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スプレッド

作者: 糸子

あと少し


あともう少し


一定のリズムを刻んで、視界は上下する。



あともう少し、と繰り返す脳内とは裏腹に、


口から飛び出る白い息は、既に音をあげていた。



長い長い坂道を駆け上がり、やっと足を止めると、走った勢いを体が忘れたくないのか、前につんのめった。


何度も酸素を吸い込んで、二酸化炭素と、体が飲み込みきれなかった酸素を吐き出す。



酸素が一気に頭に入ってきたのか、朝もやなのか、見下ろす町は白んでいた。




ドクドクと心臓が脈を打つ。


血が絶えずめぐり続けている。


「あたし、生きてる。」


そう呟かずにはいられなかった。



ぎゅっと握りしめていた拳を開いて、顔の前に掲げる。


五本の指が、早朝の空にむかってのびのびと反り返った。


指は五本、これにはきっと理由がある。



真ん中の三本指が真っ直ぐに伸びるのは、両端の指が違うベクトルに伸びているから。


親指は、人に向けてひっくり返すと「死」を伝える。


昔はこの不恰好な形を忌み嫌う人もいたらしい。


太くて他の指よりも低い位置にあるけれど、その存在は、きっと絶えず付いてくる。



反対の、小さな指。細くてどこか頼りないような、小指。



「ゆびきりげんまんうーそついたら…針千本のーます。」


口ずさむ。声が震えた。



指切り。江戸の遊郭で不変の愛を誓うための行為。


相手に小指を渡すというのは、自分の命を相手に託す事にきっと等しい。



小指は、きっと新鮮で、純粋な「生きる」を訴え続ける。



親指と小指、片方が無くなっては真ん中の三本の指が、


あたし自身が、


崩れてしまう。



生と死が絶えずつきまとって、


引っ張りあって、


あたしは今に在る。



一つ呼吸をするたびに、一度両手が痺れるたびに、町は昇りたての太陽の息吹を存分に感じた。



両手を頬に押し当て、血が流れて行くのを想う。


飽き飽きする程当たり前で、


身震いする程愛おしい、その『生』を。



ぐっと上半身を後ろに反らして、また勢いよく起き上がった。



下り坂を、止まらずに走ろう。


そうして足を止めた時、もう一度掌を開くために。



生き返った『今日』が目を覚ます前に、


あたしは町を見下ろして、



その景色に飛び込むように、地面を蹴った。




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