表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/5

第3話「孤独な選択」

 夜が訪れようとしていた。


 《Eidolon Requiem》では現実と同じ24時間周期の時間が流れており、空は美しくも残酷に茜色へと染まっていく。


 


 クロウは小さな丘の上に座っていた。


 足元では草が風に揺れ、遠くでは始まりの街の灯が微かに瞬いている。

 草原地帯の安全圏で、彼は無言のまま初日の戦果を確認していた。


 


 【ステータス】

 名前:クロウ(Lv3)

 攻撃:12 防御:11 速度:11 知識:11 器用:10

 残りSP:0


 


 (初期SPはもう振り切った。3体のモンスターを倒してLv3……)


 (でも、経験値の伸びが鈍くなってきてるな)


 


 推測通り、1レベルごとに必要経験値は段階的に増えていく。

 ゲーム的には当然だが──ここでは、その“当然”が命に直結する。


 


 「……死んだ奴、いたな」


 


 ぽつりと漏らした言葉が、草原に吸い込まれていく。


 あのとき、クロウは助けなかった。助けられなかったのではない。

 助けることで“自分が死ぬ可能性”を計算に入れ、切り捨てたのだ。


 


 (割り切った。俺は、そういうプレイヤーだ)


 


 ──それは、現実でも同じだった。


 助けることよりも、自分の安全を優先してきた。誰も信じず、誰にも期待されず、ただ一人で生きてきた。


 だからこそ、このゲームでこそ「戦える」と思った。


 “現実”がゲームになった今、自分の「戦場」はここにあると。


 


 「……だけど」


 


 それでも、何かが引っかかっていた。


 あのプレイヤー──最後に目が合ったときの、あの“目”。


 諦めでも怒りでもない。

 まるで「助けて」と言わんばかりの──生の感情。


 


 クロウは立ち上がった。


 思考はそこで途切れた。背後から、誰かの声が聞こえたのだ。


 


 「……あの、すみません」


 


 振り返ると、少女が立っていた。


 プレイヤーだ。年齢は自分と同じくらいか、やや年下かもしれない。

 淡い桃色の髪に、軽装の魔導士ローブ。非戦闘職──いや、見た目からして初心者だ。


 


 「あなた、さっき戦ってましたよね? コボルトを倒して……」


 「……ああ」


 


 クロウは答えた。無愛想ではあるが、拒絶でもなかった。


 


 「よければ、少しだけ一緒に行動してもらえませんか? 少しでいいんです。私、戦い方が全然わからなくて……」


 


 声は震えていた。


 多くのプレイヤーが混乱し、泣き崩れ、パニックに陥った初日。


 この少女は、それでも前に進もうとしている。


 


 (……脆い。だけど、真剣だ)


 


 クロウは数秒、黙考したあと、静かに口を開いた。


 


 「名前は?」


 「あっ……! ごめんなさい! 私、カレンっていいます。カタカナで“カレン”です」


 


 「……わかった、少しだけだ」


 


 「えっ……?」


 


 「一緒に行く。お前が足を引っ張らないならな」


 


 カレンの顔がぱっと明るくなった。


 今のクロウには、それが眩しすぎるとさえ思えた。


 


 ──この世界には、“選ばなかった人間の命”が確かに存在する。


 ──だが、“選んだ人間の命”にも、きっと意味があるはずだ。


 


 (助けるわけじゃない。ただ……利用価値があるかもしれない)


 (補助魔法が使えれば、ソロより効率がいい)


 


 そう自分に言い聞かせながらも、内心では気づいていた。


 ほんの少しだけ、誰かと共に戦いたかったのかもしれないと。


 


 「とりあえず、草原の北側に洞窟がある。最初のダンジョンっぽい。行くぞ」


 「う、うんっ!」


 


 ──こうして、クロウはこの死のゲームで、初めて“誰か”と歩みを共にした。


 それが、一時の気まぐれであろうと──彼にとって、確かな一歩だった。


 


 次なる舞台は、洞窟型ダンジョン《迷い獣の巣》。

 そこに待つのは、闇と、獣と、そしてさらなる死。


 


 ──第3話 了

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ