投書2 第二話
『なめられるのが好きになりました。私は変なのでしょうか?気持ちいいのです。』
これは由々しき事態になった……。
西日に透かして浮かび出てきた文字は「気持ちいいのです」という文字。
これは、相談者様の性癖ととらえてよい内容なのかもしれない。
達筆でしたためられた文字は、止め、跳ね、はらい、のすべてが美しい。
そんな彼女が、筆圧を残してしまうほどの強さで字を書くのだろうか。
軽く持ったペン先は、紙面を傷つけることなく、流れるように走った場合、跡が付き、この文字が浮かび上がること自体がおかしい。
やはり、相談者様は男子生徒である可能性を残しておくべきかもと感じてしまった。
ともあれ、当の本人は今回の相談において面談を希望していないので、余計な憶測や妄想をこの辺に留めておき、俺は「返答書」を作成する。
返答書は「相談内容が他の生徒には伝わらない形」で、投書した本人に返答を行うという何とも足枷のあるスタイルを取る。単純明快な返答を寄越さねばならない。
作成後は、生徒会室前に佇む連絡掲示板に貼り出す。
校内の掲示物の管理は生徒会の仕事なのだが、掲示許可を出すのも、判子を押すのも俺の仕事なので、返答書は比較的私物化できる。これは大きい。
俺は返答書に「A002番回答:人それぞれ。みんな違って、みんな良い」とだけ記載して、掲示した。
それと同時に、掲示物をもう一つ。
全校生徒へ向けて、投書内容について「なるべく詳細を記載する旨」のルールを追加した連絡を貼りだした。言葉の行間を読むことに疲れてしまったとかではない。
ただ単純に相談者へ寄り添った回答を作成するため。その一心である。
◇◆◇◆
貼りだした返答書の下の方の文言。
注意書きをしたことをこの一週間、忘れていた。
・返答内容に不服がある場合、再度相談可とし、その旨を再度「ご意見箱」に投書する事。その際、前回の管理番号を記載したうえで面談時に厳重な確認を要す。
ご意見箱の開票作業は一週間に一度。
水曜日に行っている。
管理番号A002番の回答を行って以来、今日は最初の開票作業の日だ。
いつものように静まり返った生徒会室で一人。
俺は、ご意見箱を軽く振ってみると、微かに音がした。
中身に新たな投書の存在を感じる。
南京錠を開け、一枚寂しく箱に眠っていた二つ折りの用紙を取り出し、中身を確認した。
◇◆
ご意見・相談内容を『』の中に記載ください。(管理番号:A005番)
※匿名で投函・開票されます。
※回答を希望の方は後日、生徒会連絡掲示板で管理番号を確認ください。
『管理番号A002の者です。面談を希望します』
面談:『〇』希望する
『 』希望しない
◇◆
的確な返答を行うにはやはり、面談が必須だと思っていたので、この申し出は正直ありがたい。
これほど素直に、滞りなく物事が進んでいく事自体に妙な違和感はあるが……。
そしてよく気が付いたと思うが、管理番号がふたつ進んでいる。
今後、何かしらの相談が寄せられるのだろうか?
学校生活にご意見箱が定着してきたようで安堵した。
その後の調整。
来週水曜日相談者と面談することとなった。
◇◆◇◆
「失礼します」
「どうぞ!」
今日も俺はなるべく明るい挨拶によって、相談者様を生徒会室へ迎え入れた。
その顔、立ち居振る舞いを観察する前から、声だけで女子生徒であることを知り、緊張が走った。
女子生徒の扱い方を心得ていないわけでは無い。相談内容と照らし合わせて女子生徒と相対した時、内容は過激な部類であるから「これはまた、大変な相談になるぞ」と直感したからだ。
入室してきた女子生徒に見覚えは無かった。
「今回は投書いただきありがとうございます」
「こちらこそ、お時間いただきありがとうございます。一年の加山沙奈絵と言います」
今回の相談者様は、一学年年下の女子生徒。加山沙奈絵さん、だそうだ。
「どうぞ。座ってください」
「ありがとうございます」
膝の前で丁寧に手を重ねて一礼した彼女は、生徒会室の来客用ソファに座った。
「まず初めに投書が加山さんのものであるか、確認させてください。面談を希望された管理番号と、最初の投書の管理番号を教えてください」
「はい。面談を希望したのはA005番、最初の利用はA002番のものです。」
この学校に率先して悪戯を働く生徒もいないので、確認はこのくらいでいい。
「ありがとうございます」
「いえ」
加山さんは、緊張した面持ちで不安そうにこちらの顔色を窺っている。
俺はまずは彼女の人となりについて全く知らないので、簡単な自己紹介を求めた。
「簡単にでいいので、自己紹介をしてもらえますか?俺、加山さんについて何も知らないので……」
「わかりました」
こちらのお願いに短く答えた彼女がしゃべりだす。
「改めまして、一年二組の加山沙奈絵と言います。えっと、血液型はB型で、身長は156センチ、体重は……」
「ちょっと、まった、待った!詳細じゃなくていいです!!」
俺は思わず笑ってしまった。
見るからに生真面目そうな彼女だから、フランクに語ってほしかったプロフィールを生体情報から吐き出していくあたり、焦った。
加山さんは外見は普通の女の子。奥二重。校則に反しないようにノーメイク。
ギリギリ縛って束ねられそうな淡い黒髪で、肩に掛かってないくらい。
細身ではあるが、出るところは出ているし、引っ込むところは引っ込んでいる。
「ごめんなさいっ!何から話せばいいのかわからなくて……」
そして、少し天然が入っているのか。
いや、人の指示に真摯に応えてくれようとしたせいなのだろう。
「こちらこそごめんなさい。言葉足らずだったね。所属している部活動とか、交友関係とか、その程度で大丈夫だよ?」
「あっ、わかりました」
一つ深呼吸した彼女が話し出す。
「部活動は書道部に在籍しています。友達は、多い訳ではないと思いますが、皆良い子たちばかりで悩みはありません」
「はい。わかりました。ありがとうございます」
彼女が達筆なのも頷けた。
彼女は書道部に在籍している生真面目な性格。
普段の筆跡にも彼女の人となりが表れている気がする。
それでいて、困る情報はひとつ、「交友関係に問題なし」
彼女が投書した「舐められることが好き」という話。
それでは、精神的な意味ではなく、物理的な意味に寄ってしまう。
(誰に、何を、どう舐められるのが好きなんだ?この子は……)
ここから先、どう彼女から言葉が出てきてしまうのかによって、俺はまた女子生徒の生態、彼女たちの価値観について、アップデートを行わねばならない。
曲解でなければありがたいが、記念すべき投書第一号の遠山玲さんのように、風体からは想像できなかった「えっちしよっ!」なんて発言が、加山さんの口から素直に出てきた日には、俺の性癖は捻じ曲がるかもしれない……。
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