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家内事情の急事

イラージュが役に立っているか?

父親としては娘の動向が気になるのも当然の話だが、バデラスの様子はそれだけでは無いように思われた。

そしてその理由は、バデラス自身から語られたのだった。

 父親が娘の事を気に掛けるのは、それほどおかしい話ではない。例え魔王に仕えるため魔王城へと送り出し、今は魔王の臣下として働いていようとも、その様子が気掛かりなのは実父ならば当然だろう。

 しかしバデラスの話し様は、その前後の文脈を耳にしていれば、到底心配しているというだけの話ではなかったのだった。


「……バデラス。イラージュが役に立っているか……とは、一体どういった理由なのだ?」


 シェキーナもその点を訝しみ、バデラスの真意を問い質した。もっとも、バデラスの方は最初から本心を誤魔化しているつもりなど全くない。


「……言葉通りでございますれば。……実父の私が今更このように申すのも不敬とは存じますが、イラージュは能力で他の兄弟姉妹に見劣りします。魔王城での採用試験には合格したようなので口出しを控えておりましたが、文武に見劣るイラージュは、魔王城にて魔王様のお役に立てているのかどうか……それだけが気掛かりでございまして」


 今現在も、魔王城は万事人手不足である。例え能力的に低かろうとも、採用試験に合格したのならば魔王城で働く事が許可される。……いや、強いられるとでも言おうか。それほどに、人材は喉から手が出るほど欲しい状況であり、随時募集採用を繰り返していた。

 故に、魔王城での採用試験に合格したイラージュは、その職責の有無に関わらず働いているのは間違いない。端的に言えば、雑用でも下っ端扱いであろうとも、仕事など山ほどあるのだから、彼女が役に立たない訳がないのだ。

 もっとも、バデラスが聞きたいのは、そのような一般論ではないのだろう。


「そなたの娘であるイラージュ=センテニオは、とても我らの役に立っている。実際、私の戦闘に随伴した事も何度かあり、その都度その能力を発揮して我らの手助けとなった。何より、我が娘であるエルナーシャとも懇意にしているしな」


 だからシェキーナは、事実だけを端的に述べて答えたのだった。もっとも、普段の奇行(・・・・・)に関して詳しく述べなかったのは、シェキーナのせめてもの優しさだったのかも知れない。


「ほ……本当でございますか⁉」


 浮かべていた不安な表情から、救われたような笑みにその表情を変えたバデラスが、尊崇するシェキーナの言葉であるにも関わらず問い返す。そのせいで、彼の笑みはどこか強張ったようにも見える。

 もっとも、その後のシェキーナの返答を聞いて、彼の面持ちは再び急変するのだが。


「うむ、相違ない。イラージュはその高い治癒能力、回復魔法で、我らの危機を幾度となく助けてくれたのに間違いはない」


「ち……治癒⁉ か……回復魔法……ですと⁉」


 シェキーナの話を聞いたバデラスは、その顔を見る間に曇らせ、どこか落ち込んだように項垂れた。その様子を見て、シェキーナは僅かに小首を傾げて疑問の表情を浮かべたのだった。

 シェキーナは、イラージュの事を最大限に賛辞している。それは、先ほどの台詞を聞けば誰でもそのように解釈するだろう。

 しかし実際はその逆の反応なのだ。彼女が不可解に思うのも当然だろう。


「武官や文官で魔王様のお役に立っているのではなく……回復魔法なんぞ(・・・・・・・)を身に付けて、役に立っているつもりでいると……そういう事なのですか」


 完全に下を向いているバデラスの表情を、シェキーナは確認できない。故にこの台詞は、彼の独白に近い。ただしその内容は、確りとシェキーナの耳に届いていたのだが。

 そしてそれが耳に入ったのは、何もシェキーナだけでは無かった。


「いや、バデラス。つもりなどではなく、実際に……」


「父上っ! その言いようは、どういうおつもりなのでしょうか!」


 口を開いたシェキーナの言葉に被せたのは、この宴席の末席に控えていたはずのイラージュだった。シェキーナたちが座る場所と彼女の座していた所はかなり離れており、通常会話は聞こえないだろう。それにも関わらずイラージュは2人の会話を拾い上げて、剰え意見をいう為に近寄ったのだった。

 不敬な態度と取られなくもないこの行動だが、それを口にする者はこの場にはいなかった。

 ここはイラージュの生家であるというのも然る事ながら、彼女の感情の昂ぶりが周囲の者たちを閉口させていたのだった。


「……イラージュか。……陛下の御前である、控えよ」


 イラージュの問い掛けには答えず、僅かに頭を持ち上げたバデラスは、しかし覇気の感じられない表情で、それでもしっかりと威圧する声音で彼女を諫めた。自身が強いショック状態ではあっても、時と場所を違えない思考だけは維持していたようだった。


「お答え下さい! 先ほどの発言は、一体どのような意図でおっしゃられたのですか!」


 だがイラージュには、ここで弁えて辞去するという選択肢は無い様だった。彼女には珍しく、その顔にはそれと分かる怒りが見て取れた。


「……バデラスよ、答えてやれ。そうでなければ、イラージュはこの場を退かないだろうよ」


 そしてここで、シェキーナの援護射撃がなされた。ただしこれは、イラージュの問いに返答を促しているだけの話ではない。この2人の雰囲気から、父娘仲が良好ではないと感じ取ったシェキーナが、事態解決の糸口を探る為に水を向けたのだ。


「……魔王様。……それほど難しい話ではございません。この魔界では、回復魔法など珍重さえされません。そのようなものを身に付けて、一体どのように役に立つと言うのでしょう。魔王様の先ほどのお言葉、お心遣いには深甚(しんじん)の謝意に堪えませんが、私め如き一臣下にどうぞご斟酌(しんしゃく)なさいませぬよう、お願い申し上げます」


 魔界では、回復魔法の需要は著しく低い。元々頑強で回復力が高い魔族には、回復魔法を使うタイミングが余りないのだ。戦闘能力も高く好戦的な者が多い魔族は、多少傷ついても戦う事を止めず、最終的には生きるか死ぬかとなる。

 無論、自己治癒能力を保有している者はそれに頼る事もあるだろうが、それも身体の頑強さに数えられる。他者に魔法を使って回復させるという考え方……文化がないのだ。そういう意味で、回復魔法のみを身に付けて行使する者は、重宝されるどころか蔑まれている。

 バデラスにしてみれば、自分の娘がその様な立場や職種に就いていると知らされれば、到底納得出来る話ではない。というよりも、認められないと言った方が正確だろう。


「いや、バデラス。決してそのような意図は……」


「父上っ! いくら父上でも、そのような物言いには納得出来ませんっ! 私の技術は彼の大魔法使い、メルル様から賜ったものですっ! それを否定するような言動は、メルル様の為さり様を否定するに等しいものですっ! 撤回して下さいっ!」


 どうにもイラージュの現状に後ろ向きな発言をするバデラスへ訂正をいれようとしたシェキーナだったが、その言葉はイラージュの激高に遮られた。今の状況は、ただの父娘喧嘩に成り下がっている。


「口を慎め、イラージュ! 御前であると先ほども申したであろう!」


 娘の痴態に、今度はバデラスが声を荒げて怒りを露わとする。その迫力は、先ほどまでシェキーナの前で心服していたものとは到底違う、一族の長であり武人でもある彼本来のものであった。

 一瞬にして、その場の空気は張り詰めたものとなった。シェキーナは兎も角として、彼女に随伴していたエルナーシャやレヴィア、アエッタやその他の者たちが緊張するほどには鋭い雰囲気が蔓延していた。


「その、魔王様の盟友であるメルル様のお考えを否定するかの言動っ! 深い考察もなく口にされているのであれば、父上の方が不敬ではございませんかっ⁉」


 だが、イラージュは口を閉じなかった。それどころか、目の前の父親に対して断罪するように詰問する始末である。最もこれは、事情を知らなければ仕方がないと言えなくもない。


 バデラスが言う通り、イラージュが魔王城へ入城した当初、イラージュは特に秀でたものを持たない平凡以下の人員であった。

 それに思い悩み、追い込まれて折れる直前に出会ったのがメルルであった。

 彼女は一目でイラージュの特性を見抜きそれを伸ばし、イラージュを有用な人物へと押し上げたのだ。

 そこには、メルルの思惑も垣間見える。しかし、イラージュにとってはそんな事などどうでも良かった。

 自身で無能だと実感していた矢先に用立てて貰えたメルルへの万謝は、筆舌に尽くし難い程であり、彼女を崇敬するに寸毫の不足もなかったのだった。


 バデラスとイラージュは、互いに違う意味ではあっても、怒りを発露させ睨み合っていたのだった。


対峙する父娘。

その亀裂は、誰の目にも修繕が不可能だと思われるほど大きく……深い。

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