第2話「最初の一太刀」
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始まりの街を背に、クロウは一人、草原地帯へと踏み出した。
石畳の道が土に変わり、徐々に視界は開けていく。風が頬を撫で、草の匂いが鼻をくすぐる。ゲームの世界とは思えないほど、自然の息吹がそこにあった。
「……リアルすぎる。だけど……いいじゃないか」
片手剣を腰に下げ、クロウは静かに目を細める。
その表情には焦りも恐怖もない。むしろ──心の底で久しく感じていなかった“高揚感”が湧き上がっていた。
(死が現実に繋がっている? なら、本気でやるしかないだろ)
そう言い聞かせながら、彼は最初の獲物を見つけた。
──《野生のコボルト Lv3》
茶色い毛並みに、鈍い鉄片を巻いた棍棒。身長は人間の子供ほど。
可愛げもあるが、その目には明らかに殺気が宿っていた。
(こっちは初期装備でLv1……だが、振ったSPは無駄にしていない)
クロウは腰の剣を引き抜く。
──シュィン、と軽快な金属音。
視界右上のログに、スキルゲージと熟練度バーが表示される。
【武器スキル:片手直剣(熟練度 0.4 / 1000)】
【身体強化スキル:Lv1(熟練度 0.3 / 1000)】
戦闘経験はこれから積む。まずは1体──生き延びて勝つ。それだけだ。
「来い──!」
クロウが声を上げると、コボルトが吠えて突進してきた。
(まずは避ける)
身体強化スキルを起動し、軽く踏み込み──回避!
「ッ!」
棍棒が地面をえぐる音が響く。ギリギリの間合いを保ちつつ、クロウは右足に重心を乗せた。
──今だ!
振り抜かれた片手剣が、コボルトの首筋を捉える。
【ソードスキル《スラッシュ》発動】
【急所判定:成功】
【ダメージ補正:+25%】
【敵HP -43】
コボルトが呻き、後ずさる。
(確殺はできないか……もう一手)
クロウは追撃の体勢に入りながら、脳内で冷静に分析していた。
攻撃は通る。身体強化による踏み込みも有効。問題は──被弾した時だ。
「……よし」
2撃目。コボルトが振りかぶるのを先読みし、クロウは脇腹を狙って剣を突き込む。
【ソードスキル《スラスト》発動】
【命中:成功】
【敵HP -31】
コボルトは呻き声を上げ、膝をついた。
──そして、光の粒となって消滅。
【経験値獲得:+20】
【ドロップアイテム:なめし革の破片×1、獣骨の小片×2】
【熟練度上昇:片手直剣+2.1、身体強化+1.4】
クロウは深く息をついた。
「……勝った。初戦、完了」
たった一体倒すだけでも、筋肉の張りと心臓の高鳴りが止まらない。
だが、その戦闘には明確な「意味」があった。
彼の中の何かが──確実に“現実”へと近づいていた。
──直後、遠くから絶叫が響いた。
「助けてッ! 誰か……うわあああああっ!!」
クロウが振り返ると、丘の上、数人のプレイヤーがモンスターに襲われていた。
──《獣皮のオーガ Lv6》
体長2メートルを超える巨躯。鉄斧を携え、唸るような唸り声を上げる。
「……あれは、ソロじゃ無理だ」
1人が逃げ惑い、もう1人が地面に転倒──オーガの斧が振り下ろされ──
──ズバッ。
鮮やかに肉を裂く音が響いた。
プレイヤーの体が崩れ、血が舞う。数秒後、ログが表示された。
【プレイヤー「Hikaru」が死亡しました】
【彼の意識接続は強制切断されました】
だが、切断ではなかった。
そのプレイヤーの身体が、完全に“消滅”したのだ。
「……!」
クロウは言葉を失った。
目の前で──たった今、命が消えた。ゲームの演出ではない。
現実の死が、ここには存在している。
(これは……本当に“死ぬ”ゲームだ)
──だが、それでも。
「俺は、生き延びる。必ず」
クロウは剣を握りしめ、ゆっくりと背を向ける。
泣き叫ぶ人々を、助けを求める声を、すべてを背にして。
今は、まだ力が足りない。
今は、まだ何も守れない。
ならば、今は──“積む”だけだ。
経験値を。
スキル熟練度を。
そして、生きるための覚悟を。
「最速攻略……それが、生きる唯一の道だ」
クロウは静かに歩き出す。
剣の重みを、現実の命の重みとして受け止めながら。
死と隣り合わせのゲームで、彼の“戦い”が本格的に始まった。
──第2話 了