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闇堕ちのエルフ ー竜驤虎視の帝業ー  作者: 綾部 響
1.プロローグ(魔王視察案)
3/8

魔界視察の大号令

アヴォー老、そしてエルナーシャたちの願いを聞き届ける形で、シェキーナは魔界全土の視察へと乗り出す事になった。

そしてその前段階の準備として、謁見の間にて魔王の魔界視察を行う大号令が行われていた。

 シェキーナはアヴォー老やエルナーシャとの約束通り、現在の魔王城である「隠れの宮」を出て魔界全土へと視察に赴く事にした。


「私は、この魔界に君臨する現世の魔王として、遍く魔界臣民に向けて、ここに宣言する! 近日を以てこの魔王城を発ち、魔界の隅々にまで赴き、魔界の覇者の有之(これあり)を知らしめるだろう!」


 そして本日、シェキーナは魔王城謁見の間にて文武百官を前に、その旨を大きく宣言したのだった。わざわざこの様に大層な儀式としたのには、当然ながら訳がある。


「顧みれば、歴代の魔王たちは皆、一様に魔界を隅々まで歴訪し、そこここの諸問題を直に傾聴し、可能であれば即座に対処してきた! これにより人心は安堵し、魔王への信頼となり、延いては魔界の安寧に繋がっていたのだ!」


 一つは、改めてシェキーナが魔界の長である魔王である事を喧伝する為。過去の魔王が行ってきた事業を踏襲すると明言する事で、シェキーナもまた魔王であり魔界の覇者たらんとする旨を誇示する為にも、あえてこのような芝居がかった演出が必要なのだ。


「皆の者! 触れ回れよ! これより、魔王がそなた等の元へと赴くであろう旨を! そして、その事に備えよとな!」


 一つは、魔王城の中だけではなく、出来うる限り魔界全土にこの事を広めさせる目的があるという為。事前に知らせる事で準備期間を与える意味もあり、その対応により各部族の従属度が分かるというものであった。


「アヴォー=ディナト、そなたに私が不在中の政務全権を委ねる。決して滞らぬよう、臨機応変な対応を旨とし事に当たれ」


「ははぁっ! このアヴォー=ディナト、謹んで拝命いたします! 陛下の御意に適うよう全力を尽くします!」


 そして最後の理由として、魔王城全体にシェキーナ不在時の役割を知らしめる任命式も兼ねているのであった。

 シェキーナに指名され、姿勢を正したアヴォー老は、年齢に見合わないほどの大声を張り上げて答えた後に恭しく臣下の礼をとった。こちらもやや芝居がかっていると言えなくもないが、このような場所でこそ君臣のケジメは付けるべきだと双方ともに理解していたのだった。


「レギオー=ユーラーレ! そなたに、私が不在中の魔王軍全権指揮を与える。不測の事態が起こった際は、そなたの判断にて軍を動かし魔界を守護せよ!」


「ははぁっ! このレギオー=ユーラーレ、謹んで拝命いたしますだ! 魔王様不在であっても、決して綱紀が緩まぬよう、厳しく目を光らせてみせますだ!」


 次にシェキーナが指名したのは筋骨隆々の大柄な魔族の青年であり、緑色のボサボサな髪に覇気のない赤い瞳を持つ全軍総司令の代理を務めるレギオーであったのだが、彼がシェキーナに応じた後には、どこからか小さな笑い声が複数聞こえてきた。それも仕方のない事で、彼はどうにも故郷の訛りが治らず、シェキーナの前であっても改まった口調が取れないでいたのだ。

 シェキーナはその様な些事を気にするタイプではないので問題ないのだが、このように公的な場で彼の物言いを聞かされると、その大きなギャップで可笑しくなるのは仕方がないと言える。


「ベスティア=ソシオ! そなたは私の不在中に、魔王城周辺を広く警戒し不審者の接近を許すな! 時にはレギオーと協議し、柔軟に事に当たれ、いいな!」


「ははぁっ! このベスティア=ソシオ、我が従属たる魔獣を魔王城周辺に広く配し、魔王様の御威光に適いますよう全力を尽くしますっ!」


 続いて指名を受け凛々しく(・・・・)答えて見せたのは、魔獣奇襲部隊隊長を務める、金髪翠眼の持ち主であるベスティアであった。男と見紛う声量と声音だが、その外見は華奢であり、幼さが残るものの愛らしい顔立ちをした少女……ではない。その様な外見をしているが、年齢で言えば110歳を超えており、実はレヴィアよりも年上なのだ。

 本当ならば美しい容姿を持つ女性であるだろうに、彼女の金髪は手入れをされておらず短く切り揃えられ、美しい翠眼も若気の血気に盛る挑戦的な眼差しのお陰で台無しとなっていた。もっとも、本人にそれを気にした様子など微塵も伺えないのだが。

 彼女は魔獣奇襲部隊の隊長を務めている……とはいっても、この部隊に魔族はベスティア1人だけであり、後は全て彼女が従えて(テイムして)いる魔獣だけという構成であった。その様な部隊編成である事から軍への編入は難しく、また足並み揃えての軍事行動を取る事も難儀であった。

 それゆえシェキーナは、彼女を軍より独立させた部隊として魔王直轄の遊撃隊とし、陽動や遊撃に使ってきたのだった。何よりも、魔族を含まない魔獣のみの編成である為、多少の無理な作戦も任せられる点がシェキーナは気に入っていたのだった。

 そして何よりも、ベスティアはシェキーナに心酔している。そんな彼女が、シェキーナより直々に直轄部隊として指名されたのだ。ベスティアの心情のほどは推して知るべしだろう。


「私と随伴として、エルナーシャ=センシファー、アエッタ=マーキンス、レヴィア=シェシュターク、ムニミィ=ディナト。親衛隊より親衛隊長ジェルマ=ガーラント、副隊長シルカ=レンブレム、同メルカ=レンブレム、魔導部隊よりセヘル=エルケル、魔導特殊能力隊よりイラージュ=センテニオ、その他選抜された親衛隊員十数名とする。各自とも、その様に心得よ!」


「「「「「ははぁっ!」」」」」


 次いでシェキーナが告げたのは、この遊歴に同行を許可した者たちの名であった。

 エルナーシャはシェキーナの娘として、アエッタ、レヴィアはエルナの従卒、ムニミィはシェキーナの秘書としてこの旅に付き従う事となる。

 魔王がその玉体を動かすのだから、当然の事ながら親衛隊が随従する事になる。シェキーナは魔界に比肩するものが居ないほどの実力者なのだが、この場合は必要かどうかではなく、形式上引き連れなければならないと言って良かった。


「このジェルマ=ガーラント、身命を賭して魔王様をお守りいたしますっ!」


 親衛隊長ジェルマ=ガーラントは今年で25歳。漆黒の髪と褐色の肌、頭に生えた2本の角を見れば、正しく魔族然とした風体だ。

 ギラギラと輝く蒼い双眸は、初対面で勇者エルスへと噛みついた2年前の当時を思えば随分と落ち着いているが、その年齢は魔族としては随分と若い。

 魔族は生まれてより5年ほどで少年期を終え、迎える青年期と壮年期でその長い人生の殆どを過ごす。環境が過酷な魔界ならではの生態と言えるだろう。

 故にジェルマも、既に20年ほどを青年として過ごしているが、それでも経験という面ではレギオーに遠く及ばない。親衛隊の隊長という責務が、彼の成長を促進している事に間違いはないだろう。


「シェキーナ様の旅路が恙無(つつがな)く終えれますよぉ……」


「粉骨砕身の思いで任務に就きますえぇ」


 鏡写しの様な容姿だが、髪の色と瞳の色はそれぞれ違う、淡い赤紫色の髪に濃い青紫色の瞳を持つシルカと、淡い青紫色の瞳と濃い赤紫色の瞳を持つメルカは魔界でも珍しい双子の魔族だ。彼女たちもまた、勇者エルスに挑み惨敗した魔族に他ならない。

 2年が経ち24歳となっても、ジェルマとは違いレンブルム姉妹に落ち着いた様子はない。本人たちにその意思がないのだから、これは仕方がないのだろう。

 もっともその実力は申し分なく、親衛隊内でも彼女達2人に敵う者などいないのが実状であり、2年前よりも遥かに腕を上げていた。


「我ら皆、魔王様の御期待に沿うよう邁進したく存じます!」


 男性にしてはやや甲高い声で力強く返答したのは、魔導部隊に所属するセヘル=エルケルだ。生前のメルルに認められるほどの実力者である彼は、近々部隊長に就任する予定となっている。

 しかし以前よりのアエッタとの確執……と言うよりも一方的なライバル視が未だ抜けきれないのか、顔はシェキーナの方へと向いているのだがその目線はアエッタを見つめている。と言うよりも睨んでいる、いや射すくめる様な視線を向けていた。

 アエッタが自他ともに認める「メルルの後継者」である事を、メルルを崇拝するほどに尊敬しているセヘルは認められないでいた。2年前までならば、露骨に敵対していた事だろう。

 しかしエルフ郷殲滅作戦の折にアエッタの実力、そしてその努力や想いを知り、今ではある程度ならば認めている節がある。少なくとも、アエッタを対象として努力をするような事が無くなっているのは良い傾向と言えるだろう。


「私もアエッタ様のために……いえ、魔王様のために、微力を尽くします!」


 わざとなのか無意識なのか、隠しようのないほどに言上を誤ったにも関わらず、それを気にした様子無くアエッタへと顔を向けているのは、長く燃えるような髪と爛々とした橙色の瞳、そして女性にしては背が高く肉感的な体つきが特徴的なイラージュ=センテニオだった。

 さすがにこうまで露骨だと皆呆れ返る者が大半で誰からも叱責は無く、当のシェキーナは失笑を漏らし、アエッタはこれ以上ないほどに赤面して身を捩っていたのだった。

 歴代の魔王に仕えてきた由緒ある貴族の出自でありながら、武芸や魔法に高い適性がなく、他者のみならず身内からも役立たずの烙印を押され、自身も途方に暮れ諦めかけていたその時、メルルにより見出されて様々な訓練……と称する実験を施された後、魔族では珍しい回復魔法の使い手となり、更には特殊な治癒技術を得た事で漸く自分の居場所を得る事の出来たイラージュは、以来メルルを盲目的に尊崇していた。

 その想いはメルルの死後も薄れる事は無く、その後継者とされるアエッタへと向かっており今に至る。その思想は本物であり、アエッタの為ならば(・・・・・・・・・)命を投げ出す覚悟があるのは間違いがない。

 もっとも最近は、アエッタの幼い容貌からつい年上としての物言いが出てしまい、傍から見れば仲の良い姉妹に見えるほどだ。……イラージュの一方的なのだが。


「魔王城出立は明後日! 南大陸より西回りに南下し、その後北大陸へと向かう。皆の者、そう心得よ!」


「「「「「ははぁっ!」」」」」


 全員がシェキーナへ向けて言上すると、彼女は最後に出発日時を告げ、謁見の間に敷き詰められるように立っていた武官武人が一斉に応じ、膝を付き頭を垂れた。その一糸乱れぬ動きは壮観であり、傍で見ていたエルナーシャも思わず感銘を受けるほどだった。


 こうして魔王城内外に、シェキーナの魔界視察歴訪が公表されたのだった。


出発の準備は整い、いよいよシェキーナたちは魔王城を発つことになった。

魔王城の内部はシェキーナに対して絶対従順な態度をとる者が大半だが、魔界全土となればその限りではない。

様々な思惑、そして不安を抱きながら、一行は魔界南部へと旅立つのだった。

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