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余命一ヶ月の君が、最後まで笑っていた理由——君が笑うから、僕は何も知らないふりをした。  作者: 海鳴雫


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第10話 最後の約束

「今日は、ちゃんと話したいことがあるんだ」


 放課後、合流してすぐに彼女はそう言った。


 声は落ち着いていて、普段と変わらない。

 けれど、その言い方だけが、少しだけ改まっていた。


「改まって言われると、なんか緊張するな」


 冗談めかして返すと、彼女は小さく笑った。


「大した話じゃないよ」


 本当かどうかは、分からなかった。


 彼女が選んだのは、川沿いの遊歩道だった。

 人通りの少ない、少し奥のほう。

 夕方の光が水面に反射して、足元を淡く照らしている。


「ここ、好きだね」


「うん。落ち着くから」


 それ以上、理由は言わなかった。


 ベンチに並んで腰を下ろす。

 しばらく、川の流れる音だけが続いた。


「ね、ひとつお願いしてもいい?」


 最初に出てきたのは、そんな言葉だった。


「お願い?」


「うん。軽いやつ」


 そう前置きされると、断る理由はない。


「最近さ……もし私が、ちょっと連絡遅くなっても」


 そこで一度、言葉を切る。


「心配しすぎないでほしい」


 拍子抜けするほど、穏やかな内容だった。


「それくらいなら」


「ほんと?」


「当たり前だろ」


 彼女は安心したように、肩の力を抜いた。


「じゃあ、もうひとつ」


 少し間を置いてから、続ける。


「もし、急に会えなくなる日があっても」


 胸の奥が、かすかにざわついた。


「忙しいだけ、って思ってほしい」


「……なんだそれ」


「変?」


「変っていうか、縁起でもないな」


 笑ってそう言うと、彼女は曖昧に笑い返した。


「仮の話だよ」


 そう前置きしてから、視線を川に向ける。


「そういうとき、理由とか無理に考えなくていいから」


 言葉の選び方が、やけに慎重だった。


 ここで初めて、

 胸の奥に「聞くべきだった問い」が浮かぶ。


 ——どうして、そんな話をする?


 でも、彼女は自分から続きを差し出してきた。


「最後に、もうひとつだけ」


 その声は、今までで一番静かだった。


「もしね」


 一拍、間が空く。


「もし私が、しばらく連絡取れなくなったら」


 冗談の空気は、完全に消えていた。


「探さないでほしい」


 はっきりとした言葉だった。


 僕は思わず、彼女を見る。


「……それはさすがに」


「理由も、無理に知ろうとしなくていい」


 被せるように、続けられる。


「ちゃんと、前を向いてほしい」


 彼女は、僕を見ていなかった。

 川の向こうを、じっと見つめていた。


「なんだよ、それ」


 笑おうとした。

 でも、声が少しだけ掠れた。


「重すぎるだろ」


「そうかな」


 彼女は、初めてこちらを見た。


 逃げない視線だった。

 泣いてもいない。

 ただ、決めている顔だった。


 ここで否定したら、

 何かが壊れる気がした。


 彼女が、これまで積み上げてきたもの。

 約束も、会話も、写真も。


 全部が、この瞬間に集まっている気がした。


「……それ、守れる約束なのか?」


 絞り出すように言う。


 彼女は、少しだけ笑った。


「うん。守れるように、お願いしてる」


 守れる。


 探さない。

 問い詰めない。

 前を向く。


 確かに、それはできる。

 少なくとも、努力すれば。


「……分かった」


 自分の声が、やけに遠く聞こえた。


「約束する」


 その瞬間、彼女の表情が、はっきりと緩んだ。


「ありがとう」


 何度も、何度も。


「それで、安心できた」


 彼女はそう言った。


 安心させるための約束だった。

 そう思った。


 彼女が笑うなら、それでいい。

 守れる約束なら、引き受けてもいい。


 帰り道、彼女はいつもより軽やかに歩いていた。


 僕は、その背中を見ながら考える。


 結局、何も聞けなかった。

 でも、約束はした。


 それが正しかったのかどうか、

 この時点では、まだ分からなかった。


 ただ一つだけ、はっきりしている。


 彼女は、

 守れない約束を、一つも口にしなかった。


 そしてそれが、

 彼女が残せる、唯一の未来だったことを。


 このときの僕は、

 まだ理解していなかった。


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