表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
余命一ヶ月の君が、最後まで笑っていた理由——君が笑うから、僕は何も知らないふりをした。  作者: 海鳴雫


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/15

第9話 残したいもの

「今日は、ちょっと寄りたいところがあるんだけど」


 放課後、合流してすぐに彼女がそう言った。

 目的を先に言うのは、珍しい。


「どこ?」


「近くだよ」


 それだけで、具体的な説明はなかった。

 でも彼女は、少しだけ緊張しているように見えた。


 川沿いの遊歩道から外れた、小さな公園だった。

 遊具も少なく、人影もまばらで、特別な場所には見えない。


「ここ?」


「うん。ここ、光がいいんだ」


 そう言って、彼女はスマホを取り出した。


「写真、撮ってもいい?」


「今?」


「今がいい」


 即答だった。


 まずは風景から。

 空と、木と、川の流れ。

 シャッター音が、静かな公園に小さく響く。


「今日の空、好き」


 画面を覗き込みながら、彼女は呟いた。


「いつもと同じだろ」


「うん。でも、今日は今日だから」


 よく分からない理屈だったけど、否定するほどでもない。


「次、ちょっとそこ立って」


 言われるままに立つ。

 カメラを向けられるのは、少し照れくさい。


「はい、動かないで」


 シャッターが切られる。


「……もう一回」


「そんなに撮る必要あるか?」


「ある」


 はっきりした言い方だった。


 ピント。

 光の入り方。

 表情。


 彼女は細かいところまで気にして、何度も撮り直す。


「こだわるな」


「ちゃんと残したいから」


 その言葉が、やけに重く落ちた。


「残すって、覚えてりゃいいだろ」


 軽い気持ちで言った。


 彼女は一瞬だけ、画面から目を離した。


「忘れるよ」


 小さな声だった。


 すぐに言い直す。


「だから、残すの」


 それ以上、説明はなかった。


 今度は、彼女が公園の中央に立つ。


「次、お願い」


 スマホを差し出される。


「俺が?」


「うん。撮ってほしい」


 断る理由はなかった。

 むしろ、少し嬉しかった。


 彼女をフレームに収める。

 画面越しに見る彼女は、いつもより静かだった。


「もう少し、近く」


「こう?」


「うん。いい」


 シャッターを切る。


「……もう一枚」


 何度か繰り返すうちに、だんだん楽しくなってきた。


「なんか、いい思い出作ってる感じだな」


 そう言うと、彼女は少しだけ笑った。


「うん。ちゃんと思い出になるように」


 撮り終えたあと、彼女はベンチに座って写真を見返していた。

 一枚一枚、確かめるように。


「全部、ちゃんと写ってる」


「そんなに確認しなくても消えないだろ」


「消えるよ」


 ぽつりと。


「でも、残ってたら――」


 言いかけて、止まる。


「……あとで見たときにね」


 続きを言わなかった。


 僕は、それ以上聞かなかった。

 聞いてはいけない気がした。


 別れ際、彼女はスマホを胸元に抱えていた。


「ありがとう」


「写真くらいで?」


「うん。それがよかった」


 帰り道、僕は思った。


 楽しい時間だった。

 いい思い出が増えた。


 写真も、きっとその一つだ。


 彼女があんなに大事そうにしていたのも、

 きっと記念だからだ。


 そう思いたかった。


 このときの僕は、まだ分かっていなかった。


 彼女が残したかったのは、

 思い出じゃなくて、自分がここにいた証拠だったことを。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ