1章 7話:新たなひとときの日常
外のカルデラに満ちた水で、ルナティアと洗濯をしていた。カーテン、服、シーツ。すべて赤黒く染まっている。もちろん全てウツキの血である。
「…私がこうしてここにいるのは、お客様の頭が悪く、お人好しだからです。」
「ひどくないですかね。」
「感謝しています。職を失わずに済んだのはお客様のおかげです。」
『お客様』なんて、よそよそしい呼び方は変えてほしいが、名前で呼ばれてもドギマギするので突っ込まない。
「…汚れがまだ残ってるわ。このヘタクソが」
桃色の髪を揺らし、ソルティアが歩いてくる。
「姉様、おいで。」
ソルティアが少し離れたところにしゃがみ、手を広げる。ルナティアは洗濯を中断し、四つん這いで近づき、ソルティアに抱きつく。
「…何を見ているの?そもそも、こんなにストレスをお客が姉様にかけたのが悪いでしょう?悪目立
するような行動が多すぎる。姉様が手伝う理由なんてないんだから、お客は1人で洗濯しなさい。お前の血の匂いは不快だわ。」
「お客て…。それに罵りすぎでは?」
「形だけでも、主人の客に対する、最低限の敬意を払う。主人の顔に泥を塗る真似はしたくないだけ。」
「御をつけただけじゃねぇか!最低限すぎる!」
確かに汚れや、疑われる原因はあり、反論できないのでウツキは黙って洗濯を再開した。
「仲良いのな。2人ってどーゆう関係なん?」
「お姉様とは血の繋がってない姉妹みたいなものです。」
ルナティアの 『血の繋がってない姉妹』発言が気になるが、触れていい話題なのかわからず黙り込む。
「って、姉様とお姉様呼び どゆこと⁈」
「言ったでしょう?私たちは血は繋がっていないし、年齢はわかれど、生まれた日はわからない。私はルナティアがいなければ死んでいたし、ルナティアも私がいなければ死んでいた。」
「お姉様と私は慕いあっているので、どちらが上だとか無いんです。」
ちょくちょく気になるところはあるが、ウツキは美しい愛とも言える絆には、見習うべきところがあると感じた。実際、形だけでも互いを尊重し合うのは、プライドが邪魔をする事が多いと思う。でなければ、喧嘩だとか、恥だとかは存在しないのだから。
「ルナソルみたいに、やさしい世界になればいいのに。」
「「ルナソル…?」」
ウツキは洗濯を終え、部屋に戻るのだった。
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部屋へと戻る道中、リリレヴァと対面する。
「リリカてゃそ!さっきは驚かせてごめん。洗濯終わったよ」
「…うん。大丈夫、お疲れ様。」
リリレヴァは口に手を当て目を伏せた。まだ血の匂いが誤魔化せて無いのだろうか。今日は疲れたので、明日また洗うことにする。
「…! 指切れてる」
「あぁ…水でふやけて、洗濯板で第一関節おろしちゃって」
リリレヴァはウツキの指に向けて手をかざす。すると、血が止まり、ゆっくりと傷口が塞がっていく。
「…! ありがとう、リリカてゃそ イズ まいごっと!」
「別に治癒魔法とかじゃ無いから、あんまり手をにぎにぎしない方がいいかも」
この魔法は本来の使い方と違うらしい。よくわからないが、起点が効く頭のいいリリレヴァは女神だ。
「…もしかして、血とか苦手だったりする?今度からできるだけ怪我してる時は会わないようにするね」
「何でそうなるの…?」
「会わないと損するのは俺だけだし…?」
リリレヴァは悲しそうな顔をして、ウツキの手を両手で包む。
「怪我しないようにするとかあるでしょ?怪我したら治してあげるから来て?」
「え…あっ、きゃわっ…」
ウツキは手を掴まれ、リリレヴァに『怪我してる時は来て』と言われ、美少女に耐性のないウツキは鼻血を出して倒れた。
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「…起きましたか。」
自室のベットで起きると、隣にはルナティアが座っていた。どうやら、ルナティアが部屋まで運んでくれたようだ。
「ベット横に居られると、心臓止まりそうになるんだけど…」
「その節は本当に申し訳ないと思っています。しかし、心配だったんです。鼻血とはいえ、あの出血量…」
「それ以上出させたルナティアがそれいうかよ。」
ウツキは笑い飛ばしたが、ルナティアは俯いたままだった。笑って誤魔化そうとしても、彼女の心情は誤魔化し切れない。気にしてないと言えば嘘になるが、そこに怒りや憎しみは一切ない。
「お詫び…なんでもします。自分勝手ですみません。楽になりたいんです、何か罪滅ぼしをさせてください。」
「…なんでも?」
ルナティアはこくりと頷いた。目線はこちらへ向いているが、肩は震え、縮こまっている。それが、何をされるか怖いからか、それでもその提案をしないと耐えられないほどの罪悪感なのかはウツキには計りかねる。
「こっちに来い。そしてここに跪け」
ルナティアは椅子から立ち上がり、隣にしゃがみ込んだ。震えて下を向く彼女の頬に手を当て、上を向かせて目を見つめる。表情から驚きが隠せていないが、同時に泣きそうな目をしている。
ウツキは親指で彼女の頬をこねくり回す。
「お、おひゃくしゃまっ…?にゃにをっ⁈」
「男は度胸、女は愛嬌!なんでもするって言っただろ?なら、友達になってくれよ!可愛い友達とか、全人類の願望だろ!」
ルナティアはウツキの手首を掴んで、膝の上に置かせる。自分の顔に手を当てながらこちらを見る。
「わ、わかりました…。
ソーカミキ家侍女『ルナティア』、主のお客様『ツクモウツキ』様のご友人と、させていただきます。お客様改め、ウツキ様。」
「できれば様はやめてほしいけど…対して何もしてないわけだし。」
結局、呼び名は「ウツキ殿」に収まった。一方、ルナティアの呼び名は『るなてい』となった。
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ドアを4回ノックする。中から可憐な声で返事が来たので、入室する。
「リリカてゃそ!ってうわぁああ⁈」
奇声を上げたウツキの前には、比較的布面積の少ないリリレヴァがいた。
「キャミソールって奴か…?いや、服として着てるファッションの人いたし、指摘するべきなのか…?」
「ウツキ?どうしたの?」
目を閉じて、あくまでも見ずに、にこやかに言う。
「素敵なお洋服ですね」
リリレヴァはワンピースの様な作りの服を、スカート部分からするりと着る。
「?…今着る途中なんだけど?」
「終わったぁああああああああ
…目を潰せるもの探さなきゃ…。」
「何?敵襲なの⁈」
リリレヴァの無自覚すぎる反応で、もうどうでも良くなったウツキだった。
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「着替え終わったけど…」
ウツキは恐る恐る振り返り、指の隙間から覗く。本当に着替え終わった様だ。
「突然来て、どうしたの?」
「いや、特に理由はなかったんだけど…リリカてゃそと仲良くなりたくて、お話ししに来た」
数秒の沈黙が訪れてから、リリレヴァが口を開く。
「どうして、私と仲良くしたいの?」
「…仲良くなりたいのに、理由なんてないよ。」
正直なところ、リリレヴァのことが好きだからだ。しかし、ウツキに告白する勇気など何処にもない。
リリレヴァは、少しきょとんとした後に、「よくわからない。」とだけ溢す。
「できればデートとか一緒に行きたいし、それぐらいまで仲良くなりたいな〜…とか、言ってみたりして…。」
「でぇと?に行きたいなら行けばいいんじゃない?」
「文化の違いっ!デートは場所じゃなくて、2人でお出かけすること!」
『デートに行きたい』。たしかに、デートを知らない異世界の住民なら、場所と勘違いしてもおかしくない文法だ。
「…森でなら、いつでも『でぇと』してあげるけど。」
ウツキは喜びのあまりガッツポーズで「よっしゃぁあ!」と声を上げる。それを見たリリレヴァは嬉しそうに微笑んだ。
「ピクニックとかいいかもな。そしたら、お弁当作って…あ、日傘とかってある?それと、狼とかが寄り付かなくなるものとか」
「『ぴくにっく』は何かわからないけど、日傘はあるよ。魔物除けは、ヴィオラに聞けばなんとかしてくれると思うよ。確か倉庫で『ノマケヨモ草』を育ててたし、魔物除けを作れたはずだから。」
「そうなのか、じゃあその子を訪ねてみるよ。」
そう言ってウツキは退室した。
退室してから、日時やヴィオラについて聞くのを忘れていたことに気づく。
「まあ、下準備を先にしないとだし、噂のヴィオラさんの情報を集めるか。」
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屋敷は広いので、前に幼女にほんの角で殺されたであろう場所を目指す事にした。人を探すより、人がいそうな目的地に歩いて行った方が速い気がする。
人がいるであろう場所はそう多くは知らない。
「メイド2人の邪魔はしない方がいいよな…となるとだ。」
一階の廊下の端の階段まで行く。
階段に一歩踏み出すと、吐き気を催す。膝に襲いかかる浮遊感。普段通りに足を動かそうとすれば、力が抜け、転がり落ちる。一歩一歩、足に力を込めて下っていく。
ノック4回。気位の高い性格の幼女は、4回ぐらいで応答してもらえるだろうか。
ドアがひとりでに開く。その部屋の中にはベットで本を読む幼女がいた。
「…お前、何しに来た。」
「ちょっと、聞きたいことがあって。森に魔物が寄り付かなくなる場所を作りたくて、ヴィオラさんを探してるんだ。何か知らないか?」
幼女は顔を顰めて、ウツキを見つめる。ウツキの言葉に嘘はないと思ったのか、ため息をつく。
「私の事だけど。」
ウツキは驚きのあまり固まる。その静寂を破ったのは、原因となった幼女——ヴィオラだった。
「で、なんでお前に協力しなきゃ行けないの?」
「あっ…えと、リリカてゃそと、森に行きたい。彼女と安全に過ごせる場所を作る為だ。」
「…あの小娘の為なら、協力してやってもいい。」
前から、なぜリリレヴァに協力的なのかはわからないが、利害が一致するなら協力してもらう。作業は森でするようなので、森へと移動した。
いや、やばいです。書くのが追いつかなくなりつつあります。4日前にギリギリです。来週分書かないと〜!!