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闇堕ちのエルフ ー竜驤虎視の帝業ー  作者: 綾部 響
1.プロローグ(魔王視察案)
2/8

親征の決定

激務をこなすシェキーナと、そんな彼女の身を案じるエルナーシャたち。

思い悩んでいた彼女たちに策を授けたのは、魔界の重鎮であるアヴォー老だった。

そして彼を伴って、エルナーシャたちはシェキーナの元へと陳情に向かう。

 普段シェキーナが執務を行う場所は、当然ながら執務室となる。玉座のある謁見の間にいる事は殆どない。

 それも当然の話で、謁見の間では専ら公的な大臣の陳情や催事、他部族の長との謁見が行われる。執務を行うのには適していないのだ。

 シェキーナは、1日の殆どをこの執務室で過ごしている。時折部屋を出て、練兵過程や装備の配備状況を確認する事はあるが、食事もこの部屋で行っている。

 これにはエルナーシャも不満なのだが、魔王城の実務や決済の殆どをシェキーナが行っている現状では、エルナーシャも我儘を口にする事は出来なかった。


「……それで? アヴォー老は私にどのような話が御有りなのですか?」


 そんな執務室に訪れた魔界の重鎮であるアヴォー老、シェキーナの愛娘エルナーシャ、そのエルナーシャの従者であるレヴィア、メルルの後継者であるアエッタを迎え、執務椅子に深く腰掛け足を組んだシェキーナが、僅かに笑みを浮かべて問い質した。その姿は、魔界の支配者たるに寸毫の不足もない。

 口角を釣り上げて笑んでいる様に見えるものの、その目は些かも笑ってはいない。その声は優しく穏やかな口調なれど、その部屋にいる者たちは途轍もない重圧を感じて冷や汗を滴らせていたのだった。

 その姿から察するに、シェキーナはアヴォー老をはじめとした一同が何ゆえにこの部屋へと訪れたのかを察しているようであった。


「……はい、シェキーナ様。私はこの度、魔王様に魔界の視察巡歴を上奏に参った次第ですじゃ」


 しかし流石はアヴォー老、年の功とでも言おうか。明らかに気圧されているのだろうがその様な素振りを見せる事無く、言葉に詰まる事もなくこの部屋へと来た理由を口にしたのだった。これには、同行したエルナーシャたちも感嘆したのは言うまでもない。何せ娘であるエルナーシャでも、この提案を話す度胸は、今この場では持ち合わせていなかった位なのだから。


「……以前にも言ったはずだが? 今は内政に忙しく、とても他の事に気を回す余裕などないと」


 先ほどの声音と全く同じ。しかし、その場の者たちに圧し掛かる空気は更に密度を増した。……少なくとも、シェキーナ以外の同席者たちはその様に感じ取っていた。

 部下の諫言(かんげん)に鷹揚なシェキーナだが、同じ様な事を何度も言われるのは好かない。特に彼女は、寝る間も惜しむほどに忙しい身なのだ。公務の合間に時間を作った結果がそれでは、シェキーナが気を悪くするのも頷けようものなのだ。

 そして、そんな事はアヴォー老とて周知の事実だった。


「ふぉっふぉっふぉ……シェキーナ様、勘違いなされてはいけません。今回私めが献言(けんげん)申し上げますのは、シェキーナ様に安息をお願い出る訳ではございません。これはシェキーナ様、歴代の魔王様方が必ず行って参られた慣習にございます」


「……慣習だと?」


 アヴォー老の話で、シェキーナから発せられていた空気が幾分……いや、かなり和らいだ。先ほどまでは、これまでに何度か勧められてきた休暇の話だと思っていたところへ、実は公務だと言われれば聞く耳も持とうと言うものだった。


「左様ですじゃ、シェキーナ様。歴代の魔王様方は即位すると、必ず魔王全土へ視察に赴かれ、威光のこれありを臣民へお示しになられて参りましたのじゃ。シェキーナ様も魔王として魔界に君臨なされるのであれば、それを広く知らしめる必要がございますのじゃ」


「ふむ……」


 これまでの習慣や魔族の習わしについて、シェキーナには全く興味がない。だがそれも、魔王が即位するに際しての大祭に類するものであるならば、流石に彼女も無視は出来なかったのだった。

 完全に威圧感は霧散し、シェキーナが肘掛けに肘を突き頬を掌で被って熟考する。普段の雰囲気に近いシェキーナを目にすれば、エルナーシャたちも舌が回ろうと言うものだった。


「か……母様! わ……私も、魔界の各地をこの目で見てみたいと存じますが……ダメでしょうか?」


 それでも、やはり先ほどまでの重圧から完全に脱していなかったのだろうか。幾度か言葉を噛み、最後には自信を無くしたのか、エルナーシャは疑問形で自身の意思を表明した。しかし今回は、この繊弱(せんじゃく)な様が功を奏したのだろう。


「……ほう。エルナは、魔界を巡察したいと考えているのか?」


「は……はい、母様っ!」


 血の繋がりこそないが、愛娘と言って良いエルナがおずおずと発言する様に、シェキーナの母性が刺激されたのかも知れない。彼女は、エルナの希望に対して前向きな検討を始めたのだ。


「……エルナが、早い段階で魔界を見て廻り……各地の魔界の気候や地形……各部族の特徴に触れる事は……それだけでも有意義だと思います」


 そんなエルナにすぐさま追随したのは、メルルの愛娘と名高いアエッタだった。この部屋の中で最も幼く見える彼女だが、メルルより受け継いだ知識は魔界の名だたる重鎮も舌を巻くほどである。……無論、その思考もメルル譲りだ。


「ふふふ……。アエッタ、その言いよう……まるでメルルの様に奸智(かんち)に長けているな。まったく、抜け目のない奴め」


 そんなアエッタへ向けて、シェキーナは実に面白そうに返答した。

 メルルよりすべてを引き継いだアエッタが、まるで生前のメルルのような思惟を見せたのだ。これにはシェキーナも刹那の間、およそ1年半前の過ぎ去りし刻を思い起こさずにはいられなかったのだった。

 そして、そんなシェキーナにまるでメルルのようだと言われて、アエッタは顔を真っ赤にして俯き閉口したのだった。ただし昔日の面影を見せるだけでなく、アエッタの言にはシェキーナも聞くべき所があるのを理解していた。


 エルナーシャはいずれ、魔界を統べる王……魔王となる。それは、彼女が生まれた時から定められている事実だ。

 その為にエルナーシャは、父であり勇者であったエルス=センシファーよりその勇者の能力全て(・・・・・・・)を受け継いだ(・・・・・・)のだ。

 そんな彼女に、早期に魔界を見せてやる事は間違いなく必要な事だった。ただ間者より情報を聞き知るのではなく、自分の目と耳、そして肌で世界を感じる事は決して悪い事ではなく必然である……元勇者パーティの一員であり、勇者エルスと世界を巡ったシェキーナはその事に思い至っていた。


「ふふふ……良いでしょう、アヴォー老、それにエルナーシャ。あなたたちの要望に応え、魔界全土を視察する為に、近日中にこの魔王城〝隠れの宮〟を経つ事にしましょう」


 郷愁を感じるにはまだ然程月日は流れていないのだが、エルスの事を思い出してしまったシェキーナには、2人の申し出を断る気力が持てなかった。

 実際、シェキーナ自身も過剰な執務を自覚していた。疲労を感じる事はなかったのだが、このままではいずれ失調を来す認識は持っていたのだ。

 それでも自己の性格上、自ら責務を放棄する選択肢はあり得なかった。それを考えれば今回の2人の提案は、ある意味で闇夜に灯火とでも言おうか。


「レヴィア。数日中に魔王城内へ向けて巡幸の触れを出せ。その後、謁見の間にて魔王の魔界視察巡行の宣を出す。その準備を頼む」


「……はっ! 心得ました、シェキーナ様」


 エルナーシャの側に控えていたレヴィアへ向けてシェキーナが指示を出すと、レヴィアは深く腰を折りハッキリとした口調で答えた。

 レヴィアはエルナーシャの専属従者であると同時に、従者筆頭の地位にある。これは侍従長に次いで権限があるのだが、彼女は次期魔王の専属という事もあり高い発言力を有していたのだ。

 何よりも、レヴィアにはもう一つの裏の顔(・・・)がある。公然の秘密とも言えなくもないのだが、彼女は隠密部隊を束ねている長でもあった。これにより、多くの者は彼女に対して畏怖を覚え、多少の専横に異を唱える事は出来ないのだが。


「これでよろしいか、アヴォー老?」


 レヴィアへと指示を与えたシェキーナが、やれやれと言った態で老の方へと視線を向けた。そこには、苦笑とも取れる笑みが浮かんでいる。シェキーナの考えはどうあれ、切っ掛けを作ったのもそのように仕向けたのも、すべてアヴォー老の発言によるものだったのだから。

 そんなシェキーナの笑いを受けても、アヴォー老は好々爺然として頷くだけであった。


交渉が功を奏し、シェキーナは魔界全土への視察を決定した。

これまでは魔王城の中だけで保たれていた威光を、魔界全土へと向けるためだ。

そして何よりも、エルナーシャたちの未来の為でもある。

簡単ではない魔界全土の完全掌握の為、シェキーナは魔王城「隠れの宮」を発つ。

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