風を歌おう
むかしむかし、ある小さな村に、おばあさんと二人だけで住んでいる女の子がいました。
名前はリータといって、とても歌が上手な女の子です。
ある日のことです。
リータが森に遊びに行きますと、歌が聞こえてきました。
さわさわさわさわ
さーわさわ
(だれがうたっているのかな? どこでうたっているのかな?)
歌っている人をさがしてリータは森を歩きます。
ですが、森はとても広いのです。
それにどうしたことでしょう。
このうたは森のいろんな所から聞こえてきます。
きらきらゆらめく木の葉たちや、お日さまにぽかぽか暖めてもらってる土、ゆらゆら揺れる草。
そのどれもが声をそろえてうたっているようでした。
さわさわどうどう
さわどうどう
(わ、かぜさん、つよくなったよ。このうたで、おどってるみたい。わたしもうたえるのかな? かぜさんのうた)
リータは歌っている人を探して、あっちへふらふら、こっちへふらふら。
どんどん森の奥に入っていきます。
ですが、森の奥は怖いところです。
森の奥に近づけば近づくほど、木の葉たちや、土は冷たくよそよそしくなってしまいします。
それは『俺たちの大切な場所だぞ。人間なんか入れてやるもんか』ということなのかもしれませんし、『どうぶつたちの大切なかくれ場所なんだよ。入って来ちゃダメなんだよ』ということなのかもしれません。もしかしたら『危ないんだよ』と教えてあげているのかも。
深い深ーい森の奥は大きな木がじゃまをして、お日様があまり差さないで、薄暗いのです。それに、意地悪な妖精さんが住んでいて、なにも知らずに入り込んできた人を、迷わせて帰れなくしてしまったりもするのです。
そんな森の奥に入りこんでしまったのにも気づかず、リータは風さんの歌をたどっていきます。
ときおり、くるくる同じ所をまわったり、急に曲がったりするのでとても大変です。
(かぜさん、たいへん。こんなにいろいろくるくるあっちこっち。でも、かぜさんのとおりみちをみつけたみたい。)
一生懸命に、風さんの歌を追いかけていると、とつぜんぽかぽかなお日様が顔を出しました。きらきら輝くきれいな場所です。
小さな小川がさらさらながれていきます。風もおだやかに吹いています。
ひゅうひゅうひゅう
さわさわさわさわ
そよそよ
さらさらさら
(うわぁ。かぜさんのうた。ふえた。かわさんのおうたも、ふえた)
ぐんぐんさらさら
さわさわぽかぽか
さあさあかさかさ
(なんでかな? たくさん、いろんなおうたがきこえるよ。きさん、かわさん、かぜさん、おひさま、くささん、ほかにもいっぱいうたがある)
それでも、一番はっきり聞こえるのは風さんの歌です。
でも、とリータは首をかしげました。どうしてこんなにたくさん歌があるんだろう?
うんとたくさん考えましたが、答えはでません。
それにお日様がどんどん下がっていってしまいます。
お日様もそろそろオレンジ色になり始めています。
早く帰らないと夜になってしまうので、大慌てでリータはおうちに帰りました。
おうちに帰ったリータは大好きなおばあちゃんに今日の出来事を話しました。
「おやおや、それはすごいねぇ。私にも聞けるかねぇ?」
そう言って、おばあちゃんはにっこり笑って頭をなでてくれました。
「きっときけるよ! ばしょ、おしえてあげる。すぐちかくだよ!」
「おや、本当かい? それじゃ、明日にでも教えてもらおうかね。おばあちゃんも明日は暇だし。ピクニックだ。お弁当も持っていこうね」
「うん!」
リータは笑顔で答えました。
次の日、約束通りおばあちゃんと一緒に森に行きました。
辺りには今日も風の歌が響きます。
さわさわさわさわ
がっさがっさぐんぐん
ぽかぽか
昨日よりもいろいろな歌が増えたようです。
「ここがそうなのかい?」
おばあちゃんは少し困っているようです。
「うん、そうだよ! きょうは、いろんなうたがきこえるよ」
おばあちゃんは少し困った顔をしています。
「おばあちゃんには、聞こえないの?」
おばあちゃんは困ったように笑い、そして、ゆっくり、悲しそうな顔で肯きました。
(こんなにたくさんうたってるのに)
リータは悲しくなりました。でも、ここの歌ではおばあちゃんの耳には小さすぎるだけなのかも知れません。おばあちゃんは最近耳が遠くなったとよく言っていますからね。
今度はリータはあの小川までおばあちゃんを案内しました。
ここではとても大きな声で歌っています。
ここでなら。そう思っておばあちゃんを見てみましたが、やっぱり困った顔で笑っていました。
「やっぱり、聞こえない?」
「残念だけどねぇ」
リータはとても悲しくなりました。きっと嘘つき、と思われたに違いありません。
そんな悲しそうな様子のリータを見て、おばあちゃんは明るく声をかけました。
「そんな悲しそうな顔するない。ほら、たまたま今日は聞こえないだけかも知れないじゃないか」
そんなことはありません。リータにはとてもはっきりと聞こえています。だけど、リータは心配させたくなかったので肯きました。
「ほら、お弁当にしようじゃないか。お腹減ったろう?」
「うん」
リータは無理矢理笑顔を作ります。
「それに、とても気持ちの良い場所じゃないか。こんな所を教えてくれただけでも大満足さね」
そう言って、おばあちゃんはお弁当を広げました。
次の日、リータは丘に行きました。
この丘は村のすぐ近くにあり、天辺には大きな木が一本だけ立っているのです。
リータはその木に登ってみました。
「リータ! 何してんのー?」
同じ村に住む子供達が声をかけてきました。
「かぜのうたを、きいてるのー」
そう言うと、彼らは笑いました。
「風の歌なんて無いよ。嘘つきだー」
「そうそう、嘘つきー」
「リータの嘘つきー」
「ちがうもん! うそつきじゃないもん!」
でも、風の歌を聞いたのはリータだけで、他の人は誰一人として――おばあちゃんでさえも聞くことが出来ないのです。
嘘つきって言われるのも仕方ないかもしれません。
ですが、リータにはこんなにもはっきり聞こえるのです。これが嘘だなんてリータには信じられませんでした。だから、リータは自分は嘘つきじゃないと言い続けました。
それでもやっぱり、みんなは信じてくれませんでした。
「みんなひどいよ! わたしうそいってないのに、みんなうそつきっていうの!」
その夜、みんなに嘘つきといわれたリータはおばあちゃんに泣きつきました。
おばあちゃんは優しくリータをなでてくれます。
「だけど、誰にも聞こえないんじゃねぇ」
「おばあちゃんも、うそだ、っておもってるの?」
「そんなことはないけど…………。そうだ!」
おばあちゃんは何かひらめいたようでした。
「リータ。お前が歌ってくれないかい?」
リータは顔を上げました。
「お前は歌が得意なんだろう? だったら、お前が歌っておくれ。おまえが私に風の歌を教えてくれ」
そうおばあちゃんは言いました。
そうです。みんなが聞けないなら、私がみんなに教えてあげればいいのです。
リータは嬉しくなって、涙を拭きました。
「うん! たくさんれんしゅうして、うたえるようになるから、きっときいてね!」
と、約束しました。
次の日、リータはあの小川に行きました。
そこで練習を始めます。
「さわわさわさわさわ さーわさわ♪」
風はそよりとも動きません。どうも何か違います。
もう一度風さんの歌に耳を傾けます。
さわさわさわさわ
さーわさわ
さわさわどうどう
さわどうどう
やはり違いました。もう一度初めからやり直し。
「さわさわさわ ささわさわー♪」
やっぱり風さんはリータの歌には踊りません。
もう一度、風さんの歌を聴き直します。
さわさわさわさわ
さーわさわ
さわさわどうどう
さわどうどう
また、違います。それなら今度はしっかり聞いてから練習しようとリータは耳を澄ませました。
さわさわさわさわ
さわどうどう
さあさあさあさあ
ひゅうひゅうひゅう
そしたら、風は違う歌を歌い始めました。風の吹き方も変わっています。
リータは少しいらだちました。
(なんでおんなじうたをうたわないの?)
でも、相手は風です。風は昔から気まぐれなんだという話を、おばあちゃんから聞いたことがありました。
どうやら、根気強く聞き続けるしかないようです。
その日の練習はあまり進みませんでした。
次の日から、しばらくリータは朝早く起きていろいろなところを歩き回りました。
あの河原より良く風の歌が聞きとれる場所を探すためです。
畑のそばの丘の上やそこの一本杉の上、町へ行く道、教会の屋根の上(これは神父様に怒られてしまいました)、村の家の屋根の上(いろんな人から怒られました)、森の入り口や広場など、たくさんの所で耳を澄ませましたが、どこもあまり良い場所ではありません。
なぜなら、どこもうるさくて風の歌が良くきこえないのです。
一通り探したところで、結局最初の小川に戻ってきました。
どうやらここが一番良いようです。ここでなら風の歌が一番きれいに聞こえるのです。
結局、リータはここで練習することにしました。
それから毎日リータは小川に通いました。
何度も行くうちにいろいろな発見があります。
たとえば近道がそうですし、きれいなお花や、おいしい果物がなる木だったりもしました。
新しい歌も見つけました。
そして、がんばればがんばるほど、いろいろなものから、いろいろな歌が聞こえるようになっていきました。
畑のそばを歩いていれば、お野菜の歌が聞こえますし、村の中ならレンガの歌や、ワラの歌。火の歌も聞こえてきます。
風の歌も、どこにいても聞こえるようになりました。
でも、リータは少し困ってしまいました。
なぜなら、あんまりにもあちこちから歌が聞こえてきてしまうので、聞きたい歌だけをきくことが難しくなってしまったのです。
(どうすればいいのかな?)
こういうときはおばあちゃんに聞くのが一番です。
「おや、それなら神父様に聞くのが良いじゃないかね。あの人はいつもいろいろな歌の中から一つを聞くよ」
そうでした。神父様は聖歌隊の指揮者をしているのです。
何人もの人の中からずばっと一人のズレをわかるんですから、きっと良い方法を教えてくれるに違いありません。
「おばあちゃん、ありがとう!」
そう言ってリータは教会に駆け出しました。神父様はいつも教会で悩みを聞いたり、ケガや病気をなおしたりしているのです。
神父様はいつものように教会にいました。いつもどおり、お話を聞いたりしています。
「しんぷさま。ききたいことがあるんです」
「おや、リータちゃんじゃないか。どんなことが聞きたいんだい?」
神父様はにこにこ笑顔で聞いてきました。
「あのね、おうたがたくさんで、ききたいおうたが、ききとれないの。どうすればいいのかな?」
神父様は、ふうむ、とあごに手を当てて考えました。真剣な顔です。
やがて、あごから手を放したと思うと、こう言いました。
「聞きたいお歌の音に、じっ、と耳を澄ませるようにするんだ。そうすれば聞き取れるんじゃないかな?」
むっ、とリータはむくれます。そんなことはとっくに試していたのです。
「わかっているよ。そんなことはもうやっているんだろう?」
リータはうなずきました。
神父様は苦笑いして、優しくさとすようにリータに言いました。
「でもね、一生懸命練習しないとわからないんだよ。私もたくさん練習してようやくいろいろ分かるようになったんだよ」
リータはなるほど、と思いました。たしかに簡単に出来ることではないのです。だから練習していたんじゃありませんか。
リータは、がんばりもしないでダメだとあきらめた自分がとても恥ずかしくなりました。
同時に、もっとがんばろうという気がしてきます。
「ありがとう! しんぷさま! わたしもう一回がんばるね!」
お礼を言ってリータはあの河原に向けて駆け出しました。
「頑張るのは良いけれど、夜までには必ずお家に帰るんだよ!」
神父様は優しく見送ってくれました。
リータはいつもの小川のそばででじっと耳を澄ませてみました。
いつもとおなじように、たくさんの歌が聞こえます。
ですが、なかなか聞き取れません。
(しんぷさま、やっぱりわたし、だめなのかな……)
リータはちょっと弱気になりました。
ですが、すぐに首をふってその考えをすてました。始めたばかりで急にできるわけがありません。
ここはじっとガマンの子です。一生懸命がんばらなければいけません。
神父様だって一生懸命がんばって今みたいになったのです。
神父様の半分もしていないのにあきらめたのでは、なんにもなりません。
おばあちゃんとの約束だってあります。リータが聞かせてくれるのをきっと楽しみにしているはずです。
(よし、やるぞ!)
ぱんっ、と自分のほっぺたを両手でたたいて気合いを入れました。
それから、毎日この場所に来て、歌を聴く努力をしました。
だんだんと聞き取れるようになってくると、今度はその聴き取れた歌を練習しました。
神父様のアドバイスで、楽譜に書き起こしたりして忘れないようにしたりもしました。
面白いことに、風さんの歌を練習すればするほど風さんと仲良くなれる気がしてきます。
そして、リータがついに風さんの歌を完全に歌えるようになると、リータの歌に合わせて風が踊るようになりました。
(やったよ。うたえるようになったんだ!)
リータは飛び上がって喜び、おばあちゃんの所へ走っていきました。
「おばあちゃん!」
リータのおばあちゃんがいつものように、暖かな窓辺で繕い物をしていますと、リータが飛び込んできました。
「おや、リータ。そんなに慌てて、どうかしんだい?」
飛び込んできたリータはとても嬉しそうです。
「えへへ、うたえるようになったんだよ。かぜさんのうた」
「まあ。本当かい?」
「うん!」
そこでリータは一歩下がってぴょこんと御辞儀して、歌い始めました。
さわさわさわさわ
さわさわさわさわ
おばあちゃんは驚きました。とてもふしぎな歌声です。まるで、本当に風のよう。
気づけば、おだやかに風が吹き始めていました。
さわさわさわさわ
さーわさわ
風はいつしか狭い家を出て、外に向けて吹き始めました。
その風に乗って、リータの歌も外へ広がります。
村にいるみんなの手が思わず止まり、リータの歌に聴き惚れました。
やわらかな風が村中を通り抜けて、遠くまで広がっていきます。
リータは一生懸命に歌います。
やがて歌が終わりました。それまで吹いていた風も止まりました。
ぱちぱちぱちぱち
おばあちゃんが拍手しています。
気づけば、信じていなかった子達も窓から覗いていました。
彼らも拍手してくれています。
リータは御辞儀して応えました。
おしまい
童話風の物語に挑戦しました。
いかがでしたか?
楽しんでいただければ幸いです。