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魔王城進発

魔王である闇の女王シェキーナによる、大視察行の宣言がなされた。

魔王城では、急速な準備が行われ、いよいよ出発の刻を迎えていたのだった。

 シェキーナが魔界巡礼の宣を発した2日後。準備を整えた者たちが魔王城「隠れの宮」の第一大練場に集結していた。


 この魔王城「隠れの宮」は、魔界大陸中央に横たわり南北に分断する真央山脈の山中に作られた巨城である。山中とは山の中と言う意味ではなく、そのまま山をくり抜いた内側と言う意味だ。

 地下城ともいえる造りである「隠れの宮」は、非常に広大で複数の階層と無数の部屋から成っている。しかも、ただ単に地下に城を作ったと言うに留まらず、様々な仕様が施されていた。

 まず第一が、城の建立に当たって取り組まれた真央山脈を南北に開通させた洞窟……トンネルだろう。

 これまでの魔界では、真央山脈を挟んで南部と北部に隔てられていた。そして魔王城は、代々南部に作られてきたのだ。

 神秘的なほどに白く、怯えるほどの威容を備える真央山脈は、魔界にある多くの部族から御神体と崇められる霊峰である。その存在に相応しく、非常に標高が高く険しい山脈であり、古来より人の侵入を拒んできた。1年を通じて極寒の気候を有しており、しかも凶悪な魔物も無数に存在する。真央山脈を越える為には、決死行を覚悟しなければならなかったのだった。

 それを良い事に、北部の魔族たちは代々魔王に対して面従腹背の態を貫いてきた。魔王としても、懲罰を与えるには山越えがネックとなり、ある程度は見逃されてきた経緯がある。

 その関係性を一転させる事が可能なのが、この「隠れの宮」の建設だった。

 築かれた山脈内を南北に貫くトンネルは、山越えを必要とせず犠牲も伴わずに、多くの人員を運ぶ事を可能とした。

 魔王城内に階層を機能的に作られた事で、多くの武具と人員を北部直近に保有する事が出来るようになった。

 これにより、北部の跳梁を黙認する必要も無くなったのだ。シェキーナの魔界歴訪は、この北部の引き締めが主な目的となる予定だった。


「第一輸送部隊、準備完了しております。第二、第三も、随時整う予定です。出発時刻に変更はありません」


「よし! 最後まで気を抜かずに作業を進めろ!」


 部下の魔族の報告を聞いて、親衛隊長のジェルマは深く頷き注意を喚起した。それを受けて、その部下は恭しく礼をすると駆け足で己の持ち場へと帰って行った。

 今、この輸送隊が集結しているのは屋外ではない。魔王城地下第一層に設けられた「第一大練場」である。

 元勇者パーティの一角である故メルル=マーキンスが設計に深く関与し、建設にも携わったこの「隠れの宮」は、多数の階層が非常に機能的な配置とされている。この第一大練場の下層には第二、第三が作られており、それぞれがスムーズに魔王城の出口となる地下トンネル「大空洞」へと繋がっていた。

 部隊編成が行われている大練場は非常に広く、補給部隊が陣取っている場所はほんの一角でしかなかった。現状では、魔王軍全軍を集結させてもこの第一大練場で事足りるだろう。


 今回シェキーナの随員は、随分と少なく選抜されている。シェキーナをはじめとした主要メンバー、親衛隊員は100名、魔導部隊より20名、物資運搬及び侍従員50名と約200名に抑えられている。過去を紐解いても、数千人の大人数を移動させていた魔王たちを見ればその少なさは群を抜き異常と言って良い。

 しかしこの事に、誰も異論を唱えなかった。何といってもその隊を率いる魔王は、歴代で最強であり最凶なのだ。仮に1人で魔界全土を廻ったとしても、シェキーナは無傷で戻ってくるだろう。

 そんな魔王に、随員は逆に足枷としかならない。だからと言って、魔王が単身で巡歴するのも考え物だ。故に話し合いがもたれた結果、この人数に収まった裏事情があった。


 そして数刻後、見事に準備を整えきっちりと整列した随員たちが、シェキーナの前に一糸乱れず整列していた。そこには当然ながら、エルナーシャ、レヴィア、アエッタ、ジェルマ、シルカ、メルカ、セヘル、イラージュと主だった面々も居並んでいる。


「これより、魔界巡歴へと出立する。各員、道中は決して気を抜かぬように!」


『おうっ!』


「まずは、南部諸国を西回りにて歴訪する。第一の目標は、最も魔王城に近いディナト族領とする!」


 そんな精兵へ向けてシェキーナが檄を飛ばし、隊員たちは声を揃えて返答したのだった。随伴する者たち、そしてそれを見送る者たちの熱気と喚声は、この上ないものにまで高まっていた。


「進発っ!」


 そんな喚き声を切り裂いて、シェキーナの出発を告げる声が響いた。それと同時に一糸乱れぬ軍靴と軍馬の音が響き、集まった部隊は一斉に行動を開始した。





 魔界全土の視察。この道中には、魔界の主であり魔王でもある「闇の女王」シェキーナが同道する。この旅は、魔王の視察であり巡幸も兼ねているのだから当然だろう。

 故に、帯同する人員は常に緊張感をもって行動している。万が一にも、シェキーナの身に何かあってはならないと言う使命感を持っているのだ。

 しかし当面の行軍は、比較的安全な(・・・・・・)南部諸国となる。それは改めて言われるまでもなく、全員が無意識に抱いている共通認識でもあった。


 旧魔王城が聳え立っていた南部地域は、魔王の威光も名声も轟きやすい。また、仮に謀反が起きても懲罰を下しやすい。監視も管理も容易な条件から、南部地方で魔王に、または魔界を統治する者たちに、正面切って反意を翻すものは殆ど無いと言っても過言ではなかった。

 しかも、魔王城周辺は魔王のシンパが治める領土により固められている。公然と誰もが知っているこの事実に、一団は程よい緊張感の中で穏やかに進んでいった。


「お待ちしておりました、われらが魔王陛下」


 そして魔王城を発って2日後、シェキーナたちは目的地であるディナト領へと到着を果たしたのだった。当然だが、道中に然したる問題はない。


「……うむ。出迎えご苦労」


 本当ならば、勅答を行う事はご法度だ。王が親近ではない臣下に直接答えを伝えるのは、本来ならば憚られる事である。

 もっとも、シェキーナはその様な事を気にする質ではない。また、そんなシェキーナの性格をよく知る側近連も、彼女の行動にいちいち反応しなかった。


「魔王様ご即位のお祝いに伺って以来のご拝謁、誠に嬉しく存じます。細やかではございますが、我が領地上げて魔王様のご巡歴をお祝い申し上げますので、ごゆっくりお寛ぎ下さい」


 もっとも、流石は重鎮であるアヴォー老の領地であり、その実子であり現領主を務めるフィーリウス=ディナトである。シェキーナの気安さを親密と捉える事無く、臣下の礼をもって彼女を迎えたのだった。……それがアヴォー老の指図なのか、彼の自主的な判断なのかは不明ではあるが。


「……うむ。世話になる」


 そんなフィーリウスに対してそれだけを答えたシェキーナは、早々に馬車を町中へ進める様に合図し、彼女の意を受けた御者は馬に合図を送った。

 案内人に連れられて逗留する館へと去って行ったシェキーナの後を、随伴の者たちが次々と続く。その中には、わざわざ馬を降りているムニミィの姿があった。


「……お父様、ご無沙汰しております」


「……うむ、ムニミィか」


 会話を聞く通り、この2人は父娘の関係である。もっとも、互いに感情を面に出していない状況を見る限りで、双方が親族であると結びつける事の出来る者はいないだろうが。


「お父様……いや、アヴォー老は息災か?」


 開口一番、フィーリウスはムニミィではなくシェキーナの事でもなく、アヴォー老の様子を彼女に確認した。


「……真っ先にお爺様の事をお聞きになるなんて、相変わらずですね」


「……うん? そんな事は当然であろう?」


 真にシェキーナへ臣従を誓うならば、まずはシェキーナの近況を訪ねるだろう。近臣に身内がいるならば、尚の事だ。

 そして親ならば、娘の身体を気遣って当然だろう。魔王の側近を務めるならば色々と気遣いもあり、精神的に参ってしまう事は容易に想像つく話だからだ。

 そうしないフィーリウスに、ムニミィは心底嫌悪を浮かべて返答した。


「……お爺様は元気でおいでです。今も、シェキーナ様の命により魔王城の運営を一手に担っておられます」


「おお、そうか! それは何よりだ! これからも、アヴォー老を気遣い、アヴォー老を良く補佐して差し上げるのだぞ!」


「……はい。それでは」


 最後まで自分と、シェキーナの状態を気に掛けなかったフィーリウスに心底呆れ、ムニミィは早々に会話を打ち切るとシェキーナの元へ足早に向かったのだった。



ディナト領での一幕。服従の形は各領主それぞれである良い証左だった。

それを良しとする者、それを深いと考える者、様々な思惑を内包し、この視察行は続いてゆく。

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