9話目 休日
家を出て、一週間が経った。
最初は中学生から社会人になることに大きな戸惑いがあったが、少しずつ慣れてきた。
今日は待ちに待った休日だ。
いつもより遅い時間に起きた俺は何をすればいいのか困っていた。
友達も彼女もいない俺にはどうしたらいいか分からない。
美咲……元気にしてるかな……
自分から切り離したくせに、未練がましいのは分かってる。それでもどうしようもなく好きだった。
もうあの頃には戻れない。俺は一足先に大人になる事にしたのだから。
とりあえず昼ごはんを食べながら、テレビを見ることにした。
ただ惰性でテレビを流し見していたらあることに気がついた。
あれ……?休日にテレビ見ているだけって親父と一緒じゃないか……?
あいつとは同じになりたくない。
そう思った俺はご飯を食べて外に出た。
電車に乗って俺は地元の街に来た。何故地元に戻ってきたのか、自分でも分からない。
街を散策していると、来た事あるところばかりだ。
蘇ってくるのは、美咲との思い出ばかりだ。幼い頃から様々なところに行った。
いつも笑顔で、自分も大変なのに、俺の事を心配してくれて。
なにやってるんだろうな……何が俺には幸せにできないだよ、なっさけねえ……
自分にどんどん嫌気がさしてきた。でも、だからこそ正解だったのかもな。
俺なんかに彼女を作る資格なんかないんだ。
あの親父の血を引いてるんだから、ろくな大人にならないことにもっと早く気付くべきだった。
「なんで親って選べないんだ……」
自分の運命に抗えないことは分かってる。それでもやはり自分の生い立ちは周りと見比べてしまう。
気づいたら、夕方になっていた。見渡すと学生服だらけだ。下校時間だもんな……
頭の中で自分が学生服を着ている姿を想像してしまった。
分かってる……分かってるんだ……こんな事考えていても無意味だということは……
それでも妄想は膨らむ一方だ。
高校生になって美咲と歩いている姿。
ちゃんとした青春というのを味わいたかった。
もう親のせいにしててもしょうがない事は分かってる。それでも誰かのせいに、他責にしないとやっていけない。
頭の中がゴチャゴチャになりながら歩いていると、
「太陽……?」
後ろから聞き覚えのある声がした。振り返るのが怖い。
俺は振り返らずに走った、
「あ、待って……!」
あの声は間違いなく美咲だ。惨めで情けない苦しい辛い。
息を切らしながら走って逃げ、住宅街に着いた。目の前にあるのは実家だ。
なっさけねえ……自分から出て行っといてホームシックかよ……
こんなに辛い家庭だったにのに恋しいと思っているのか……?
人間は孤独にはどうしても抗ないのだな。
でも、自分から切り捨てたことだ。今さらどうこうなる事じゃない。
仮に実家に戻ったとしても、俺の過去や選択はもう戻りはしない。
そして何よりそれをしてしまうと、それまでの自分、周りの人や傷つけてしまった人までを否定することになるだろう。
今思うと、助けてくれている誰かはいた気がする。
手を差し伸べてくれる誰かが確かにそこにいた。でもその手を掴むどころか手放してしまった。優しさというものが心を刺してきたからだ。
こんなことで俺は人に優しくできるだろうか。人を助ける事ができるだろうか。
大人になるにつれて夢や希望を失い、社会の歯車になっていく気持ちがわかってきた気がする。
この世界で自分はあまりにもちっぽけで無力だ。社会に出て自分の惨めさを感じている。
なんだか悲しくなって家に帰ることにした。
家に帰って俺は夕飯の支度をしていた。
母さん、酒飲んだくれていたけど、飯はちゃんと準備していてくれてたな。
少しばかり母さんへの感謝が芽生えてきた。あの人はあの人なりに俺と、そして家族と向き合おうとしてくれていた。
「あれ……何で涙が……玉ねぎか……?」
一人でそんな言い訳をしているが、自分で理由は分かっている。
孤独という黒い怪物があまりにも大きすぎたのだ。その怪物に俺は今、押しつぶされている。
あの家族がいなくなって一人で生きていくと決めたときは、高揚感に満ちていたのに、今は孤独感しかない。一人がこんなにも苦しいなんて。
居場所が欲しい。人とのつながりが欲しい。
さっきの美咲の声が蘇ってくる。あんなひどい別れ方をしたのに、声をかけてくれるなんていいやつだな。
逃げてしまった自分が不甲斐ない。
そんな事を考えながらも、料理は進み、カレーができた。
実家でも食卓では一人で食べていたのに、家という空間に誰もいない状態で食べるカレーはあまり味がしなかった。
カレーというこんなにも濃い味がする食べ物がこんなにも薄く感じるとは。
誰かがいるってすごいんだな。美咲に会いたい、一緒にいたい。
でもそれはあまりにも都合がよすぎる。
俺は育った環境を思い出し、感情を押し殺す事にした。自分を出してはいけない。誰かを傷つけ、迷惑をかけてしまう。
俺が俺であってはいけない。社会の流れに沿って生きていく。
それが今、俺が社会に参加できる精一杯の手段なのだから。
孤独から目を逸らし、見なかったことにして、孤独を無に帰す。
対抗策っぽいものを見出した俺はカレーを食い切り、涙が出たが、それすら目を背けた。




