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Kill me   作者: 夜宮 眠夢
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プロローグ

―ねぇ。私を、殺してー


♱୨୧♱


何かがいる気配を感じて目を覚ますと、少女はベッドに仰向けに寝ていた。

少女はゆっくりと、上半身を起こしてボーっとする。

天蓋から垂れている緑色のレースカーテンが外からの光を受け、空間をぼんやりとしたものにさせていた。

視点が定まってから、ベッドの端まで寄り、カーテンを少しだけ開ける。

そして、ぐるりと辺りを見渡した。

そこは少女の知らない場所だった。

部屋は緑を基調として統一されている。

天井は薄緑で壁は濃い緑、床は幾何学模様が描かれた絨毯が敷き詰められており、ベッド横にはチェスト、その上には水差し、窓辺には椅子が一脚置いてあった。

数秒固まったあと、掴んでいたカーテンを離す。


――ここは…どこ…?


暫く考えてみたが、なにも浮かばなかった。

少女はとりあえず、ベッドから降りて部屋を探検してみることにした。

けれど、足が絨毯に触れた瞬間、少女はすぐに引っ込めた。

一瞬だったが、少女は軽く目を見開く。

そして、今度はそろそろと降ろして感触を確かめてから、立ち上がると、目の前にある窓に向かって歩き出す。

少女は窓の外を、何の感情も浮かばない顔でジッと見つめる。

ネイビーブルーの夜空に散らばる星々の中に、真珠色の満月が浮かんでいた。

そこで少女は始めて、部屋に火が灯っていないことに気が付いた。

月光はガラス窓を通して柔らかく差し込み、壁の影や絨毯の上に、薄く霧のような光の層を作っていた。

月光の明るさだけで、部屋全体がはっきりと見える。

窓に背を向けて部屋の中央まで歩いた少女は、その場で一周した。

ベッドの正面の壁には暖炉が設置されており、その前にソファーが一つと椅子が二脚、丸いテーブルが置いてあった。

そして、ベッドを挟んで窓とは反対側、左右の隅にそれぞれ白いドアがある。

少女が見上げた先には、金色の綺麗なシャンデリアが吊り下げられていた。


コンコン。


「入ってもいーい?」


軽いノックオンの後、冷たい空間に男性のふわふわとした声が響いた。

少女は音が聞こえた左のドアを見つめる。


――だれだろう。知ってる人かな。……知ってる人ってだれ?


突然、頭にモヤがかかったかのように上手く思考が出来なくなった。


「もしも〜しぃ?そこにいるよねぇ?だいじょぶぅ?」


返事を返さない少女に焦れたのか、ドアの向こう側から再度、声がかかる。

少女は、少し考えたあと、小さく呟くように言った。


「うん」


カチャと音を立ててドアノブが引かれ、声の主が姿を現す。

その男性は、赤いシャツに漆黒のウエストコート、その上から同じく黒のコートを羽織っていた。

長ズボンもコートと同様に真っ黒だ。

緩めに絞められたネクタイはおしゃれな金色のピンで止められていて、その真ん中には小ぶりのルビーがついていた。

ぴちっとした革手袋はシャツと同じく目が覚めるような赤。

服装だけ見れば派手なお兄さんだが、人間ではありえない容貌だった。

発光している黄金を溶かしたかのような髪。

黒い結膜と鮮麗な深紅の虹彩に縦に割れた瞳孔。

それに、頭の左右から生えた角。

右の角には金の鎖が巻き付けてあった。

髪の毛から突き出ている耳にはシンプルなデザインのピアスがついている。

そして、一番目を引くのは背中から生えている彼の身長の倍はある漆黒の飛膜だ。

派手な服装が浮いているというわけではなく、彼の魔性の美貌をより、魅惑的に引き立てていた。

彼は大人の男性なのだろうが、眉を下げた表情のせいで幼く見えた。


彼の姿を見ても、少女は特に反応を示さなかった。まるで、そこに人が現れたことすら、どうでもいいかのように。


「体調は大丈夫〜?」


首をコテンと傾げ、柔らかく問いかける彼。

その声は明るいのに、どこか現実離れした響きをしていた。

まるで、夢の中で誰かに話しかけられているような。


少女はゆっくりと視線を彼に合わせた。

じっと彼を見つめる瞳の奥には、何も宿っていない。


数秒の沈黙の後、ぽつりと答える。


「……大丈夫」


「色々聞きたいことあると思うけど、まずは、服着替えよぉ?あ、お風呂も入る〜?」


少女はそれにコクンと頷いた。


「じゃぁ、着いてきてね〜」


彼はそう言うと右側にあるドアへ行き、扉を開ける。

中は白を基調とした空間で、清潔でどこか温かみがある。すぐ脇にもう一つ白い扉があり、彼はそこも開けて見せた。


「こっちが浴室で、こっちが衣装室!お風呂も服も、好きに使ってねぇ。どんな色が好きか分からなかったから、色々用意してみたよ~」


キョロキョロと辺りを物珍しそうに見る少女に彼は笑みを浮かべた。


「どんなドレスとか色が好きか分からなかったから、とりあえず色々用意してみたよ~。好きなの着てねぇ」


「…わかった。…ねぇ…」


「なぁに?」


「水の出し方が分からない…」


「あっ、そっか!右のオレンジが温かいの、左の水色が冷たいのだよぉ。髪の毛乾かす時は、このクリーム塗ってね〜。火の魔石砕いて入れてるから、暖かくなって5分くらいしたら乾くよ〜」


少女は小さく「分かった。ありがとう」と呟いた。

彼は「ゆっくりでいいからねぇ」と笑い、静かに浴室のドアを閉める。


♱୨୧♱


浴室の中はほんのりとした花の香りに包まれていた。

壁は淡い翡翠色の大理石、床には滑りにくいタイルが敷かれている。

洗面台の鏡には繊細な金の縁取りが施され、反射した自分の姿を少女はじっと見つめた。


青白くて、無表情で、どこか他人のような顔。

カサカサに乾いた唇。

白い浴槽に湯を溜め、静かに身を沈める。


――気持ちいい…。


目を閉じ、湯に包まれる感覚に、なぜか強い安心感があった。

けれどそれが少しだけ、気味悪くも感じられた。


髪と身体を洗い終えたあと、少女はバスタオルで身体を包み、洗面台の前に立つ。横には乾いたタオルと櫛、そして宝石を削り出したかのような綺麗な小瓶が並んでいた。

透明な瓶の中では、淡く光る液体がゆっくりと揺れている。


少女は瓶を手に取り、掌に少量を垂らす。

それを指先で髪全体に馴染ませると、ふわりと甘い香りが広がった。


しばらくすると、髪がじんわりと温かくなり始める。

その熱はまるで陽だまりのように優しく、少し冷えてしまった体に、じんわりと沁みてきた。


やがて温もりが引いていくと同時に、髪はすっかり乾き、ふんわりとした質感に戻っていた。

少女はタオルを畳んで元に戻すと、そっと隣の衣装室へと足を向ける。


中には柔らかな光が灯されていて、棚やハンガーに宝石のような色とりどりのドレスが並んでいる。

白、青、緑、金、淡い桃色、黒――まるで宝石箱のようだ。


少女はしばらく立ち尽くした後、白地に緑の刺繍が施された、落ち着いたワンピースを手に取った。

袖はふんわりと広がっていて、腰元には細いリボン。

布の柔らかさが肌に優しく馴染んで、少しだけ心が落ち着いた気がした。


その時、また軽くノックの音がする。


「着替え終わったぁ?入ってもいい〜?」


「……うん」


再び扉が開かれ、例の男性が覗き込んでくる。

少女の姿を見ると、彼はふんわりと笑った。


「すっごく似合ってるよぉ。じゃあ、案内するね」


少女が頷くと、彼は楽しそうにくるりと踵を返して、廊下へと歩き出した。


♱୨୧♱


外に出ると、開いた窓から入ってきた、冷たい風が頬を撫でた。

月光が廊下を優しく照らしており、端から端までぼんやりと見える程度には明るかった。


緑と白を基調とした内装。

床には淡く色づいた花の模様が織り込まれた絨毯が敷かれ、壁には幻想的な絵画がいくつも飾られていた。

霧の中に沈む城、仮面をつけた天使、翼のない竜。

夢と悪夢の狭間を閉じ込めたようなそれらは、どれも静かにこちらを見つめているようだった。


アーチ状の窓の外には、白い満月が中空に浮かんでいた。

その月光に照らされて、外の庭では白や青の夜花が咲き誇り、風にそよいで光を揺らしていた。

まるでこの場所だけが、時間の流れから取り残されているかのような、異様な静けさと美しさが広がっていた。

その下、咲き乱れる庭の花々が、月光に照らされながらぼんやりと闇の中に輪郭を浮かべていた。


少女は開け放たれた窓の前でふと足を止める。

その瞳は、その絵画のような光景すべてを無表情に見据えていた。


「綺麗だね…」


「お庭、気に入ったの〜?」


「…ううん。庭じゃなくて、全体の景色が…」


外に向けていた顔を、緩慢な動作で元に戻す。

目が合った先では、彼が微笑みながら目を細めていた。


「ふぅん。そっかー。それ、フィスィとセウドに言ってあげてぇ?今向かってる応接室にいるからぁ」


「…だれ?」


「お庭を創ったのがフィスィで空を創ったのがセウドだよ」


『創った』という単語に、彼女の瞳がかすかに揺れる。


「…創った…?…まぁ、いいや。良かったって伝えるね」


小さな呟きの後、思考を放り出すように体をわずかに揺らした。


「うん。じゃあ、着いてきてね〜」


軽やかに言うと、彼は先へと歩き出す。

その背に翻るコートと、わずかに揺れる黒の飛膜。

歩くたび、廊下を照らしている月光が、コートと飛膜の影を柔らかく映し出す。

前を歩く、男性の歩みは穏やかで、どこか浮遊感のある足取りだった。

やがて、彼は廊下の終点に佇む、大きな白銀の扉の前で立ち止まった。

彫刻のように美しい扉には、蔓草と羽を模した装飾が精緻に施されている。

彼は振り返り、目を細めて少女を見やると、またにこりと微笑んだ。


「ここが応接室だよぉ」


彼が優しく囁くように言いながら、取っ手に手をかける。


「お腹すいてると思うんだけど、軽食を用意してくれてるから、それ食べようね〜。アンヘルの味覚が前と変わってなければ、気に入ってくれるはずだってシェフが言ってたよ〜」


“アンヘル”。


その言葉が自分の名前だとわかった瞬間、不思議な感覚が少女の胸を撫でた。

聞き慣れないはずなのに、何故かしっくりとくる音。

アンヘルは小さく首を傾げた。

そんなアンヘルをニコニコしながら見ていた彼が扉をゆっくりと開く。

大きい扉は軋むことも無く、音を立てずに開いていき、中の様子が少し伺えるくらいで扉は止まった。

入っていいよ、とでも言うように彼がアンヘルを見やる。

アンヘルは中から漏れる光の中にゆっくりと入っていった。



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