1章2話:「太陽の民」
目が覚める。上はふかふかで温かく、下はひんやりとした感覚がある。嫌な予感がしたが、ただ床に布団がかけられてる状態だった。
「あぁ、起きたのか。動かないほうがいい。口も開くな。僕の見立てでは、君をいつでも殺せるからね。」
目の前は鉄の棒で仕切られていて、その奥にの殺風景な中、声の主の男が座っている。比較的小柄で可愛らしい見た目ながら、初対面で殺人予告をされた。その眼光は鋭く、動くこと、目を離すことができなかった。
そいつはネックレスのように首から下げていた鈴を鳴らす。どこかから慌ただしく足音がする。扉の開く音が聞こえ、視界の端に光が差し込む。そしてやっと気づく。檻の中にいるのは何もしていないはずの自分であることに。
部屋に入ってきたのは、白い髪を名前も知らない髪型にした、先ほどの少女だった。
男は少女にイスを譲り、檻に近づく。
「肯定が否定だけで質問に答えろ。縦に振れば肯定、横にふれば否定とみなす。首から上だけを動かすことを許可する。」
首を縦に振り従うことを伝える。
「周辺国のスパイの類か?」
否定
「お前は、ヴァンパイアハンターか?」
否定
「人主主義の過激派か?」
否定
「最後の質問だ。」
訳のわからない単語が次々にでてくる。
「お前は太陽の民か?」
否定
「……はぁ。リリィ、この子は太陽の民じゃない。
気配的にただの子供だ。しかも何も嘘をついていないよ。」
威圧感から解放される。
リリィと呼ばれる少女がほっとした表情で息をつく。その唇はピンク色で艶がありとても可憐だ。
「起きたばっかりでごめんね?
聞きたいことがあれば、わかる範囲で教えるわ。」
小さい口が開き、そこから発せられる声に耳が痺れるような感覚がする。
まず初めに聞かなければいけないこと、その前に言わなければいけない事を衝動的に文書化し、大きく息を吸い、
声にする。
できるだけ、自分の理想に近づけた態度で
「俺の名前はツクモ ウツキだ!恩人の素敵な名前を聞きたい!」
「…恩人?」
「目の前の美少女、君の名前を!」
少女は目を丸くし、三人の中に沈黙ができる。
「…リリレヴァ・ソーカミキ。変な名前の自覚はある、あまり気に入ってないの。」
「可愛らしい…」
またもや少女、リリレヴァは目を丸くする。
たしかに、正直言えば珍しいというか、違和感はあるが些細なことである。
「君のリリィって呼び方いいね!」
「これは僕だけの呼び方だからだめだよ。」
「え、断られるとは思わなかった…じゃあ、リリとソーカから取って、リリカとかどうかな!」
「リリカ…可愛らしい名前だと思う。」
「じゃあ俺からはそう呼ばせてもらうぜ!」
サムズアップした右手を突き出す。
リリカは首を傾げている。かわいい。
□ ◇ □ ◇ □ ◇ □ ◇ □ ◇ □ ◇
ウツキを牢に置いたまま、2人は地下牢を出る。
螺旋階段を登り、廊下の窓から遠くの街を見下ろす。
「リリィ、彼をここに置くのはお勧めしない。」
男は眉を寄せながらリリレヴァに提案する。
「…それってマオの主観でしょ?どうしてそう思ったの?」
「彼は嘘をついていなかったけど…彼自身が知らないだけで、本当は太陽の民だとか、少なくとも僕は500年間、純粋な黒色の髪と目を持った奴を見たことはない。」
その男ーマオから、500年という具体的な数が出て、リリレヴァは何も言い返せず目を伏せる。
「マオは、私と一緒に、外に出てなかった…から、分からないだけよ…」
「少なくとも、黒髪を見ない間はつまらないぐらい平穏だった。平穏すぎた。嵐の前の静けさとか言うでしょ。この平穏が崩れてほしく無い。その為なら僕は国だって滅ぼす。」
暗い廊下を月明かりが照らし、顕になった表情は真剣そのもの。反射し、光る金色の瞳は真っ直ぐリリレヴァを見つめ、答えを待つ。
彼女の純粋な考えの中では、太陽の民だったとしてもきっと、恩を感じてくれる、裏切らないと信じている。
しかしその考えよりも
「でも…あの子は、ウツキは今困ってる。そうでしょ?」
建前は言わずに、本心だけを口にする。その方が、マオには伝わる気がした。
「…僕は君だけを守る。子守はしない。彼が牙を向くなら早急に始末する。いいね?」
「…うん。きっとあの子はそんな事しないから。」
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ウツキは牢屋に入れられていた。
話から推察するに、『太陽の民』とやらに似ているのだろう。とんだ傍迷惑だ。
牢屋の中はかけ布団と手枷、それと拷問器具と思われるものがあるのみ。
「洋梨の形のやつあるじゃん…あれ、痛そうよりも嫌悪感の方が強いんだよな。個人の感想だし、めちゃくちゃ痛いんだろうけど」
アイアンメイデンなど有名なものもあったが、知らない物がほとんどだった。拷問器具というよりも、武器の方が多い。
「こんなとこで寝れるわけないだろ…」
それでもすることも無いので、眠れるように目を瞑った。
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「さむっ」
夏のはずなのに地下だからかとても寒い。
幸い、布団はあるのでそれに包まる。おそらく、この屋敷に安価なものは少ないのだろう。布団は高級でふわふわなものだった。
扉が開かれ、光が差し込む。光が明るすぎるのは、おそらく自分がずっと暗い場所にいて、目が慣れていないからだろう。
光が消え、足音がだんだん大きくなる。
「なんて怠惰な格好。お嬢様のお情けに全力で縋り付く、愚の骨頂ね」
暗く、目が慣れても周りがほとんど見えない中、
ウツキの格好を見て的確に罵倒してくる。
先ほどよりも強い光がウツキに向けられる。
「ぐわぁっ⁈⁈目がっ、目がぁああああ!!」
あれだけ完璧に罵倒してきたのだ。絶対にわかってやっている。
「そんなに光が苦手なら一生地中から出てこなければいいのに」
「今お前にやられたんだがっ⁈」
「そんなことはどうでもいいの残飯を持ってきたわ」
「話聞けよ、俺の目はどうでもいいのかっ⁈」
「どうでもいいわ、さっさと食べてくたばりなさい」
「わざわざ食べ残しに毒でも入れてんの⁈」
「残ったもので作った飯のことよ。ここに飯を残す愚者はいないわ」
少しの会話で三回でつっこんでしまった。この人苦手かもしれない。
しかし目が光に慣れてから見ると、紫に桃色の毛先の髪を持つ美人だった。服装からしてメイドなのだろう。
「何を見ているの、見惚れた?」
図星だが、なんとなくバレたくないので沈黙を選ぶ。メイドは手早い動きで檻の鍵を開け、食事だけ置きそそくさと出ていった。
起きていてもやることがないので、食事を食べ始める。普通に美味しい。
だとしても、やはりこの空間では食欲があまり湧かない。また、目を瞑り寝る体制をとる。
「でもやっぱりこの空間で寝れるわけ」
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寝れるわけがあった。あっけなく寝てしまった。
こんな所で寝れるなんて自分でも信じられないが、寝て起きたら森にいて、屋敷で眠らされて、牢屋に入れられ寝て。こんなに非日常が重なったのだ。眠くもなるだろう。
「いや俺、ずっと寝てね?」
兎に角、疲れた1日(体感)だったのだ。
気づくと目の前には、またしても違う美人がいた。
その子は森でナイフの傍らに落ちていたものを持っていて、それが発光している。おそらくランタンのようなものだったのだろう。
「起こしてしまいましたか…?」
弱々しい声で聞いてくる。寝る前に来たメイドとは真逆の性格だ。
「いや、普通に今起きただけで、起こされてはないよ」
メイドは少し表情が柔らかくなり、鍵を開けて食事を下げる。
「これ、渡しておきますね。姫様からです。」
そう言って鍵を投げられる。メイドの持っているものの合鍵ー牢屋の鍵だった。
「姫様は貴方を信用しています。なので」
途中で止め、メイドは急に歩み寄ってきて
「信用を裏切る真似をすれば、貴方をお掃除させていただきます」
至近距離で釘を刺される。
どこか分からない所で、恩人にそんな愚行を働く気はなかったが、改めて失礼の無いように気をつけようと思った。
一気に名前が出てきました。
今ネタバレにならないところの情報をまとめておきます。
ツクモ ウツキ
主人公の高校生男子。日本人の黒い髪と目を持ち『太陽の民』だと思われている。引きこもり。
リリレヴァ・ソーカミキ
白い髪を持つ。髪を説明し難い髪型にしてる。
両方のもみあげを、ふわっと肩のあたりで結んでいて、後ろは腰のあたりまで下ろしている。多分毛量多すぎる髪型。
名前に元ネタがある。かわいい。
マオ
リリレヴァと親しそうな男の子。身長はウツキとほぼ同じぐらい。黒髪に金色の目をしている。