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緊急御前会議

満身創痍と言って良いロハゴスの口から、何が起こったのかが語られる。

その内容は、その場の誰もが考えも及ばなかった事態を告げる者だった。

 シェキーナの足元に平伏し礼を取っていたロハゴスが、使用人に手を借りてベッドに体を横たえた事で、ようやく事態の説明を聞ける状況となった。


「まず、バデラスの元へはイラージュとアエッタを向かわせてある。アエッタは我が配下にして、非常に多くの知識を持つ信頼できる魔法使いだ。バデラスの治療に適した指示を出すのも容易だろう。また、イラージュは我が軍で回復魔法を会得している数少ない人物だ。きっと、バデラスの治療にも力を発揮してくれるだろう」


 シェキーナがこの部屋に訪れた際、ロハゴスは主であるバデラスの事をかなり気に掛けていた。このまま事情説明を促しても、そちらが気になり話に集中出来ない可能性がある。

 だからシェキーナは、事前に対処をロハゴスへと説明したのだった。


「そ……そうですか。貴重な魔王様の配下の者を……。それに、イラージュ様を……」


 先のバデラスとイラージュの諍いは、当然ロハゴスも知っている。そこでのバデラスの発言も、衛兵として控えていた彼も無論聞いていた。だからシェキーナの発言は、安心感が齎されると同時に、複雑な心境も抱かせていたのだった。

 それでも今のロハゴスには、主に対して何も出来る事は無い。歯噛みでもしそうな様子で……実際にしていたのだろうが、大人しくベッドに身を委ねたのだった。


「それでロハゴスよ。ここを発ってより一体何があったのだ?」


 ロハゴスが落ち着いたのを見計らって、シェキーナは即座に本題へと入った。彼女の問い掛けは、バデラス達が何処で何に遭遇したのかを俯瞰して聞くものである。


「は……。バデラス様を筆頭に、我らがここを発って数刻。目的地までおよそ問題と思える事は一切起こりませんでした。東の森に集結した我らは、そのまま森に入り探索に移りました」


 シェキーナの問い掛けに対して、ロハゴスは言葉を選びながら簡潔に応えた。道中の余計な情報を省いた、実に兵士らしい答えである。


「森の中で我らは、すぐに目的である熊鹿(ディアドップ)の群れを発見いたしました。バデラス様の命で、我らはすぐに捕獲態勢に入ったのですが……」


 そしてロハゴスは、その時の事を詳細に思い起こすように、ゆっくりと口を開いた。そこには、漏れなく状況を伝えようとする姿勢も然る事ながら、何か注意を喚起しようとする思惑も伺える。


「通常の群れならば、我らの気配を察すれば逃げようと動き出します。ですので我らも、その逃走経路を想定して兵を分散しておりました。逃げ道を塞がれて混乱すれば、数匹の捕獲ならば容易に達成出来ると考えたのです」


 この戦法は、野生動物を相手にするならば最適だと言える。野生動物に、統率の取れた行動は取れない。大抵の場合が、真っ先に動き出したものを追従する動きを取るだろうか。

 動き出した先を阻まれては、途端に動きを止めて困惑する。下手をすれば全滅してしまうのだが、そのような事まで考えて行動している野生動物は皆無だろう。


「ですが今回は、全く予想のつかない行動を取られたのです。混乱して逃げ惑うと考えられていましたがそうは成らず、まるで想定通りであるように動き出し、一糸乱れず一丸となって一点に向かいだしたのです」


「熊鹿が……か?」


「はい。見事な一点集中攻撃の陣形でした」


 シェキーナの質問に、ロハゴスは冷静に肯定し、賞賛まで与えた。これには、シェキーナも違和感を覚えずにはいられなかったのだった。


「丁度我ら本隊から見ると右翼に当たる部隊が攻められ、近くに控えていた者たちが助けに入るも、それも予測していたのか対応され、我らは慌てて救援に動き出しました」


 閉口したシェキーナから追加の質問がない事を悟り、ロハゴスは再び口を開いた。そしてそこから語られた内容に、シェキーナは再び強い疑問と危機感を抱かずにはいられなかったのだった。

 ここまでの話で、合理的な行動を取っているのはバデラス達ではなく、寧ろディアドップの群れの方だろう。密集した状態で包囲されたなら一点突破を図る。余程の戦力差が無ければ、この方法で状況は容易に打開出来るケースが多いのだ。


「規則だって行動の取れていない我が方を、熊鹿たちは各個撃破でもするように随時迎え撃ち、結果として我らは敗走を余儀なくされました。その際に、バデラス様は重傷を負われ、兵たちも大半が負傷し、中には逃げ遅れた者も……」


 これが戦ならば、単純にバデラス側の作戦ミスだろう。相手を侮り容易に包囲殲滅を図った結果、手痛い逆撃を食らった形になったのだ。

 熊鹿を相手に同数では物足りない。1体で魔族兵3人は必要だと考えれば、3倍の人数を用意しても互角なのだ。

 今回は、野生の熊鹿を捕獲すると言う狩りだったので、バデラスの判断が誤っていたとは言い難い。寧ろおかしいのは、それほど組織だった動きを見せた熊鹿の方だろう。


「そのように野生の動物が理知的な行動を取る事例は、この領地内では報告されているのか?」


 もしも野生の魔物が組織として機能しだしたのならば、これは魔族にとって大問題だ。1体で魔族数人分の力を示す魔物が集団戦を覚えたのならば、魔族側も相応の被害を覚悟して対処しなければ、弱い村や部族から根絶やしとなってしまうだろう。

 そうなればシェキーナへの……魔王に対する支持が薄れてしまう。それはすなわち、エルナーシャが魔界を治める時の弊害となるだろう。それをシェキーナは望んではいなかった。


「……いえ。私の知る限りでは、このような事態は初めてです」


 しかしロハゴスの答えは、ある意味で安堵を齎すものだった。彼の発言は裏を返せば、早期に対応すれば収める事が出来る事を示唆している。


「……ふむ、報告ご苦労だった。ゆっくりと休み、傷を癒すと良い。後の事は、我らの方で対処しよう」


 これ以上は、ロハゴスの口からは新たな情報が得られないだろう事を悟ったシェキーナが、労いの言葉を告げると共に会話の終了を告げた。それを察したロハゴスは、深く頭を下げるとそのままベッドに横たわったのだった。そのまま同行や協力を申し出ても、足手纏いにしかならない事を彼は十分に理解していたのだった。


「さて、諸君。事態は急を要する」


 広間に戻ってきたシェキーナは、バデラスの部屋へ向かう事はせずに全員を集め、そのまま席に着かせると開口した。全員とは言え、この場には未だにアエッタとイラージュは戻ってきていないのだが。


「組織行動をする野生動物に対する処置……ですね?」


 言葉を選んで発言したのは、普段はあまり表には出ないレヴィアだった。彼女の顔には表情が抜け落ち、空恐ろしいほどの冷たい瞳が浮かんでいる。彼女もまた、今回の事態がエルナーシャに(・・・・・・・)とっての問題(・・・・・・)であると察しているのだ。


 レヴィアは元々、前魔界3元帥であったアスタル達に、シェキーナではなくエルナーシャの身辺警護を命じられている。彼らが亡くなった後もそれを使命として行動していた。更に彼女は当時のシェキーナと、前勇者パーティの一角にて「大剣豪」の異名を持っていたカナン=ガルバにもその任を継続するように求められていた。

 既にカナンは亡く、シェキーナからも任務の破棄を伝えられていないので、未だにその使命を全うしようとしていたのだった。

 もっとも今となっては、そのような事がなくとも、仮に任務の中止を命じられようとも、それに準ずる気は全くないのだが。


「そうだ。今の自然界でこのような異変が起こっているのならば、早急な対応が求められるだろう。場合によっては軍を動かす必要もあり、そうなればこれからの方針にも大きな変更が必要となる」


 シェキーナの答えは、この場にはそぐわない重要な内容だったろう。国の今後を語るのに、重鎮が列席しない場での発言は、後々問題を起こす可能性がある。

 それでもこの場でシェキーナが口を開いたのは……ここには、次代の魔界首脳陣(・・・・・・・・)が顔を揃えていた(・・・・・・・・)からだった。


「恐れながらシェキーナ様。今回の一件は、現状では突然変異的な事案であると考えられます」


 シェキーナに気後れする事無く意見を口にしたのは、アエッタと共に魔界の「知」を司る事になるだろうセヘル=エルケルであった。


「だが、まだ表面に知られていないだけで、実際は深刻な状況となっている可能性があるんじゃないか?」


 そこに横やりを入れたのは、親衛隊長でもあるジェルマ=ガーラント。彼はセヘルとは過去に一悶着あり、全く私心が含まれていないとは言えないだろうが、今回のこの発言に関しては一理あった。


「確かにぃ、それもぉ」


「考えられますなぁ」


 そこに、ジェルマに同調したシルカ=レンブレムとメルカ=レンブレムが、その場を弛緩させるような声音で発言した。もっとも、彼女のこの喋り口調にはその場の全員が慣れており、誰一人として脱力する者はいなかったのだが。


「どちらの可能性も……考えられます」


 そこに割って入ってきたのは、これまで席を外していたアエッタだった。


急遽開かれた御前会議で、意見は2つに割れている。

そこへ割って入ったのは、遅れて登場したアエッタだった。

彼女を加えて、会議は更に核心をつくものとなったのだった。

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