第3話「孤独な選択」
夜が訪れようとしていた。
《Eidolon Requiem》では現実と同じ24時間周期の時間が流れており、空は美しくも残酷に茜色へと染まっていく。
クロウは小さな丘の上に座っていた。
足元では草が風に揺れ、遠くでは始まりの街の灯が微かに瞬いている。
草原地帯の安全圏で、彼は無言のまま初日の戦果を確認していた。
【ステータス】
名前:クロウ(Lv3)
攻撃:12 防御:11 速度:11 知識:11 器用:10
残りSP:0
(初期SPはもう振り切った。3体のモンスターを倒してLv3……)
(でも、経験値の伸びが鈍くなってきてるな)
推測通り、1レベルごとに必要経験値は段階的に増えていく。
ゲーム的には当然だが──ここでは、その“当然”が命に直結する。
「……死んだ奴、いたな」
ぽつりと漏らした言葉が、草原に吸い込まれていく。
あのとき、クロウは助けなかった。助けられなかったのではない。
助けることで“自分が死ぬ可能性”を計算に入れ、切り捨てたのだ。
(割り切った。俺は、そういうプレイヤーだ)
──それは、現実でも同じだった。
助けることよりも、自分の安全を優先してきた。誰も信じず、誰にも期待されず、ただ一人で生きてきた。
だからこそ、このゲームでこそ「戦える」と思った。
“現実”がゲームになった今、自分の「戦場」はここにあると。
「……だけど」
それでも、何かが引っかかっていた。
あのプレイヤー──最後に目が合ったときの、あの“目”。
諦めでも怒りでもない。
まるで「助けて」と言わんばかりの──生の感情。
クロウは立ち上がった。
思考はそこで途切れた。背後から、誰かの声が聞こえたのだ。
「……あの、すみません」
振り返ると、少女が立っていた。
プレイヤーだ。年齢は自分と同じくらいか、やや年下かもしれない。
淡い桃色の髪に、軽装の魔導士ローブ。非戦闘職──いや、見た目からして初心者だ。
「あなた、さっき戦ってましたよね? コボルトを倒して……」
「……ああ」
クロウは答えた。無愛想ではあるが、拒絶でもなかった。
「よければ、少しだけ一緒に行動してもらえませんか? 少しでいいんです。私、戦い方が全然わからなくて……」
声は震えていた。
多くのプレイヤーが混乱し、泣き崩れ、パニックに陥った初日。
この少女は、それでも前に進もうとしている。
(……脆い。だけど、真剣だ)
クロウは数秒、黙考したあと、静かに口を開いた。
「名前は?」
「あっ……! ごめんなさい! 私、カレンっていいます。カタカナで“カレン”です」
「……わかった、少しだけだ」
「えっ……?」
「一緒に行く。お前が足を引っ張らないならな」
カレンの顔がぱっと明るくなった。
今のクロウには、それが眩しすぎるとさえ思えた。
──この世界には、“選ばなかった人間の命”が確かに存在する。
──だが、“選んだ人間の命”にも、きっと意味があるはずだ。
(助けるわけじゃない。ただ……利用価値があるかもしれない)
(補助魔法が使えれば、ソロより効率がいい)
そう自分に言い聞かせながらも、内心では気づいていた。
ほんの少しだけ、誰かと共に戦いたかったのかもしれないと。
「とりあえず、草原の北側に洞窟がある。最初のダンジョンっぽい。行くぞ」
「う、うんっ!」
──こうして、クロウはこの死のゲームで、初めて“誰か”と歩みを共にした。
それが、一時の気まぐれであろうと──彼にとって、確かな一歩だった。
次なる舞台は、洞窟型ダンジョン《迷い獣の巣》。
そこに待つのは、闇と、獣と、そしてさらなる死。
──第3話 了