1章5話:赤い檻
少し血の表現があります。苦手な方はご注意ください。
檻の鍵が開かれる音がした。カーテンを開け、歩いてくる。ベット周りのカーテンも開け、ついに対面する。
「ルナティア…?」
そこには結われた緑の髪を下げ、片目の隠れたメイド、ルナティアが立っていた。
ルナティアはウツキの寝転がっているベットに手を置く。四肢を一つづつベットの上に乗せ、四つん這いで近づいてくる。寝る為であり、上を移動することを考慮されていない寝具は、ギシギシと音を立てる。音が鳴るたび、心臓が煩くなる。
仰向けのウツキの腹に、細い指が触れる。ルナティアの、先ほどよりも少し荒くなった息遣いが聞こえるほどまで近づく。
ルナティアはウツキに馬乗りとなる。
「ルナ…ティア?」
何を考えているのかわからないルナティアを見つめ返す。彼女の腿から熱が伝わり、ウツキの顔は赤くなる。身構える為に目を瞑る。
衝撃が伝わる。熱い。どろっとしたものが体を伝う。腹部は熱くなり、鼓動は高まってゆく。頭は白くなり、思考が鈍化する。朦朧とした意識の中、視界には
一面の赤が映った。
ルナティアの手には、モーニングスターの様にバットに針のついた形の武器があり、赤く染まっていた。
「ぁああああああ…な、んでぇえ」
「火の粉を払いたいだけです。まだ生き残りは、仲間はいますか?」
この世界に来てからは、この屋敷の住人と犬神様以外に出会っていない。強いて言えば、屋敷のみんなを
「俺は…仲間だとっ…思ってたのにっ」
「そんなわけないでしょう?お姉様に危害を加えられる前にここでお前を殺す。ここで情報を吐けば、幽閉程度で済ませてあげます。」
冷たい目つきと声で言われたところで、情報も何も持っていない。
「俺の…異世界ライフも…ここで、終わり…か…」
顔を、飛び散った腸の壁がどろっと伝う。腹部の痛みを熱いと錯覚する。心臓が早くなり、酸素を全身に送ろうとする。その度に赤血球達は流れ落ちていく。酸素が巡らず、視界は白くなり、思考が低下する。
「…なんで喋れてるんですか。」
声帯と口が無事だからに決まっている。しかし、それを言う気力はもう無い。
「お前、頭無いんですよ…?」
そんなはずはない。実際、今も思考出来ている。手で頭を触ろうとする。
「…ぁ」
ぐちゅっと言う音と共に何かに触れた。狭い視界で手のひらを見る。そこにはべったりと、赤黒い血が付いていた。脳の大部分が無くなり、左目は開かない。
「あ、あああああああああああああああああああ」
痛い、熱い。痛い熱い、痛い痛い痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い
「人間なんですか?人間にしては気持ち悪すぎる。」
何を言っているのかわからない。ウツキは痛みを誤魔化す為か、絶叫するしかなかった。次第に声は枯れ、少し冷静になり、叫んでも意味はないことに気づく。
「あ…あ?」
「…もう、左目は開くんじゃないですか…?」
そんなはずはない。
「俺は…普通の 人間で…」
袖で左目についた血を拭い、左目を開いた。
「徐々に体が再生してる…?太陽の民は生命力が高いとか…?」
ルナティアは独り言を呟く。しかし、その目は獲物を逃すまいと、ウツキを見つめている。
「お前はここで殺さなくてはいけない存在です。お姉様やお嬢様、それだけでなく世界に危険が及ぶかもしれない。」
「待って、くれ。情報…聞き出すんじゃないのか」
「危険因子はすぐに潰すことにします。お前の仲間を殺す為に情報を聞きたいんじゃないんですよ。喧嘩を売ってきた時に、効率よく潰せるようにする為です。お前を殺すメリットはあっても、デメリットは無いんですよ。」
バットを振り上げ、足を砕かれる。針が皮膚に刺さり、貫く。バット本体は骨を砕く。逃げられる事がないように足を砕いたのだろうか。そもそも、逃げられる体力も、力も無いのに。
足の次は腕、腹、肺、心臓、頭。どれだけ失っても、少しずつ回復する体。無限に流れ出る血によってカーテンに区切られた空間は、全て赤く染まる。バットで骨を折られる。すり鉢を使うように心臓を潰される。
「なんで、ここまでしても死なないっ!」
「…殺して…くれ。終わらせて…」
もう、やめてと言っても止まらないだろう。いっその事一思いに殺して欲しい。
中枢機関を破壊され、意識が飛ぶ。しかし、すぐに痛みで意識は覚醒し、意識が飛び、痛みで覚醒し、飛んで、覚醒、飛んで覚醒飛んで覚醒飛んで覚醒飛んで覚醒飛んで覚醒飛んで覚醒飛んで覚醒飛んで覚醒飛んで覚醒飛んで覚醒飛んで覚醒飛んで覚醒飛んで覚醒飛んで覚醒飛んで覚醒飛んで覚醒飛んで覚醒飛んで覚醒飛んで覚醒飛んで覚醒飛んで覚醒飛んで覚醒飛んで覚醒飛んで覚醒飛んで覚醒
いつになったら終わるのか。終わりは来るのか。潰し続けるだけの作業に、ルナティアが疲れたら終わるのだろうか。また、目の前でバットが振り上げられ、
「帰ってきた。」
ルナティアはバットを下ろし、その場に立ち尽くす。
「お姉様に、失望される。コイツを勝手に殺そうとした事、殺せなかった事…見放される…!今ここで、殺さなきゃ…」
今まで冷静だったルナティアが取り乱す。「失望される」と、何回も呟いている。
「…せめて、お姉様を守らなきゃ。見放される前に、森でコイツもろとも死ねば」
「駄目…だ。」
ルナティアはサンドバッグと化したウツキが突然喋り、思考が止まる。
「ルナ、ティア。君は優しいから、死んじゃ…いけない」
「何を言って…」
「裁縫…破れたジャージ、直ってた。」る
リリレヴァが朝食の際に、ルナティアは裁縫が得意だと言っていた。それに、
「なんで今、辛そうな顔してるんだよ」
ルナティアの口数が少なくなってから、表情が変わった。もしかしたら、人を殺すなんてしたく無いのかもしれない。そうでなくとも、姉を守ろうと戦っている。
「そんな優しい奴が、死ぬなんて…絶対に駄目だ。」
「…なら、どうしろって言うんですかっ!」
ルナティアの目から涙が浮かび、叫ぶ。足音が近づいて来る。本当に帰ってきていたようだ。扉が開く音がする。
「ウツキ?すごい音したけど…」
「リリカてゃそ、帰ってきたんだ。ちょっと今ペンキこぼして、真っ赤っかになっちゃって、ルナティアに手伝ってもらってたんだ。汚れちゃうから部屋戻ってて」
カーテン越しにリリレヴァに話しかける。もちろん嘘だ。血だらけで、手伝ってもらうどころか、元凶がルナティアである。それでも、優しい人が、誰かのための行動で居なくなうのは違うだろう。
「そうなの?でもルナティアがいるなら、大丈夫かな。じゃあ私は部屋に戻るね。」
足音が遠くなり、扉が閉められる。なんとか誤魔化す事ができた。
「…お、お客様、……ありがとうございます。」
「…君は、俺みたいな怪しくて、無価値な人間のせいでいなくなっていい人じゃ無い。そう思っただけだ。」
ふらつきながら壁にもたれかかる。本当に人間でなくなってしまったのか、この先死ぬのか生きるのか。解決法なんてない思考が、酸素の足りないウツキの脳を埋め尽くす。
またしても、ウツキは酸欠により意識が途切れた。
ルナティアは優しいね!
現時点でこの回合わせて3個しかストックないので焦ってます。