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人気が少ない住宅地域に自動四輪車は止まった。
軽く礼を言って、BJを乗せた自動四輪車を見送ったあと、アオイは独り自宅の扉を開く。
鼻孔に衝く異臭。
それは町の中で匂ったものとは少し違う独特な機械油のものであった。
歩み進める度に強くなる異臭。
一番手近な部屋に入ると、薄暗い居間の机で作業を続けるひとつの影を見つけた。
机に散らばっているようで見える部分の数々は本人に言わせるところ、整理整頓出来ている、らしい。
アオイはため息のあと、照明の電源を探す。
プラスチックの突起を手探りの指で操作。
天井の電灯が徐々に光を灯しだす。
急激に取り込み過ぎた光が網膜を灼く。
「……帰っていたのか」
今まで作業に没頭して人物がのっそりと机から身を離す。
「ああ、ついさっきな」
それより、とアオイは続けた。
「そろそろ夕飯にしたいからカルムル、それ片付けろよ」
顎でしゃくった先は当然のことながら机の上に広げられた部品もとい、鉄くずたち。
古い新聞紙を敷き詰められた机に視線が注がれた。
「ふむ。 だが、私は先に汗を流したい気分なんだが……」
「……」
アオイは片付けさせるのを諦め、後ろを親指が示す。
「そうか。 では、失敬する」
カルムルが髪を留めていた布の結び目を解く。
解放された藍色の束がカルムルの肩に落ちた。
藍色の髪を揺らしながら、親指が示す方向へ消えていった。
残されたアオイは机の上に鎮座するガラクタたちと向き合う。
これが人を、ましてや金属を切り刻む凶器に変貌するとは信じきれないでいた。
「ところでな、カルムル」
食べ終えた食器をさげながら、ソファーで寛ぐ男にアオイは話題を振った。
「……どうした」
カルムルは、新聞紙に広げたまま応える。
「お前ってさあ、旅とか結構してるんだろ?」
「……」
新聞紙を捲る。
「地下人の〈最下層〉っていうヤツら知ってるか?」
夕暮れBJと会話の中から、話題になるものを引き抜く。
「……噂程度なら」
「……そうか。 あぁ、それよりさあ、この間の件につい――」
アオイが流し台の蛇口を捻った時、新聞紙を目の前のテーブルに放り、カルムルはソファーから立ち上がる。
「明日は早い。 先に休ませてもらう」
「あ、ああ。 お、おやすみ」
「……」
無言のカルムルを見送ったアオイは食器に目を落とし、手始めに皿を洗いだした。
また、逃げられた。 この話題を切り出すとカルムルは逃げて、いや避けていた。
ある程度の家事を済ますと、アオイはソファーに身体を預けた。
暫く、携帯端末で最近の世界情報や、地域ニュースに検索をかけたが特に変わり映えしないモノばかりですぐに操作を止めた。
テーブル上の手近な新聞紙を手繰り寄せるが、すぐにまた放る。
生憎ながら、アオイに二日前の記事を読む趣味はなかった。
欠伸で取り込んだ空気は若干冷めていた。
辺りが砂漠に取り囲まれていることもあってか、夜は昼間との気温差が激しい。
徐々に重くなる瞼が閉じた時、アオイは意識を睡魔に溶かした。