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EP.1 怠惰−Idle−




天気は快晴。気温も暖かく、頬を駆ける風が心地よい。


そんな過ごしやすいこの場所に1人、仰向けで寝そべっている少年が居た。


黒のロングコート、肌の色から推察するに東洋人だろうか。その寝顔は若く、16、7歳程度かと思われる。黒い髪は長すぎず、短すぎず、しかし手入れが行き届いているのか、風が吹けばサラサラと靡いていた。



黒の少年は一向に起きようとしない。

その光景は、少年の整った容姿と相まって、精巧な人形が置かれていると思ってしまうほど、絵になっている。


しかし、少年は生きた人間だ。

呼吸と共に上下する胸がそれを確信させる。



一体、この少年はいつから寝ていたのだろうか。いや、というよりいつまで寝ているつもりなのだろうか。


動く兆しは見受けられず、ただ風がそよそよと吹き抜けていくのみ。




――ババババ!!


そんな時、遠くからヘリのローターが風を切る音が聞こえ始めた。


徐々に近づいてくる音から察するに、どうやらこちらに向かっているらしい。

しばらくして、黒塗りのヘリが姿を表し、少年の直ぐ近くの空中でその体を制止させ、高度を下げ始める。


「ミキヤくーん!!無事ですか!?」


降りてくるヘリのドアが開け放たれ、そこから1人の女性が身を乗り出し、大声で叫んだ。


ミキヤと呼ばれた少年は、それによりようやくその重たい瞼を開けた。――左目だけ。


「……大声はやめてください。びっくりしたじゃないですか」


「え!?ごめんなさい、聞こえない!!」


「…………」


少しもそんなことを思っていなさそうな声音は、しかしヘリの駆動音でかき消されて彼女の耳には届かない。

そのどこか気怠そうな黒の瞳は、離陸と同時に飛び出してきた女性を真っ直ぐ見ていた。


ミキヤの下に走る女性。だが、それも途中から足を緩め、引きつった笑みを浮かべながらこちらへ歩いてきた。


「……どうしたんですか?」


心底不思議そうな顔で尋ねるミキヤに、女性は指を指して答える。


「そ、それって?」


だが、返ってきた返答は疑問系だった。

向けられた指が指す方向はミキヤ――の後ろ、というより下。


「ああ、“これ”ですか」


女性の問いの意味を理解したのか、ミキヤも“それ”へと目を向ける。


彼が今まで布団代わりに寝ていた物。それは幾つも重ねられ、積まれた――死体。


見る限り死体、死体、死体、死体。

それが積み重ねられたこれは、言葉の通り死体の山。

その山の頂点で、身体を起こしたミキヤはそのまま立ち上がる。足下でグチャッ、という気味の悪い音が鳴ったが当の本人は特に気にしていないようだ。


「ここなら見つけやすいかなー、って」


なんの気無しに言う少年は、なんの感情を宿していないような、そんな視線で死体の山を見下ろしている。


そんな彼は突如として足下の肉片を蹴り、ふわりとした動作で女性のそばに着地した。


良く見てみれば、黒のコートもところどころ赤黒く変色しており、顔にも僅かだが血が付着している。

右目は未だに閉じられ、左目だけが感情の籠もっていない瞳で女性を見据えていた。


その余りにも凄惨な姿に、女性の心に恐怖と畏怖の感情が沸き起こった。背筋にゾクリと何かが這う。



「……高林(タカバヤシ)さん?」



一瞬以上呆然としてしまった女性――高林を訝しく思って首を傾げるミキヤ。その表情は、年相応のあどけなさが残っているように見えた。


「い、いえ、なんでもないです」


「そうですか、ならいいんですけど」


なんて言いながら、さして興味無さそうなミキヤに、ムッとした高林。だが、相手は自分の上官なのだと思いとどまる。何かしたら彼女自身の身が危ないのだ。(できるとも思わないが)


不承不承と言うように、高林はつらつらと報告を並べていく。


「――他のエリアでの殲滅はほぼ確認されました。まだ雑兵は少し残っていますが、それも時間の問題でしょう」


噛まず述べた報告に、しかし顔をしかめるミキヤ。


「……今日、誰が来てるんでしたっけ?」


「えーっと、“螺旋の魔術師”と“疾風の魔術師”ですね」


「ああ、彼らですか。だからか……」


「何がです?」


納得したためか、再び興味が冷めたような表情になるミキヤに、高林は聞き返す。

ミキヤはそんな高林を一瞬見て、すぐにどこか遠くを見つめる。


「大したことじゃありませんよ。ただ、遅いと思っただけです」


「遅い?」


「そうです」と頷き、再び言葉を連ねる。


「“俺ら”が出ると普通は雑兵なんて残しませんよ。けど、彼らは遊びますから。こんなに時間を取られるわけです」


さらりととんでもないことを言うこの少年に、返す言葉も見つからない。


しばらくその調子で唖然としていると、ミキヤは「それで」と問いかける。


「他に何かありますか?無いなら寝たいんですけど……今日の仕事で、1ヶ月の休暇って条件ですし」


そう言って欠伸をするミキヤ。先程まで考え込んでいた自分は何だったのだと思いながらも、高林は脱力する。


そのままヘリへ向かおうとするミキヤを引き止めた。


「待って、ミキヤ君。実はそのことなんだけど……」


しかし、言い辛いことなのか、そこからの言葉がなかなか出てこない。


しばらくして、意を決したように口を開く。


「実は、これから向かわなくちゃいけないところができたんです」


「…………は?」


決死の思いで紡ぎ出した言葉に、今日一番の顰めっ面でミキヤがようやく視線をこちらへ向けた。

それが良いことなのかはわからないが、取り敢えず話を続ける。


「その、さっき上からの……というか眞壁(マカベ)局長から直々の命令で、来るようにって」


「……眞壁さんが?」


眞壁という人物名を聞いた瞬間、あからさまに不機嫌な表情をするミキヤに冷や汗が止まらない高林。


重たい沈黙が流れ始めた頃、唐突にミキヤが口を開く。


「……いやですよ。眠いし」


だが、それは完全なる拒否だった。


スタスタとヘリに向かうミキヤ。

仕方ないので、高林はことの発端である眞壁という人物に託された最後の手段を使うことに。


「『もし来ないんだったら、休暇は無し』だそうですけど……」


――ピタ。


声はそこまで大きくなかった。寧ろ聞き取れるか聞き取れないかの物だったに違いない。

だが、それでも絶大な効果があったことは止まったミキヤの足を見ればわかることだ。


どこかほっとしながらも、後々自分が何か言われるんじゃないかとビクビクしていると、またもやミキヤから口を開いた。


「……それ、眞壁さんが言ったんですか?」


「え?あ、はい」


唐突にそう尋ねられ、反射的に返す高林。正直者なのか、もしくは力関係の差なのか。なんにしろ言ったことは本当だった。


「…………あのクソ野郎が」


「……え?」


「なんでもありません。さあ、行きましょう」


「あ、え?ちょっと!」


何かミキヤが一瞬だけ呟いたように聞こえた気がした高林だったが、次の瞬間にはいつも通りの表情に戻っているのを見て、それも気のせいかと切り捨てる。


「そう言えば、あの人って今どこに居るんですか?」


歩きながら、ミキヤが尋ねる。と、同時にどこから取り出したのか、これもまた黒い眼帯を右目に付け始めた。


「ああ、えっとですね――」


その後ろを歩きながら、付け終わるのを見届け、頭の中の記憶を手繰り寄せ始めた。











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