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余命一ヶ月の君が、最後まで笑っていた理由——君が笑うから、僕は何も知らないふりをした。  作者: 海鳴雫


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第5話 増えていく約束

 あの日から、数日が過ぎた。


 彼女は元気そうに見えた。

 少なくとも、前に見せた息の乱れや、顔色の悪さは影を潜めている。


「ほら、大丈夫だったでしょ」


 そう言って笑う彼女を見て、僕は胸の奥で息をついた。

 やっぱり、気にしすぎだったのだと思いたかった。


 いつもの待ち合わせ。

 いつもの帰り道。


 変わらない風景が、安心をくれる。


「今日はさ、帰りにあれ食べたい」


「あれ?」


「この前言ってたやつ。新しいメニュー」


「ああ、あれか。いいな」


「じゃあ、今度ね」


 軽いやり取り。

 深い意味はない。


 それでも彼女は、満足そうに頷いた。


 コンビニに寄ると、彼女はいつもより少しだけ迷った。

 棚の前で、指先が行ったり来たりする。


「どうした?」


「ううん。どれにしようかなって」


 結局、いつもの飲み物を選ぶ。


「やっぱりこれだ」


「好きだよな、それ」


「うん。だから、次もこれ」


 “次”という言葉が、やけに明瞭に耳に残った。


 川沿いの遊歩道に出る。

 風が少し冷たくなってきていて、季節が進んでいることを実感する。


「もうすぐ、この季節も終わるね」


「そうだな」


「じゃあさ、その前に――」


 彼女は一度言葉を切り、空を見上げた。


「もう一回、ここ来よう」


「また? この前も来たろ」


「うん。でも、もう一回」


 念を押すような言い方だった。


「別にいいけど」


 僕がそう言うと、彼女はほっとしたように微笑む。


 歩きながら、彼女は未来の話を続けた。


 行ってみたい店。

 食べたいもの。

 見たい景色。


 どれも小さくて、すぐ叶いそうなことばかりだ。


「覚えてる?」


 彼女は、何度かそう聞いた。


「だいたいはな」


「だいたいじゃなくて」


 そう言って、彼女は指を折る。


「ひとつ、ふたつ……」


「数えてるのか?」


 冗談めかして言うと、彼女は慌てて手を引っ込めた。


「違うよ。ただ、整理してただけ」


「何を?」


「約束」


 あまりにも自然な答えだった。


「そんな大げさなもんじゃないだろ」


「うん。大げさじゃない」


 彼女は笑う。


「だから、忘れちゃ嫌なんだ」


 その言葉に、胸の奥が少しだけ疼いた。


 忘れる、という選択肢を、彼女は最初から排除している。

 まるで、それが一番避けたい未来みたいに。


 でも、僕は深く考えなかった。


 未来の話をしている。

 約束を重ねている。


 それはきっと、彼女が元気な証拠だ。


 あの日の違和感は、もう過去のものだ。

 そうやって、自分を納得させる。


 別れ際、彼女はいつもより少し長くこちらを見ていた。


「ね」


「ん?」


「今日の約束、覚えてる?」


「覚えてるよ」


 軽く答える。


「本当に?」


「しつこいな」


 笑ってそう言うと、彼女は安心したように息を吐いた。


「よかった」


 たったそれだけのことで、彼女は満たされた顔をする。


 帰り道、僕は思った。


 約束が増えるのは、悪いことじゃない。

 未来が続く前提があるからこそ、交わせるものだ。


 だから、何も問題はない。


 この約束たちも、きっと全部守れる。


 そう信じていた。


 彼女が指で数えた約束の数を、

 僕だけが、覚えていなかったことにも気づかずに。


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