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余命一ヶ月の君が、最後まで笑っていた理由——君が笑うから、僕は何も知らないふりをした。  作者: 海鳴雫


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第11話 今日は、特別にしよう

「今日は、特別にしよ」


 放課後、待ち合わせ場所に現れるなり、彼女はそう言った。


 声は明るく、いつも通りだった。

 ただ、その言葉だけが少しだけ強くて、理由を聞く前に決定事項になっている。


「特別って、何かあるのか?」


「ううん。何もない」


 彼女は首を振る。


「でも、特別」


 よく分からない理屈だったけれど、否定するほどでもなかった。


 並んで歩き出す。

 歩く速度は、いつもより少し遅い。


 急ぐ理由がない、というより、

 急がないこと自体を選んでいるみたいだった。


 商店街の前を通ると、彼女は足を止めた。


「この匂い、覚えてる?」


「……コロッケ?」


「正解」


 小さく笑う。


「前に、一回ここで買ったよね」


「そんな前だったか?」


「うん。でも、覚えてる」


 それが嬉しいのか、彼女は満足そうだった。


 特別な場所には行かなかった。

 特別なこともしなかった。


 いつも通る道。

 いつも入る店。

 いつも頼むメニュー。


 ただ、彼女は一つ一つを丁寧に扱っていた。


「今日は、よく覚えてる気がする」


「何を?」


「全部」


 そう言って、笑う。


 食事をしながら、彼女は何度もこちらを見た。

 何かを言いかけて、やめる。


 その繰り返し。


「どうかした?」


「ううん」


 即答だった。


「ただ、ちゃんと見ておきたくて」


「俺の顔?」


「うん」


 照れ隠しだと思って、深く考えなかった。


 食べ終わって、店を出る。

 空は、少しずつ夕方の色に変わっていた。


「ね」


 歩きながら、彼女が言う。


「これからも、こういう日、あるよね」


「あるだろ」


 即答した。


「特別じゃない日」


「そっちの方が多いな」


「うん」


 彼女は、それを聞いて安心したように息を吐いた。


 ——変わらない。


 その言葉を、彼女は確かめたかったのだと、

 このときの僕は気づかなかった。


 川沿いの遊歩道に出る。

 夕焼けが、水面に映って揺れている。


 彼女は立ち止まり、しばらくその景色を見ていた。


「きれいだね」


「いつも通りだろ」


「うん。でも、今日は」


 言いかけて、止まる。


「……やっぱり、なんでもない」


 そう言って、歩き出す。


 僕は、その背中を追いかける。


 帰り際、駅前で別れる時間になる。


「今日は楽しかった?」


「楽しかったな」


「よかった」


 その一言に、心から安心したような表情を浮かべた。


「ね。今日は、特別だった?」


「まあ、少しは」


 冗談めかして言うと、彼女は微笑んだ。


「そっか」


 それだけで、十分だったらしい。


 別れ際、彼女は一歩踏み出してから、振り返った。


 何か言いたそうにして、結局、何も言わない。


 代わりに、いつもより少し長く手を振った。


 僕も、それに応える。


 家に帰る途中、考える。


 確かに、いい一日だった。

 何も問題はなかった。


 特別と言うほどのことはしていない。

 だからこそ、安心できる。


 ——これからも、続いていく。


 そう信じられる一日だった。


 このときの僕は、まだ知らなかった。


 彼女にとっての「特別」が、

 これ以上、何も足さなくていい一日だったことを。


 これ以上、何も削れない一日だったことを。


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