1章4話:異世界の日常初日
そう。ここは、日本でも無ければ地球でも無い。違う世界—異世界なのだ。
目の前には三首のポメ。紛れもない異世界だろう。なにより、
「超絶美少女リリレヴァが…!」
「え、なに急に…」
引かれた。だがその顔も可愛い。
リリレヴァに見惚れて腑抜けた顔をしていると、額に強烈なデコピンを食らう。
「でぁぁっ⁈」
その激痛に変な声を出し、後ろに倒れる。
「や、やりすぎたかも…ごめんね、大丈夫?」
「俺なら全然大丈夫!…です」
心配そうな顔をこっちに向けられる。それが自分に対しての表情であることがどんなに幸せか。美しい白い髪を揺らしながら、こちらへと近づいてくる。
その容姿を前にしては、格好つけたいのにも関わらず照れや緊張から「です、ます」が出てしまい、口調があやふやになってしまった。
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「そういえば私、ウツキのこと何も知らない。どこから来たとか。身元を疑うわけじゃないんだけど、興味本位で聞かせてほしいの。」
「俺は、日本ってところから来たんだけど、伝わる…ますか?」
リリレヴァは両手の人差し指をこめかみに当てて、思い出そうとするが、心当たりはないようだ。
ここは間違いなく元々いた世界とは異世界であり、リリレヴァは知らない世界の地名を出されたのだ。わからなくて当然である。
「逆に、ここは何処なんだすか?」
口調がどんどんおかしくなるが、もう吹っ切れた。
「だす…?ここは、レグニジア王国のタルカーニャと呼ばれる山。なんだけど、本当に知らないの?どうやって来ちゃったの?」
「目覚めたらその、たるかーにゃ の森にいたってわけ。何を言っているかわからないと思うが、俺もさっぱりわからないんだ。」
レグニジアもタルカーニャも聞いたことが無い。奇跡的に日本語と全く同じ言語が生み出された、何処か遠くの国だとかならば、家にも帰れるかもしれない。そんなことも考えたが、ならば『日本語の伝わる国』として話題になるはずだ。
「なら、この国になれるまで私の住んでいる城に居るといいよ。ウツキがいいなら、だけど。」
「…こ、こちらこそお願いしてもよろしいでしょうか」
こうしてウツキは、なんだかんだで屋敷に住むことが許可された。
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「の、はずなんだけどなぁ…なんで俺まだ牢屋なの⁈」
「ご、ごめんね。マオを説得できなかったの。ウツキが太陽の民の特徴と一致してるから…」
「太陽の民って?」
太陽の民。それは、迫害され、ある集落へと逃げて来た人々のことである。太陽神ヘリオスを崇める。ある少年が迫害されたことの復讐を始め、カルバニア王国は一夜にして火の海となる。高い身体能力を有したが、王国軍が民を欺いた事により、民は全滅したと思われる。
また、全ての民の髪と目は、何色にも似つかない漆黒である。
「って、伝わっているの。」
太陽神ヘリオス。ギリシャ神話について調べた時に見かけた事があった。ギリシャ語で太陽の意味を持つ。これは、この異世界にギリシャ人などの元の世界から来た人がいたということなのだろうか。
「黒髪と黒目について、何か知らないか?」
「黒髪は神秘的に見えるって考えが主流だったみたい。今では、嫌悪感の方が強いけれど。私は、ウツキの黒い目と黒い髪、綺麗だと思う。」
見た目を褒められたことがあまりない為、顔が茹蛸のように赤くなり、固まってしまう。
しかし、黒髪のルーツなどはあまりわからないそうだ。これで、現状の異世界召喚の手がかりは潰えた。
そもそも、これは異世界召喚なのだろうか。異世界召喚はもっと、魔法陣の上だとか、魔法使いに囲まれるだとかからはじまる気がする。美少女は美少女でも、召喚士の美少女でもなさそうだ。
「リリレヴァ様、朝食ができました。それと、あまり外出はしないよう、お身体を大切になさってください。」
桃髪のメイドがリリレヴァを呼びに来た。だが、それよりもウツキは
「リリカてゃそが外出を控えるって、どうゆうことだ…?」
外出が好ましくないほどの体質だと思われる発言が引っかかっていた。
「…リリレヴァ様、まだ話していないのですか?そこの愚民、リリレヴァ様は」
「わ、私から言うから!ね?」
メイドはリリレヴァが声を上げたのが意外だったのか、驚いた表情をしている。
「わかりました。お食事が冷めてしまいますので、中へお入りください。」
リリレヴァが朝食に行ってしまうと暇になる。ウツキはその場で寝転がる。
「…ウツキ?ご飯食べないの?」
「え、食べていいの?」
リリレヴァには、一緒に住むのだから当たり前だと笑われてしまった。ウツキは、リリレヴァの笑顔を見て、笑みを浮かべながら、メイドとリリレヴァに着いて行ったのだった。
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席に着いたのは、ウツキとリリレヴァ、それとさっきの少女だった。おそらくその少女に、本の角で後頭部をぶん殴られた。少女は、ウツキの顔を見て酷く驚いていた。
「なんでここに。」
「リリカてゃそに朝食の許可をもらったからな。一緒に食べさせもらうぜ。」
少女は顔を顰めつつも何も言わなかった。ウツキも料理の置いてある席に着く。
「「どうぞ、お召し上がりくださいませ。」」
メイド2人がそう言うと、ウツキ以外の2人は食べ始めた。『いただきます』の習慣はないのかと思いつつ、ウツキも食べ始めた。
正直、箸が欲しい。スプーンはデザートを食べる時に使うことがあった。フォークに至っては、揚げパンで手が汚れないように、スプーンをナイフ代わりに切って使ったきりだ。高校に入ってからは一度も使っていない。
つまりは、普段から使い慣れている箸が欲しい。こぼさぬように、一口サイズに皿からサラダを取り、口に運ぼうとする。しかし、口に入る前に、フォークの上から皿に落ちる。
「あの、行儀悪いかもしれないですが…スープを皿から飲んでも良いでしょうか…?」
高級レストランのように、皿に入ったスープなんて、絶対に溢す。だったらまだ、皿に口をつけて飲むほうがマシだ。
「別に、誰も行儀なんて気にしないよ。ソルティア、ルナティア、次からはボウルに入れてくれる?その方がいっぱい飲めるし」
多くの種類を楽しむ為の配慮だとしても、少なくて飲みにくい、シェフの意地悪スープより、量のも普通で飲みやすい、普通のスープの方が好きだ。
「…ルナティアさんと、ソルティアさんって言うんですか?」
「うん。緑髪の子はルナティアで、ピンクの髪の子がソルティア。この屋敷で雇っているメイドなの。ルナティアは裁縫が得意で、ソルティアは掃除と、料理全般ができるの。」
ルナティアとソルティアは、スカートの裾を持ち一礼した。その動きからは、無駄な動作はなく、長年メイドをして来たのだろうと考えられる。
「ごちそうさま。」
そう言って立ち上がったのは、本の角で殴って来た少女だ。ウツキ達の会話には全く興味がないらしい。一直線にドアまで歩いて行き、退室した。
その後も何事もなく、朝食は続いた。
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「本当に、ここでいいの?」
リリレヴァとウツキは朝食の後、地下牢へ来ていた。
「俺が不安要素なら、ここで生活して少しずつみんなと仲良くなれたらいいな…なんて。ここに住まわせてもらっているだけでもありがたい…ですから。」
その上、料理は美味しい。むしろ、リリレヴァに会えるならば幽閉されたって、犬扱いされたって、奴隷扱いでも良い。
「…ウツキって変だよね。ですとか、付けなくてもいいのに。それに、『てゃそ』ってなんなのかわからないし。」
「ですますは、その、俺ってすぐに調子乗るから、失礼とか迷惑とかかけたくないし。落ち着いた口調にして、自重してるって言うかですね…」
改めて、敬語を使おうとする意味を言語化しようとすると、自分でも何故使おうとしているのかがわからなくなる。
「迷惑だなんて思わないから、ありのままのウツキを見せてよ。その方が、みんなも疑ったり、不安になったりしないんじゃないかな?」
他人の心なんて読めない。でも、ある程度のことは分かる。無理に口調を変えようとする姿が、周りにはどのように見えていたのだろうか。無害なふりをする為に近づいて来た敵だと思っただろうか。
「…ああ、わかった。出来るだけ素で話せるようにするよ、リリカてゃそ。」
「だから、そのてゃそってなんなの?」
「えっと、気恥ずかしいし、説明しにくいんだけど。
元々「てゃん』は、『ちゃん』が訛ったやつだけど、俺のは可愛い女の子とかに使う『たん』からできたやつ。で、俺の国の『ン』って字は『ソ』に似てて、『ン』を使うところを『ソ』に既存のキャラを指す時や、これまた可愛い子とかにネット民は変換したりする。『ちゃん』を『チャソ』って言ったりとか。
その2つを二つ合わせて、リリレヴァの超絶可愛いい事を表現した敬称が、『てゃそ』って訳!」
コテコテのネットスラングまみれの敬称な上に、咄嗟に出た物だが、我ながらこれ以上に可愛いの二重表現な敬称は思いつかない。
「…?」
異世界の文化かつ、ネット民にしか伝わらなさそうな話にリリレヴァは首を傾げる。
「つまり、リリレヴァが可愛い故の『てゃそ』って事!」
「…そっか。とりあえず、部屋はここで良いとしても、ベットとカーテンぐらいあった方がいいと思うの。持ってくるから待ってて。」
意味を知った上で華麗にスルーされたが、カーテンとベットが貰えるのは嬉しい。カーテンがあれば自分のパーソナルスペースが明確にできる。何より、一辺が壁ではなく檻なので、吹き抜けというか、プライバシーも何もないので落ち着かないのでありがたかった。
そんなことを考えていると、リリレヴァはどこかに、カーテンを取りに行ったようだった。ウツキは手伝う為に追いかけるか迷ったが、屋敷の構造を知らない奴が追いかけて、迷子などの迷惑をかけないわけがない。なので、申し訳ないが待つことにした。
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リリレヴァの足音が聞こえる。カーテンと、カーテンを取り付ける為の物を大量に持って帰って来たようだ。しかし、ベットなんて重い物、リリレヴァが持てるわけない。
「ウツキ、もう一回待っててもらってもいい?そういえば、ベットってドアを通れないの。」
そう言い残し、どこかへ行ってしまった。追いかけようと、開けっぱなしのドアの前まで行く。そこにはベットが置かれていて、通れなかった。どのようにして持って来たのだろうか。
足音が再び聞こえる。リリレヴァが少女を抱えて走って来た。正直、少女を抱えている事にも驚きを感じる。もしかしたら本当に、リリレヴァがベットを持って来たのかもしれない。
「小娘の頼みだから、仕方なく来てあげた。お前の為では断じてない。勘違いをするなよ小僧。」
その少女が指パッチンをすると目の前からベットが消えた。「もしかして」と、思い振り返る。檻の中にベットが置かれていた。
「せいぜい、お前には勿体無いほどに環境の整った檻の中でくたばるがいいわ。」
静かな声からは、確実にツンデレではない事が分かる。何故、リリレヴァの頼みは聞くのか。おそらく可愛いからだろう。
「ありがとうな!」
何も言わずに、どこかへと歩いて行った。
「手伝った方がいい?」
「いや、大丈夫。ありがとう。お気遣いマジ女神って感じだけど、これぐらいは1人でやるよ。」
「わかった。私はソルティアと街まで買い物に行ってくるから。」
リリレヴァも退出していった。もしかするとリリレヴァは自分のために、今まで買い物に出かけなかったのかもしれないと思い、ウツキは感謝と申し訳なさでいっぱいになった。
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リリレヴァの持って来た物の中には、両面テープのような物もあった。幸い、見た目が似ていたので気づくことができた。ベットを動かしながら、カーテンのレールを取り付けていく。
両面テープのような物は、指には元の世界ほどの粘着力なのに、取り付けた後はどうやって外すのかわからないほど、ガッチリと固定されていた。レールは柔らかく曲がるようになっており、好きに部屋を区切ることができた。
檻の格子の全面にカーテンを取り付け、外から丸見え状態を改善し、端に置いたクイーンベットを囲うようにカーテンを取り付ける。カーテンの壁際の部分をテープで壁に貼り付け、風で隙間が開くことをなくし、2枚使うことで出入りも出来るようにした。
カーテンを全て閉め、ベットの前に立つ。
「これで俺の部屋、完成だぁああーーー!!!」
誰にも聞こえない地下室で叫びながら、1人には大きすぎるベットに飛び乗る。その柔らかい感触に包まれながら、眠りについた。
予約投稿が2週間分しかできてなくて焦っています。今回平和です。ウツキの部屋紹介だけで1話終わりました。それにしては長い。ちなみに今回の空白・改行は7000字以上らしいですよ。数えてみてね。
追記:他作品で同じ国名がありましたので、改名させていただきました。 2025/5/16/0:25