9話 迷い家にて
迷い家の門を通り過ぎた。
そのまま屋敷に向かって進んでいく。
門から屋敷まで距離があり、池付きの広い庭園が見えた。
玄関に入ると長い廊下がある。
その廊下を進んでいくと、周りからたくさんの視線を感じる。
この屋敷にはたくさんの化け物がいるようだ。
「ちょっと!誰だい?勝手にわたしの部屋に入った奴は?」
ある部屋の前で急に妖狐が大きな声を出した。
「す、すみません氷花様。掃除と換気を……」
1体の化け物が飛び出すように現れ、ひれ伏した。
「あかなめ、君が掃除好きなことは知っているけれど、わたしの部屋は掃除不要といつも言っているだろう?」
「申し訳ございません、氷花様」
「次、約束破ったらここから追い出すよ」
「かっ、かしこまりました」
化け物社会の上下関係というものを目の当たりにした。
人間社会と同じようなものだ。
「ところで氷花様、こちらの方は?」
「発情鬼さ」
「なんと、こちらが発情鬼様!お伺いしていた名前的に鬼族だと思っておりましたが、このような貧弱な下等生物の人間だったとは驚きです」
この化け物は怒られるべくしていつも怒られているのだろうな。
と一瞬で理解ができた。
「客間にご案内しましょう。こちらへどうぞ発情鬼様」
あかなめに誘導されて客間に通された。
そこにはすでに天狗が座って待っていた。
「火鳥 煉、この度は……」
天狗は頭を下げた。
言いたいことがいっぱいあった。
僕の命さえ助けなければ……こんな事にはならなかったのではないか。
それ以外にもいっぱい言いたいことがあったはずなのに、天狗を目の前にするとただ涙が溢れた。
妖狐は僕の背に手をおいて座らせた。
僕はなにも言えないまま泣いた。
泣くのは好きじゃない。
疲れてしまうだけだから。
泣くほど無駄なことは無い。
そう思っているのに涙は止まらなかった。
「母親の供養に関しては安心してほしい。ふつう化け物に殺された者は、呪と恐怖に縛られ無事に成仏ができないが、それを断ち安寧の地へ誘えるように祈祷を行う」
「はい……」
「我々で墓も用意するが、そちらでも彼女の死を知らせて供養が必要になるだろう……任せてもらえればこちらで万事手配しておく」
「手配って……?」
「母親の死を知らせ、その後の手続きなど一才を済ませておく」
「どうやって?」
「人間社会の中に我々の仲間があまたの職業で働いておる。頼めば彼らが手を回してくれるであろう」
妖狐は保護者のようにそばにいる。
天狗は今後のことを考えてくれている。
でも、そんなことはどうだっていい。
僕は羅刹鳥を殺すことしか頭にないのだから。
「お任せします……」
「わかった、悪いようにはしない」
今以上に悪いことなんてありはしない。
「実戦訓練だったな……氷花」
「はい」
「ここにある物、化け物たち、すべてを好きに使うがいい。これから迷い家への出入りも自由とする」
冷静に考えて仇を打つには実戦訓練は必要だと思う。
この提案だけは素直に受け入れて感謝することにした。
――――――
今日は天狗と話をしただけでマンションに戻った。
明日から本格的に訓練を開始することになる。
店長には迷い家で訓練を開始することを説明した。
「まぁ、ええんちゃうか」
の一言で終わった。
羅刹鳥に関しては、常に見張っているから気にしなくていいと言ってくれた。
妖狐が天狗から聞いたという目を抜かれて殺された化け物の話を店長に聞かせると、2件の被害を知っているようだった。
手の目という化け物と、一つ目入道 という大型の化け物がやられたようだ。
2匹とも、目に強力な妖力を備えている化け物らしい。
羅刹鳥は生きた人間の目を好物としているため、化け物の目が狙われていることに関して、何か引っかかる部分があるようだ。
店長の口ぶりでは、他にも暗躍している化け物がいると考えているようだった。
僕は羅刹鳥を殺せればいい、他は興味のない話。
店長は蜘蛛を介して、もう少し調査をすると言っていた。
普段の仕事と一緒で、入念な計算とデーターを収集をしないと納得できないのだろう。
見かけによらず、とても繊細なひとなのだ。
僕は一足早く寝室に戻らせてもらった。
店長は落ち着くまで、ここに居たらいいと言ってくれている。
妖狐や店長の気配りを見ていると、彼らが化け物ということを忘れてしまいそうになる。
――――――
翌日。
迷い家の庭で実践訓練が始まった。
何匹?何体?何人?と呼ぶことが正しいのかわからないが、何匹かの化け物がギャラリーの様に見学している。
部外者がよほど珍しい様だ。
たまに迷い込んでこの迷い家に入ってくる人間もいたらしいが、それも500年くらい前の話なのでみんな記憶が定かではないようだ。
400歳位の妖狐は聞いたことがないと言っていた。
これより鳳凰の力を自由に発動させて使いこなすための訓練を行う。
①感情のコントロール。
②スタミナを付けるための走り込み。
③身体を動かしながらさとりの眼を使い続ける練習。
この3つの訓練だ。
感情コントロールは、鳳凰の力を発動させるためには戦うという覚悟と怒りの感情が起爆剤であることとわかったので、力を自在に発動させるための練習だ。
スタミナを付けるための走り込みに関しては、運動部でもない僕がなかなか苦労するところだと思う。
笑えるくらいスポーツとは無縁な生活を送ってきたことを今更後悔している。
戦うためにはスタミナが必要なため、真剣に取り組まなくてはならない。
そして身体を動かしながらさとりの眼を使う訓練は唯一の実戦形式であり、一番大事な訓練になるだろう。
訓練での組み手は屋敷内の化け物が相手をしてくれる。
妖狐クラスが相手だとまったく訓練にならないので、初日からしばらくは掃除係のあかなめが相手をしてくれる。
日替わりで相手を変えるようで、あかなめ、猫又、カワウソが用意された。
3人とも戦闘タイプではないので僕も甘く見ていたのだけれども、初日の相手であるあかなめとの組み手でボコボコにされた。
あんなに弱そうな化け物にこのやられっぷりだ……。
このままでは仇どころではないと、僕は冷静に理解ができ始めた。
――――――
感情コントロールは実践訓練を繰り返すうちに自然と備わっていったようだ。
戦うことへの恐怖感が緩和され、戦えるという自信へ変わったことで鳳凰の力を自由に出せるようになっていった。
本気で戦うと覚悟を決めた時に鳳凰は発動してくれる。
あかなめ、猫又、カワウソにはコテンパンにやられたけど、得たものは大きい。
スタミナを付けるための走り込みは、豆腐小僧発案の豆腐を落とさず崩さず運ぶ豆腐リレーという競技を迷い家の化け物達と毎日何度も繰り返しさせられた。
またダイエットのためマラソンにハマっている雪女、ろくろっ首とのフルマラソンの練習も毎日のよう行った。
当初のカリキュラムにはなかったが、妖力の扱い方をみんなから教わった。
妖力を身体の1箇所に集めることによって筋力が爆発的に発達し、打撃力、防御力、移動力、また妖術まで瞬間的に向上させることができるようになった。
難しい練習ではあったけど、みんなのおかげで良い訓練ができたと思う。
訓練を初めて2週間ほどが経った日。
いつものように実践訓練には何人かのギャラリーが楽しそうに見学している。
豆腐小僧、雪女、しょうけら、化け火、ろくろっ首、文車妖妃、かんばり入道、黒髪切り。
彼らはいつも声援を送ってくれる。
迷い家での訓練は普通に訓練や練習するのとは違い、効果が何10倍にもなると聞いていたが本当のようだ。
たった2週間で別人と思えるくらい強くなった気がする。
母さんの死を受け入れられたことも成長に繋がったと思う。
仇に対して怒りが消えたとかではない。
バラバラだった色々な感情が、この2週間で落ち着いて纏まった感じがするのだ。
感情が落ち着いた途端に鳳凰の炎が操れるようになった。
そして炎を発動させた状態でさとりの眼を使う実戦訓練も問題なくこなせている。
あかなめは一般的な人間の強さくらいなので、既に物足りない相手になった。
猫又は尾が2本あるでかい猫の化け物で素早い動きに苦戦したが、さとりの眼で心の動きを読みながら戦えば大した事は無かった。
カワウソに関しては水を操る化物ということで相性は悪いが、接近戦に持ち込んで直接炎をぶつけると簡単に負けを認めてきた。
自分でも驚きの成長だ。
ここまで成長できたのも、迷い家の化け物たちのおかげだ。
迷い家には、今の僕の訓練相手になる化け物はもういないようだ。
「それじゃ、そろそろわたしがお相手しようかな?」
大事なひとを忘れてた。
この迷い家、唯一の戦闘タイプである妖狐の氷花だ。
2週間前なら、まったく歯がたたない相手だった。
正直なところ今でも勝てるとは思わないが、いいセンは行くと思う。
心を読んで、相手の先を立ち回る戦い方。
それが僕の戦法だ。
「氷花さん、よろしくお願いします」
「えぇ、よろしく」
審判を務める呼子が二人を庭の中心に立たせた。
「それではいいかい?」
「……」
「はじめえぇぇー!」
僕は速やかに炎を手に纏わせた。
そして妖狐の心を…………こころ……ぉ……。
「……」
「!……を読む……あれ?」
いつの間にか仰向けに倒れ、妖狐の顔を見上げるような位置に僕の頭がある。
どういうことだ?
いつの間にこれだけ間を詰められた?
「よく寝るね。君」
「えっ?」
僕は妖狐の膝枕で寝ていた。
いつの間にこんな嬉し……ではなく、こんな体勢に?
「君が炎を発動させたと同時に全身を凍結させて締め落としたのさ」
「えっ?」
「タメの時間は命とりだからね、次から気を付けなよ」
僕はなにを根拠にいいセン行けると思ったんだろう。
ものすごく恥ずかしい。
羅刹鳥もこれくらい強いのだろうか……一気に不安が募った。
「僕、羅刹鳥に勝てるでしょうか?」
「勝てるわけないでしょ」
「……」
「でも勝つためにわたしがいるんだよ」
頼もしいことを言ってくれる。
下から眺める妖狐の顔は、忘れていたけど綺麗だった。
「……また発情してるんじゃないでしょうね?発情鬼」
「し、してないですよ!」
もう少しこのままでも良かったけど怒られそうなので飛び起きた。
よし。
明日からはさらに強くなるため、氷花さんに訓練を付けてもらうことに決めた。