自宅に戻ります!」
「学年と氏名をどうぞ。あと、学生証も見せて」
「中等部2年のロレンス・フォードです。こちらが学生証です」
彼女は学生証を受け取ると、すぐに確認作業をする。
「ロレンス君ね……。分かったわ。気をつけて行ってらっしゃい」
「ハイ。行ってきます」
寮母さんから学生証を受け取ると、俺は急いで自宅の病院に向かった。
*
ようやく、自宅である病院に到着した。
確か、そこにいたのは白衣姿の両親と同じ白衣姿の従業員がいた。
「た、ただいま……」
俺がハァハァと息していると、両親と従業員が「お帰りなさい」と出迎えた。
「そう言えば……あなたがお兄さんのロレンスさんですよね?」
「えぇ、僕ですが……」
「ちょっと別室にきていただけますか?」
「ハイ」
俺は看護師のあとについていった。
彼女はスッと俺の前に指輪が入っていそうな小さな箱を差し出す。
「お兄さん。あなたは今月、誕生日か結婚記念日か何かですか?」
「えぇ。今月28日が僕の誕生日です」
「きっと、妹さんはあなたにこれを渡したかったのかなぁ……」
「おそらく、そうでしょうね……。彼女らしい……」
俺はそう言いながら、その箱を開けると、中に入っていたのはネックレスだった。
「……テール……」
その時、大粒の涙が頬を伝う。
それが彼女からもらった最初で最後のプレゼントだったような気がする。
その時、俺は「大切な人を失うこと」がどんなに寂しいかを思い知らされたから――。
*
あれから1年経ち、俺は高等部に進学した。
まぁ、高等部はただ教室が変わるだけで、校舎もクラスメイトも変わらない。
よって、何も変哲のない日々を過ごしていた。
「中等部の1年生に可愛い子いたよねー」
「うんうん。本当に可愛いよね」
俺と同じクラスの女子であるケルンとクロエが話していた。
普段は女性の話なんか興味がない俺だが、少し興味を持ったふりをして「その中等部の可愛い女子はどんな人なんだ?」と問いかけた。
「うーんとね……才色兼備で容姿端麗な子よ」
「確か、彼女の名前は……ネオン・フィリーナさんだっけ?」
「そう! きっとロレンス君にぴったりよ!」
「だけど、ロレンス君。油断は禁物よ。彼女は結構、モテそうだから、早めにアタックしないとね!」
話を聞いていると、なんか知らないが、恋愛話になっているような気がする。
「お前らはちょっと強引だなぁと思うのは気のせいかな?」
「気のせいじゃないわよ!」
「絶対、ロレンス君にぴったりだよ。2人で並んで歩けば美男美女って言われるのに」
俺はその話を聞いたやさき、その日の放課後、ついに、彼女に会ってしまう。
*
俺は校門を出ると、少し離れたところに友人と別れたらしく、女子生徒が自転車を漕ぎ始めようとペダルをかけていた時に、思い切って「オーイ」と彼女に呼んだ。
しかし、彼女は何事もなかったかのように自転車を漕ぎ始めた。
これは他の人だろうなという感じになっているのだろうか?
あるいは警戒されているのではないかと不安だったが、一応話しかけてみる。
「ネオン・フィリーナさんかな?」
「え、えぇ。噂のロレンスさんでよろしかったでしょうか?」
「そうだよ」
彼女は俺の名前を知っていた。
どうやら彼女も噂で知ったようだ。
「な、なぜ、私のことを……」
「知っていても当然だよ。だって、君のことが気になってる奴はたくさんいるし……」
そこは事実だと思う。
あれ? 俺、ちょっと恋してる?
まぁ、それは置いといて、彼女といろいろと話しているうちに彼女の家の事情を知った。
彼女が父親に虐待を受けているとは思っていなかったから……。
彼女は1人娘だ。
たくさんの愛情を受けることができるはずなのに……。
彼女はなぜ、父親に虐待を受けなければならなかったんだろうと思っていたやさきに、彼女は自分の手で両親を――。
そのあとは彼女は綺麗に涙をこぼしていた。
俺は絶対に後悔していると思っていたが、そのことは彼女に言えなかった。
なぜならば、彼女は「大切な人を失った」から……。
2016/07/23 本投稿