EP.3 機嫌−Mood−
遅れてしまい申し訳ありません!!
突然だが、藤堂ミキヤという少年は所謂怠け者である。
面倒なことは極力避けるようにしているし、無駄に労力を使うことも嫌う。
別に本を読むことも好きではないし、ましてや運動などはもってのほか。
好きなことや興味を持っていることもない。強いて言うなら昼寝が好きと言ったところだろうか。
外で元気よく遊ぶぐらいなら芝生に横になって日向ぼっこに勤しむ。家に居るならゲームをするのではなく惰眠を貪る。
そんな年頃の少年らしからぬミキヤだが、決して必要なことをやらないわけではない。寧ろ、自分の身の回りのことは自分で対処するよう心がけている。
故に、この日もミキヤはまず身辺整理を行っていた。
■□■□■□■
「み、ミキヤくんって、本当はなんでもできるんですね……」
「そうですか?」
まさに呆然、というように呟いた高林の台詞にミキヤは不思議そうに首を傾げた。
時刻は昼少し前。
2人が居るのはとある高級マンションの最上階の一室。今日からミキヤが1人で住むことになった部屋である。
高級というだけあって部屋は広く、窓から見下ろす景色も綺麗だ。
高林の部屋はミキヤのすぐ隣なのだが、こんな立派なマンションの一室を1人で住むことに彼女は少しの遠慮のようなものを感じてしまっていた。
そこで気晴らしとばかりにミキヤの部屋で何か手伝おうとやってきた次第である。
(どうせミキヤくんは荷ほどきしてないだろうし……)
そう思っていたのだが、しかしその予想は見事に外れてしまった。
ミキヤのことだからまだ寝ているだろうと思った高林は、彼に持たされていた合い鍵(何かあったときのためなので他意は無い)を使って中に入ると、そこには私服姿のミキヤが。
茶色のジーンズに黒の半袖のTシャツというラフな格好。右目にはいつもの漆黒の眼帯をつけた姿でソファーに寝転がっていたのだ。
……荷ほどきを既に済ませた状態で。
リビングの隅には液晶テレビがあり、その正面にはテーブル。テレビが見えるようにテーブルの側には2つのローソファーが。
そしてキッチン。
調味料はもちろん、フライパンなどの器具も既に収容済み。キッチンの目の前には来客が合っても対応できるように4人座れる食卓が置かれている。簡素ながら埃1つ無いほどに清潔に保たれていた。
その他にもバスルーム、書斎、寝室、全ての整理が済まされており、どこか物が少なくて寂しい感はあるが、既に生活が成されていたような気さえする。
――そして今に至る。
高林は現在、先程までミキヤが寝ていたローソファーにちょこんと座りながら挙動不審に辺りを見回していた。
一体、何故こんなにも落ち着きが無いのだろうか。
男性の部屋、もしくは上司の部屋だから緊張しているのか。あるいは予想外な出来事に未だ困惑しているからか。
実のところ本人にもわかってはいない。高林は落ち着き無くそわそわとしているだけ。
「どうかしましたか?」
そんな高林とは対照的に、落ち着き払った声音でキッチンから戻ってきたミキヤ。その両手にはアイスコーヒーの入ったカップが持たれていた。
「どうぞ」
コトン、という音と共にその内の1つが置かれる。
「砂糖とミルクはここに置いておきますので、ご自由にお取りください」
それだけ言って、ミキヤは高林とは別のローソファーに腰を下ろした。そのまま砂糖もミルクも何も入れずに飲み始める。
高林は実は苦い物が苦手だ。なのでコーヒーなどには必ずと言っていいほど砂糖やミルクを沢山入れて飲む傾向がある。
だが、目の前では自分より年下の少年が見ている中でそんな子供のようなことができるはずも無かった。
意を決して黒い液体を口に含む。
(……あれ?)
「美味しい……」
「それは良かった」
素っ気ないミキヤの反応を余所に、高林は驚きと共にもう一度コーヒーを啜る。
氷が浮かべられた黒い液体は、勿論苦く無くは無い。コーヒーなのだから当たり前なのだが、それでも適度に抑えられていて高林には比較的飲みやすかった。
いつもとは違う味に不思議に思っていると、ミキヤはテーブルにカップを置いて種明かしをしだした。
「これは俺のオリジナルです。高林さんは苦い物が苦手なようなので苦味を押さえてみました。お口に合って良かったです」
(ば、バレてる!?)
サラッと漏らした言葉に、バレていないと思っていた人(高林)は顔をひきつらせた。だが、当の本人は澄ました顔で再び口をつけている。
なんとも言えない空気が流れる中高林はふと過ぎった疑問を口にした。
「……そういえば、ミキヤくんはどうして私に敬語を使うんですか?上司なのに」
「ああ、それですか」
飲み終わったのか、ミキヤは空になったカップの底を少し見つめ、徐に立ったかと思うとキッチンへと向かい始める。
「年上に敬語を使うのは当然だと思うのですが、俺の場合は癖ですね。年上には必ずしてしまうんです」
「へ、へえ……でも局長には何度か素が出てたような……」
ボソッと呟いたつもりだったのだが、聞こえてしまったらしい。動かしていた足をピタッと止め、顔を顰めて不機嫌さを露わにした。
「しまった!!」と思うももう遅い。ミキヤの身体からいかにも不機嫌だというオーラが放たれ始めたのだ。
「……あの人は別です。敬語を使うに値しません。あの人に敬語を使っているのは“使徒”内の戦績序列に従っているだけです。だいたいなんなんですか、たかが戦績で優劣が決まるなんて。そんなんじゃ一番多く出兵した奴が上の位に付くに決まって…………」
ブツブツと毒を吐き続けるミキヤの姿は、その黒いオーラと相まってとても恐ろしいものとなっていた。
ソファーの上では高林が小刻みに震えてしまう程に。
それから数分後、鬱憤を晴らし終えると、カップを流し台に置いたミキヤは「あ、そうだ」と思い出したように呟いた。
「少し買い物があるので、これから行ってきます。遅くなるかもしれませんので鍵は閉めておいてください」
「え、あ、はい」
いつのまにか通常通りに戻っていた彼の姿を見て、内心ホッとした高林。
それから直ぐに、玄関のドアが閉まる音が部屋に響いた。
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