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Kill me   作者: 夜宮 眠夢
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1.おかしなお茶会

そこに広がっていたのは、夜を閉じ込めたような空間だった。


天井の高いその部屋は、壁一面に深い青と黒の色彩が織り込まれたタペストリーが掛けられ、床には夜空を思わせる濃紺の絨毯。

中央には美しい白の円卓が置かれ、その周囲にはそれぞれ趣の異なる椅子が五脚並んでいる。


そして、そのうちの一席に人ならざる美貌を持つ優艶な男性がいた。

真っ白な生地に金と銀で幾何学模様が描かれた古代的な服を纏い、滑らかな絹のような白髪は彼の足元まで流れている。

頭には同じ模様をあしらった金のサークレット。

紫水晶のような瞳は宝石のように流麗だがそれ故に無機質さを感じさせた。

彼の周りには明滅している白い玉が浮かんでいる。

窓から差し込む後光を受け、神々しい微笑をたたえている姿はどこまでも美麗で、さながら宗教絵画から飛び出してきた女神のようだ。

だが、あまりにも完成されすぎていて、計算されつくした造物のように感じる。


「おはようございます。いえ、この場合はこんばんは、ですかね。よく眠れましたか?」


彼は、柔らかく微笑んでアンヘルに声をかけた。


「…うん」


「そうですか。それは良かった」


部屋を見渡した時に、視界の中に入っていた男性に視線を移す。

黒い肌の彼は腕を組み、壁に寄りかかっていた。

体の形に沿うようにぴっちりとした黒いトップスとバルーンパンツ、そこから垂れる銀の鎖。

深い青のアウターを羽織り、漆黒に紺青のメッシュが入った長い髪は片側を刈り上げ、もう片方は流れるように前へ。

鋭い縦長の瞳孔を持つくすんだ紺色の瞳に、長い尾と流麗な比翼。

そして、どこか獣のような気配を纏いながらも、その立ち振る舞いには静かな威厳があった。

彼は特に何も言わず、ただ、アンヘルの目をじっと見つめてきた。

そして、アンヘルも同じように見つめ返す。


実際には少しの間だったが、長いとも思えた次の瞬間、部屋の扉が華やかに開かれた。

入ってきたのは、ティートローリーを押す赤髪の男。

癖のある柔らかそうな長い真朱の髪に、縦に裂けた金色の瞳。

胸元を大きく開けた白いブラウスに、黒と紅のマントが翻る。

ズボンは黒く、金の装飾が体のあちこちで煌めいていた。貴族然とした服装ながら、耳元では派手なピアスが揺れ、真紅の雫形ネックレスと色とりどりの指輪が指を彩っている。

左手薬指だけ、ぽっかりと空白だった。


「アンヘル、目覚めの一杯にぴったりな紅茶を持ってきたよ。スコーンも焼きたて。優雅な朝――もとい、夜の始まりにどうぞ」


そう言って彼はウインクをした。

艶めいた笑顔を浮かべながら、丁寧にカップを配り始める。


白の円卓の周囲に、彼らは順に腰を下ろした。

アンヘルの前にも、香り高い紅茶と、バターが香るスコーンが並べられる。

イチゴジャムとクロテッドクリームも美しく添えられていた。

アンヘルは静かにカップの取っ手に手を添えた。

ふわりと立ち上る湯気には、淡く薔薇の香りが混ざっている。

それはどこか艶やかで、けれど優しく鼻腔をくすぐった。

口元に運び、ひと口、紅茶を含む。

温かさが喉を滑っていくにつれ、ふっと身体が緩むような感覚が走り――

次の瞬間、頭の奥がわずかにふらつくような、軽い眩暈がした。

思わず瞬きをして、その違和感をやり過ごす。

だが、アンヘルの表情に変化はなかった。


「さて、私たちの自己紹介がまだでしたね」


最初に口を開いたのは、紫の瞳の男性だった。

紅茶の湯気を愛しげに見つめながら、優しく微笑む。


「私はフィスィ。貴方が目覚めるのを心待ちにしていました。自然を創るのが得意なので、庭や天候を変えたい場合はいつでも言ってください」


続いて、紅茶にもスイーツにも目もくれず、ただアンヘルを見つめ続けていた黒衣の男が、無表情のまま口を開いた。


「…セウド。古竜の一族の末裔だ」


抑揚がない声だったが、最後の部分は少し声が揺れていた。

次に、華やかな雰囲気をまとう紅い男が、自分のカップを軽やかに回しながら笑う。


「俺はフランミヤ。スイーツ作るの好きだから、なにか甘い物食べたくなったらいつでも言って?」


最後に、アンヘルを応接室まで案内をした、金色の彼が頬杖をついてニコニコと笑っていた。


「僕はね~、ツイフェルだよぉ。ツィツィでもフェルでも好きなように呼んでね~。よろしくね~」


アンヘルは黙って彼らの言葉を聞いていたが、ふと問いを零した。


「……ここは、どこ? 私は、これから……どうすればいいの?」


その声はひどく静かで、でも、どこかに虚無を孕んでいた。

アンヘルは、四人の顔をじっと見つめた。

その瞳にはやはり、何の色も宿っていなかった。

だけど――ほんの一瞬だけ、瞼の奥に記憶の残滓のような、懐かしい温度が揺れた気がした。


「……あなたたちは、私を知ってるの?」


問いかけた声もまた、静かで、どこか夢の中のように淡かった。

それを聞いた瞬間、フィスィとセウドとフランミヤの表情がかすかに歪む。

まるで、心に棘を刺されたかのように。


「貴女とは、前世からの付き合いです。……そう言っても、驚かないでしょう?」


少し間を置いてから、フィスィが優しく微笑んで言った。


「…前世なんてあるんだね。みんなの知ってる人が本当に私なのか、なんで分かるの」


「君が記憶を無くす前に喋っていた内容が、俺たちしか知らないものだったからだよ」


フランミヤが軽く肩を竦めながら、けれどどこか優しげにそう答えた。

先程までの軽快な調子とは違っていて、それは、どこか気遣うようでもあった。


「……信じろとは言わないよ。覚えていなくても僕たちに既視感はあるでしょ?」


「……よく、分からない」


アンヘルの声は、またしても静かだった。

言葉に刺々しさはなかったが、そこに感情の色もなかった。

ただ、ぽつりと吐き出されたその言葉に、テーブルを囲む男たちは目を伏せたり、微かに息を詰めたりした。


その沈黙を破ったのは、フィスィだった。


「……私たちのことは、すぐに受け入れなくても構いません。ですが、もし、私たちの気持ちが重く感じられるときは、遠慮なく言ってください。貴女を縛るようなことは、決してしたくありません」


「そうそう! 何があっても、アンヘルが嫌だって言えば、僕らはちゃんと止まるからねっ。ま、なるべく嫌われないようにするつもりだけど~!」


ツイフェルが、にへらと笑いながら冗談めかして言う。

その表情は明るいが、言葉の端ににじむ執着の色を、アンヘルは特に気に留めた様子もなかった。


「ここでは好きな場所に行き…好きなことをしろ」


今度はセウドが静かに言った。


「誰にも命令されない。何かを強制されることもない。ただ――アンヘルという存在を自覚し、ここで生きていてくれ。…それだけでいい」


「……わかった」


小さく頷いたアンヘルに、四人はそれぞれほっとしたような表情を浮かべる。

だが、それは安堵と同時に、どこか危うい願望を孕んだものでもあった。


「それじゃあ――」


フィスィが立ち上がりながら、優しく笑いかける。


「よろしければ、この屋敷をご案内しましょうか。貴女の居場所となる場所を、ちゃんと知ってもらいたいですから」


アンヘルはフィスィを見つめた。


(…居場所、か)


少しの沈黙の後、アンヘルは頷いた。

その無言の返答に、フィスィは微笑んで小さく頷いた。


彼の周囲に浮かんでいた白い玉が、ぽうっと輝きを増す。それはまるで、嬉しさの証しのようだった。


フィスィがゆっくりと椅子を引く。

そしてアンヘルは、静かに席を立った。

それにより、足元でスカートがふわりと揺れる。

スコーンと湯気の立つ紅茶の甘い余韻だけは、まだほんのりと口の中に残っていた。


香る薔薇の気配と、微かな眩暈。

その甘い残滓を胸に、扉の前で待っているフィスィの元へと、彼女はふらりと歩いていく。


――まるで、夜の帳に足を踏み入れるように。


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