2話目 父と子
俺は先生の呼び出しを終えて美咲と一緒に帰り道を歩いていた。
「はあ~、どうしよう。」
俺はさっきの言動を少し悔いていた。大人が嫌いだとはいえ、明らかに言い過ぎた。でも俺は間違っていない。間違っていちゃだめなんだ。
「辛気臭い顔して、どうしたの?」
俺がまた浮かない表情をしているから美咲が心配してたずねてきた。
「まあな。しかも担任の先生ともめちゃって。明日から気まずいなあ。大人って何であんな俺達子供の邪魔をするんだろう?」
俺は疑問で仕方がなかった。
何故、大人達は俺を苦しめるのか。何故、大人達は助けてくれないのか。
子供の俺達はこの国に、この社会に法というもので縛られている。それによってどんなに苦しくても身動きが取れない。だからこそ、大人達の力が必要なのに。
大人は外面や体裁ばかりを気にする。優しい言葉をかけてくれても。それは口だけで行動には起こしてくれない。
そんな思考を巡らせていたら美咲が険しい顔をしていた。
「あ、悪い。考え事してた。」
「それはいいんだけど、大人って別に邪魔しようとしてる訳じゃないと思うよ。」
俺は美咲の言葉の意図が分からず、ムッとしてしまった。
何でこんなに言ってるのに分かってくれないんだろう。
「あ、いやいや!太陽の事を否定してるんじゃないよ!ただ太陽はどうなりたいのかなって思ったの。」
「俺は自由になりたいんだ。」
そう、自由が欲しい。誰かの敷いたレールを歩いて生きていくなんてまっぴらだ。
俺は俺らしく真っ直ぐに生きたい。今の俺は間違いなく親や教師といった大人達に支配されている。
「うーん……考え直した方がいいと思うけど。」
「何だよ、美咲も大人達の肩持つのかよ。」
「そうは言ってないよ。私の親もズレてるとこあるから大人は好きじゃない。だから太陽の気持ちは多少なりよも理解してるつもり。」
「じゃあ何で……」
「自由を手に入れる為にはそれなりの壁があって、我慢や努力が必要だと思うの。そして太陽は今、その壁にぶち当たってる。自分という壁にね。でも太陽はその壁に向き合おうとしてない。」
ぐうの音もでなかった。悔しくて思わず言い返した。
「俺は俺なりに向き合ってるつもり。」
「そうかな?全部大人が悪い、大人のせい、って印象があるけど。じゃあ聞くけど、太陽にとって自由って何?やりたい事って何?」
「そ、それは……」
俺はあっけにとられ、言葉が出なかった。
美咲の言う通りだ。俺は大人達を敵視するあまり、自分を見失っていた。俺は何者なんだ?いや、俺はまだ何者でもないのか。
「俺は一体何なんだろうな……」
「これから向き合って見つけていけばいいんじゃない?私達まだ子供なんだし。」
確かに俺は無理に大人になろうとしすぎていたのかもしれないな。美咲の言葉で目が覚めた。そして同時に、俺には立ち向かわないといけない相手を再認識した。
「美咲、俺もう一回親父と話してみるよ。」
「うん。太陽ならきっと大丈夫。」
俺には一人の息子がいる。中学三年生で絶賛反抗期だ。俺が頑張って働いているおかげであいつは何不自由なく暮らせているというのに、俺の苦労を全く知らない。
俺は小さい頃から頑固な父親にきつくしつけられていた。今思えば世間でいう昭和親父といわれる類なのだろう。だが俺は、父親に感謝している。
父親のあのきついしつけがあったからこそ、今の俺がいる。俺は太陽を授かった時に父親の教えを受け継ぐ事を決心した。俺はあの教えを正しいと思っている。
たとえ今、太陽に嫌われようと、いつかあいつも分かる時が来る。
俺は太陽の事を思って厳しくしているのだから。
俺は部屋の中をそわそわ歩きながら親父の事を待っていた。
ガチャリ。玄関のドアが開く音がした。
帰ってきたな親父。心の準備は美咲のおかげで出来ていた。
階段を降りてリビングに入ったら、親父がテレビを見ていた。
「親父、こないだの進路の話なんだけど。」
「どこの公立にするか決まったか?」
俺はもし仮にこのまま大人になっても俺は他の大人達と闘うって決めたんだ。俺みたいな子供をこれ以上出したくない。正直、これでいいのかとまだ決め切れていない。
でも、大人や社会に抗うためには時には同じ土俵に立たなければならないと思う。
今がその第一歩だ。
「うん、決めたよ。俺、県内一の神学校、竜星学園にする。」
俺が学校名を出した途端、親父の顔が怒りに変わった。
長年の経験から、直感で親父の暴力スイッチが入ったのが分かった。
案の定、俺は思いっきり殴られた。
「太陽、お前はこないだ公立に行けって話を聞いてなかったのか?その高校は私立だろうが。それにお前の学力じゃ行くのは無理だろ。現実を見ろ。」
「確かに今の俺じゃ無理かもしれない。でもやってみないと分からないだろ!俺、まだ中学生だぞ?少しは夢見させてくれよ!」
「甘えたことばっか言ってんじゃねえ。お前は現実を知らないからそんな事が言えるんだ。いいか、社会は構造的に闘いの連続だ。受験というのはお前達子供の最初の闘いといっても過言ではない。闘いは堅実にしなければならない。リスクを負って痛い目見るのはお前だ。」
親父の言ってる事はごもっともだ。それでも諦めたくない。
俺の人生は辺り一面真っ暗な闇に包み込まれているような感覚だった。
親父に小さい頃ボコボコにされたときは死も覚悟した。
その時からだ。俺が生死がどうでもよくなったのは。
ただ大人を憎んで恨み、偉そうな事ばかり並べて何もしない。
そんな俺にも叶うかどうか分からない、変わるかもしれないけど、夢という一筋の光が真っ暗闇の人生を照らしてくれたんだ。
「親父は俺の為を思って言ってるんだってよく言うけど、本当に俺の為を思ってくれてるなら何で応援してくれないんだよ!?」
「お前が俺の言うことさえ聞いとけば応援してやる。」
「今まで散々言うこと聞いてきただろ。そろそろ俺を自由にさせてくれよ!」
「誰のおかげで生きていけると思ってるんだ。俺が稼いできてやってるからだろ。お前みたいな世間知らずが自由にだと?笑わせるな。」
俺は頭が真っ白になった。ここまで話の通じない相手だと思わなかった。
俺の人生ってなんなんだろう?
俺はこのままただ息をして、なんとなく生きていくのだろうか。
そう考えたら全部どうでもよくなってきた。
「もういい。」
俺はそう吐き捨て走って家を出た。




