12.衝撃の報告
〜聖王国・ホーリーガルド 王宮謁見の間〜
伝令が羊皮紙を広げた瞬間、謁見の間の空気が変わった。
高い天井。白大理石の柱。
入り口から玉座まで続く赤い絨毯の上に、廷臣たちが左右に並んでいる。
「ドワーフ共和国より、公式通達が届いております」
伝令の声が響く。
「設備点検を理由とした——武器輸出の、四ヶ月間停止——」
玉座のエドガル三世が、肘掛けを握った。
「……もう一度、読め」
伝令が繰り返す。声が、わずかに震えていた。
四ヶ月。設備点検。正式通達。
エドガルは最後まで聞き、そして——杯を投げた。
硬い音が広間に響き、廷臣たちが一斉に身をすくめる。
「ドワーフめ……! 聖戦の最中に、よくも——!」
玉座の隣、少し引いた位置に立っていた少女が、静かに目を伏せた。
聖王国の第一王女フラン。
まだ十六か十七。細い肩に薄い金髪が落ち、侍女服の袖口から覗く指先が、わずかに震えていた。
その目は年齢よりずっと落ち着いていた。父の怒りを見慣れすぎた目——それでも、いつも心配そうに父の背中を追う目だった。
「どういうことだ、グランツ!」
エドガルが宰相に怒鳴った。
老宰相グランツが深く頭を下げる。
「は……表向きは設備点検とのことですが、実情は——」
「わかってる。わかってるから聞いているんだ!」
「……帝国側からの、経済的な働きかけがあったものかと」
「それだけか! 対策は!」
謁見の間が、一斉にざわめいた。
「ドワーフへ使者を!」
「条約違反として抗議を!」
「違約金の請求も——」
「軍の補給ルートを別途——」
大臣たちが口々に言い立てる。
声は多い。しかし、どれも表面だけをなぞっている。
その中で、一人だけ口を開いていない男がいた。
三十そこそこ。文官の服だが、どこか武人のような立ち姿をしていた。
エドガルがその男を見た。
「クロード。お前は何も言わんのか」
クロードは特に慌てる様子もなく一歩前に出た。
「一つ、確認させてください」
声は低く、平坦だった。媚びも、威圧もない。
「魔石の取引記録——誰か確認しましたか」
大臣たちが顔を見合わせる。
グランツが眉をひそめた。
「何の関係が」
「帝国への魔石供給量が微妙に増えています。わずかですが。」
誰も答えなかった。
クロードが続ける。
「ドワーフは金を求めた。帝国は払った。それだけなら、今回の通達は説明がつく。ですが——」
「我々が気づかなかったということが問題です」
「何が言いたい」
エドガルが声を低くした。
「以前の魔王ヴォルドは、動く前に必ず派手な圧力をかけていた。威圧して、恫喝して、力で折る。それが奴のやり方でした。今回、ドワーフに対してそれをした形跡がない」
謁見の間が、静まった。
「……静かに、動いた?」
フランの声だった。小さく、しかしはっきりと。
クロードがちらりと視線を向けた。
「静かに、根回しをした。そして我々が気付く前に、合意を取り付けた。
——少し前から、気になっていました。魔王が変わったかもしれない、と」
「魔王が変わったとはどういう意味だ」
グランツが口を挟んだ。
「今のところ証拠はない。ただの仮説です。しかし——」
「仮説で陛下の御前に立つとは、不敬だぞ」
別の大臣が声を上げた。
クロードは視線を向けることすらしなかった。
「仮説を出さずに後手を踏むより、マシだと判断しました」
大臣が顔を赤くした。
エドガルが片手を上げて、場を制した。
長い沈黙があった。
玉座の男は、何かを考えている顔だった。
やがて——立ち上がった。
「クロード、お前の仮説は受け取った。だが今は、目の前の火を消す方が先だ」
「……その通りかと」
「強硬派の使者をドワーフへ向かわせる。ハルトだ」
謁見の間が、また少しざわめいた。
グランツが恐る恐る口を開いた。
「ハルト殿は……やや強引な交渉が——」
「だからハルトだ。腫れ物を刺すには刺すだけのものが要る」
エドガルは玉座を降りる前に、もう一度クロードを見た。
「お前は引き続き、帝国の動向を探れ。次の報告は、三日後に持ってこい」
「承知しました」
クロードは頭を下げた。
フランは父の背を目で追いながら、もう一度だけクロードへ視線を向けた。
クロードは既に書類へ目を落としていた。
——あの人は、正しいことを言っていた。
そうフランは思った。
思って、何も言わなかった。
〜ドワーフ王宮 謁見の間〜
ハルトが乗り込んできたのは、翌日の昼前だった。
赤ら顔に目の下のくまが重なった男。
歩き方から腹の中から「折ってやる」という意志が滲み出ていた。
聖王国きっての強硬派。それが彼の評判だった。
シュレッゲンは椅子に深く座ったまま動かなかった。
フェアルードが横に控えている。
ハルトが仁王立ちになった。
「……失礼、シュレッゲン鍛冶王」
「この決定は、両国の条約に反します。聖王国はドワーフ共和国との間に、武器供給協定を締結しています。一方的な停止は、条約違反です」
シュレッゲンは顎髭をゆっくりと撫でた。
「条約違反? はっ」
鼻を鳴らした。
「笑い事ではありません。我が国は——」
「お前んとこが先に破ったんじゃねえのか」
「鎧七万セット分の代金。三ヶ月の滞納。次の支払いは聖戦勝利後だと?」
シュレッゲンが立ち上がった。
体格が倍ほど違う。ハルトが一歩引いた——本人は気づいていないようだった。
「うちの工房の職人が、汗水垂らして打った鉄だ。いつ払う気だ。点検の間くらい、ゆっくりさせてもらうのが何が悪い」
「それは……戦費の問題で、一時的に——」
「一時的ってのは、今月中に払うって話か?」
「……今すぐには」
「なら話にならん」
フェアルードが静かに口を開いた。
眼鏡の奥の目が、冷静にハルトを見ている。
「ハルト殿。念のために申し上げておきます。ドワーフ共和国の会計記録によれば、貴国からの未払いは魔石換算で現在この値になります」
羊皮紙を一枚、差し出した。
ハルトが受け取って見た。
目が、わずかに揺れた。
「……これは」
「確認済みの数字です。加えて——五年前の更新協定において、支払い遅延が九十日を超えた場合、供給停止の権利は供給側にある、と明記されています。今回の決定は条約の範疇です」
ハルトが羊皮紙を握りしめた。
「これは……聖戦という特例があるはずだ。魔族との戦争において、同盟国は——」
「同盟国の定義をお調べください」
フェアルードの声は静かだった。
「ドワーフ共和国は聖王国の同盟国ではなく、取引先です。我々は剣を売り、金をもらう。それだけの関係です。聖戦に我々を巻き込む条文は、どこにもない」
シュレッゲンが腕を組んだ。
「帰れ。再開したければ、まず払え。鍛冶の神に誓って、それだけだ」
ハルトは顔が真っ赤になっていた。
言葉を探しているようだった。だが出てこない。
「……この件は、持ち帰って再検討を——」
「好きにしろ。ただし返事は書面でくれ。口約束は聞かん」
シュレッゲンがぞんざいに手を振った。
ハルトは踵を返した。
廊下に出た瞬間、背後でドワーフたちの笑い声がした。
振り返らなかった。
振り返れる顔ではなかった。
使者が去った後、謁見の間にシュレッゲンとフェアルードだけが残った。
「……うまく丸め込んだな」
シュレッゲンが椅子に戻りながら言った。
「事実を述べただけです」
「魔王の件は?」
フェアルードは一瞬だけ間を置いた。
「聖王国は今頃、気づきかけているかもしれません。魔王が変わったことに」
「気づいてどうする」
「焦る、でしょう。焦った者は——手を早める」
シュレッゲンは無言で杯を手にした。
麦酒を一口飲んで、顎髭を拭った。
「……魔王は見越してるか、そこまで」
「さあ」
「ですが——見越していても、驚かない気がします、あの男は」
炉の火が、遠くで揺れていた。
あとがき
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