投書2 第一話
第一回の相談は丸く収まったのだろうか?
答えから言うとノーだ。
記念すべき相談者。A001番の遠山玲さんは、あの過激な相談を持ちかけた後、とんとん拍子で生徒会の「会計」へ就任した。
俺の一年次のクラスメイトで、生徒会副会長の五十嵐美緒さんと大変に仲が良いせいだ。何も知らない彼女の推薦により、俺は内部から生徒会長存続危機を常に叩きつけられている。
流石に相談時の「えっちしよ?かーいちょ!」なんてことは、他の人がいる前では言ってこない遠山さんも、密室に二人きりになってしまうと、危ない声かけを行って機会を伺ってくる。
「かいちょーは、女の子とそういう経験ある?」
また、始まってしまった。
しかも、俺の恋愛経験の核心に迫ってしまい、その後の未体験による「想像上のごまかし」は効かないような質問。
遠山さんは詰めてくる。
「ないよ」
俺はきっぱりと否定しておいた。
貞操観念をいつでも崩壊させてしまえそうな、男女比1:29の俺が、とりあえず高校生活において定めてしまった誓いは「濫りに致さない」こと。
恋仲以外の女の子と将来を考えないまま、なし崩し的に初体験を済ませてしまうことに対して、抵抗がある。
「へぇ~。意外だね、たかちゃん。結構モテそうなのに」
遠山さんから、あっさりと男としての評価を頂いてしまった俺は、そんな舞い上がる気持ちを押さえつけ、俺の元気な下半身の息子を押さえつけ……。心の大切な引き出しに「女子評価は良好」という宝物をしまい込む。
「それはありがたいことだけどね?気軽にヤッちゃうかどうかについてはまた別の話じゃない?」
「それもそうか。お真面目さんだもんね。たかちゃんは」
「真面目じゃないと生徒会長なんてできないよ」
「まっ、いつまでそんなこと言ってられるか……私が試してあげるから覚悟しておいてね」
遠山さんは淹れてくれた緑茶を生徒会長席に丁寧に置くと、俺が書類と向き合う中、試すような顔でのぞき込むようにハニートラップを仕掛けてきた。
俺は筆記用具を置いて、彼女の頬へ雑に手を伸ばす。
「はいはい。わかったから、今日はもうおしまい。開票しないといけないから」
俺は遠山さんの頬を軽くつまんでフニフニと弾力を確かめながら、まるで妹をあしらう様に下校を促した。
「そういうことは恥じらいなくできるのに、勿体ないよねぇ」
減らず口が止まらないので、彼女の頬を更に強めに、こね回す。
「いたたっ。ごめんって、たかちゃん」
俺のお仕置にあわせて、上手く発音できていない声がもごもごと謝罪をしてくる。
「お茶ありがと。はい、帰った帰った。」
「もーう」
その後、遠山さんは後ろ髪引かれない元気なまま、軽く手を振って生徒会室を後にした。人を揶揄うのも大概にしてほしい。
室内は静寂に包まれ、校内から吹奏楽部の演奏が風に乗って聞こえてくる。
穏やかな気持ちで机の上に「ご意見箱」を置いた俺は、遠山さんから用意してもらったお茶に口をつけ、気持ちを引き締めなおす。
心の準備はできた。
例え、生徒会に対する誹謗中傷が出てきたとて、対応できる心構え。
俺は、二回目の投書内容を確認した。
◇◆
ご意見・相談内容を『』の中に記載ください。(管理番号:A002番)
※匿名で投函・開票されます。
※回答を希望の方は後日、生徒会連絡掲示板で管理番号を確認ください。
『なめられるのが好きになりました。私は変なのでしょうか?(ーーちー/ーー/。)』
面談:『 』希望する
『〇』希望しない
◇◆
シャープペンシルで書かれたご相談。
芯の粉が擦れたような跡がある。
文字にこれと言った特徴は無いが「私」という一人称から男子生徒の線は消していい。女子生徒のようだ。
何を?何をですか?と頭の中に浮かんだ言葉で、小さな紙っぺら一枚に問いかける。
無機質な有機物は勿論口を開いてくれそうもない。燃やせば炭になるただの紙だ。
相談の内容だけでもっと相談者様が思い悩む事に的確にアプローチ出来れば良いが、このご意見箱へ投書するというシステムの欠陥が、俺へ誤解をダメ押しする。
平仮名で記載されていると、どうも引っ掛かりがあるのだ。
「なめる…?」
まさか、スラスラと「なめる」について、漢字が書けるような相談者様であってもらうとなれば、話が早い。
だが「舐める」なんて漢字は「舌」は先行して想起できたとしても、「氏」をつけて「舐める」とするなんて、文書を読みなれている人間だけの所業だ。パッと出てこないだろう。
まして、相談者様は面談希望をしていないのだから、気軽に「なめる」という言葉を使ったんじゃないだろうか。そんなことを考える。
だが、疑問はそれだけではない。
文言が持つ意味「なめる」についてだ。
これは、人に舐められることを意味するのか、ぺろっと舐めることを意味するのか。解釈が難しい。どちらにせよ、相談者様は受動的に記載しているので、物事を受け入れることが好きなようだ。
我が校は県内有数の高偏差値で、人間的に「出来ている人間」が集まってくる。故に、相談者が目を覆いたくなるような暴力や人間関係の不和などのトラブルに巻き込まれていることはなさそうだ。
多分、文面から察するに、受動的かつ好意的な事象に悩まされている。
もう一つ、気になることがある。
相談内容に薄らと(ーーちー/ーー/。)と書かれて、消しゴムで消された形跡がある。
相談しようと考えたが、この言葉を一度したためた彼女は、何を思ったか消去することにして、投書してくれたようだ。
俺は紙をもって席を立つ。
西日が眩しいくらいに室内を照らしてくれているので、とある考えは、意見書にはない「幻の一文」を開示する手助けをしてくれるかもしれない。
紙を西日と視界の間に差す。
シャープペンシルで均一な線で書かれてあるような相談文。
であれば、ペン先は鋭利。
多少なりとも筆圧によって、紙に見えない跡を見つけることができるかもしれない。
俺の思惑は太陽光で透けて見えた筆跡から、全力で殴られた。
高校生なら普段から大変お世話になっている炭素原子、黒鉛が残されていない紙の窪みに、相談者の隠したかった本当の気持ちを知ってしまったのだ。
『気持ちいいのです。』
西日が知らせてくれた文言は、放課後の校舎に似つかわしくない喧騒を感情に叩きつけた。
相談内容の完全な原文を反芻する。
『なめられるのが好きになりました。私は変なのでしょうか?気持ちいいのです。』
これは由々しき事態になった……。
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