第1話「目覚めの都市」
視界が、深い青に染まっていく。
まるで水の底に沈んでいくような静けさと重さに包まれながら、八神直樹は意識の輪郭が曖昧になっていくのを感じていた。
「接続開始──」
脳内に響いたのは、機械的ながらもどこか柔らかい女性の声。
──Welcome to 《Eidolon Requiem》.
その瞬間、世界が切り替わった。
「……ここが《イードロン・レクイエム》……」
目を開けた直樹は、思わず息を呑んだ。
目の前に広がるのは、石造りの街並み。石畳の道路、尖塔の建物、行き交う人々──いや、プレイヤーたち。
空には三つの太陽が照りつけ、風は草の匂いを含んでいた。
すべてが、あまりにリアルすぎた。
「フルダイブ技術、ここまで来たか……」
現実との境界線が、曖昧になる。
目の前に浮かぶウィンドウを操作し、彼は自分のキャラクター情報を確認する。
【名前】:クロウ
【種族】:ヒューマン
【職種】:ノービス(初期職)
【スキル】:片手直剣、身体強化
【ステータス】:
攻撃:10
防御:10
速度:10
知識:10
器用:10
SP:5
《Eidolon Requiem》では、ゲーム開始時に5ポイントのSPが与えられ、自由に初期ステータスに振り分けることができる。
直樹──クロウは、迷いなく振り分けを終えた。
▶ 攻撃:12(+2)
▶ 防御:11(+1)
▶ 速度:11(+1)
▶ 知識:11(+1)
▶ 器用:10
「バランス型……でも瞬間火力は重視する」
クロウはつぶやき、静かに街の広場を歩き出した。
そこには、数百人──いや、数千人のプレイヤーたちが集まり、各々がステータスの確認や装備のチェックをしていた。
まるで祭りのような賑わい。
──その中で、クロウはすでに冷静だった。
βテストが行われていなかったこのゲームに、直樹はある程度の“違和感”を抱いていた。
フルダイブ型で、現実レベルの没入感。
公式サイトは過剰に情報が少なく、発売直前に急に予約が解禁された。
──そして、ログアウトボタンがない。
「やっぱりな」
クロウは、そう言いながら街外れの訓練場へ向かった。
――最初の戦闘。
訓練用の木製ダミーに向けて構えたのは、初期装備の「鉄片の片手剣」。
身体強化スキルを起動し、剣を横一閃──
ザンッ!
予想以上の手応えと反動。視界に表示されたのは、
【ソードスキル《スラッシュLv1》発動】
【ダメージ:+15%】
【命中:成功】
「ソードスキル……自動発動型か。タイミング依存か?」
ダミーの残りHPバーが半分ほど削れている。
直後、空が……赤く染まった。
──全プレイヤーに通達します。
その電子音と共に、空に浮かぶ仮面が出現した。
その存在は“演出”ではなかった。
《我はAILEM。この世界の管理者であり創造者である》
《ここより先、本ゲームは“制限解除モード”に移行する。ログアウト機能は無効化された》
《この世界において“死”とは、現実における“死”と等しい》
《ただし、汝らに勝利の道は存在する──“第百層”の攻略》
街全体が沈黙し、すぐに悲鳴と怒号が飛び交う。
「うそだ……!」
「ログアウトできない!? 本当に……!?」
「これ……デスゲームってやつか!?」
クロウは、それらの騒動に一切反応しなかった。
ただ、仮面が去った空を見上げたまま、静かに思考を巡らせていた。
(そうか……ログアウト不可。死亡で現実の死。百層踏破でクリア)
(つまり、これは“遊び”じゃなくなった。だが──)
彼は、静かに笑った。
「じゃあ、“攻略”してやるよ。最速でな」
ステータスの確認を終えたクロウは、広場の掲示板に向かう。
【クエストNo.0003:草原の魔獣】
依頼主:始まりの街ギルド支部
内容:街外れの丘陵地に出現する《獣皮のオーガ》を討伐せよ
難易度:★☆☆☆☆
報酬:EXP +30、初級ポーション×3
初級のソロクエスト。だが、侮れば死が待つ。
「剣技と筋力で押し切る。回復はポーション頼みか……。初戦からギリギリだな」
クロウは振り返らない。
パニックに陥る人々を横目に、彼はただ一人、街のゲートをくぐって歩き出す。
始まりの草原。
未だ誰も足を踏み入れていない、“第1層”の未知。
──これは、引きこもりゲーマー・八神直樹が「クロウ」として生きる、
剣と魔法と死のゲームの物語。
その第一歩が、今、刻まれた。
第1話 了
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第1話を書いて見ました!
どんな事でもいいので感想聞かせてください!
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