木の上のコンダクター
野生には考えられない統制を見せて襲い来る群れを、エルナーシャたちは撃退した。
それでも……いや、だからこそ、別の脅威を素案していたのだった。
迫りくる魔獣の群れを制圧したエルナーシャたちは、小休止がてら先ほどの戦いについて話し合っていた。
「先ほどの魔獣の群れですが、劣勢が顕著となった時点で逃げ出す個体が複数存在していました」
後方より全体を俯瞰していたセヘルが、気になった事を話していた。それを聞いたエルナーシャたちは、首を傾げて疑問を表情に現す。
「魔獣が身の危険を感じて逃げ出す……? それのどこがおかしいのかしら?」
野生生物は、生きる事を最優先にしている。身の危険を感じれば、その場から逃げ出すのは当然の話だ。そこには、人の持つ維持やプライドといった余計なものは存在していない。
「そらぁ確かにぃ……」
「おかしい話ですなぁ」
理由に心当たりがないエルナーシャが疑問を口にするのだが、それにシルカとメルカが口をはさむ。どうやら彼女たちは、この話題の問題点に気付いているようだった。
「……なるほど。確かにそれは、不可思議な行動だと言える。それが本当だとすれば、ロハゴス殿の話と矛盾する事になる」
続いて気づいたのだろうレヴィアが、考えを纏めながらセヘルに同意した。未だに理解が及んでいないのは、エルナーシャとジェルマだけだ。
「本当に統制が取れているなら、勝手に逃げ出すと言う事は無いと思われます。単純な命令しか聞けないようなら、猶更ですね」
レヴィアに続いて、セヘルが説明を続ける。無論これは、エルナーシャとジェルマの為でもあった。
仮に統制が取れているならば、勝手な行動を取る訳がない。いや、魔獣ならば、それほど強く強制する事は出来ないかもも知れないが、現在のエルナーシャたちがその可能性を考えても意味が無かった。情報が圧倒的に足りていないのだから仕方がない。
「という事はぁ……」
「逃げよう思たんやなくてぇ……」
「戦術的な撤退をしよぅ思てたんとちゃいますかぁ?」
シルカとメルカの話を聞き、一同は深刻な顔で考え込んでいたのだった。その顔からは疑う様子はなく、その可能性を基に理由を構築しようとしているのが誰からも伺えた。
「……それならば、この先では更に待ち構えられていると考える方が自然でしょうね」
ここに至って状況を把握したエルナーシャが、全員に自身の考えを告げる。そしてそれは、一同の合意でもあった。この先で、更に罠を張って待ち伏せているかも知れないと示唆したのだ。
「……でもそれなら、指揮しているのはどの個体なんだ?」
だがここで、ジェルマが実に騎士らしい疑問を口にしたのだった。
統制が取れているという事は、それを纏めて指揮している者がいるはずだ。それは、魔獣の群れでも当然に存在していておかしい話ではない。
そしてその統制者……群れのリーダーは、その群集を把握できる場所で指揮を執るはずだった。しかし先ほどの戦闘では、それらしき個体を誰も確認していなかった。
「ふむ……。部隊長的な存在がいて、既に倒してしまったと言う可能性は……」
「魔獣に、そこまでの組織だった運用が可能だろうか?」
セヘルが一般論を元に発言すれば、それをレヴィアが疑問で返していた。人の組織する集団ならばセヘルの考えが最も当てはまるのだが、相手は魔獣である。如何に突然変異だとしても、それほど綿密な集団運用が出来ると言うのは非現実すぎるのだ。
「そんならぁ……」
「違う場所から見てたんとちゃうかぁ?」
「例えばぁ……木の上とかぁ?」
そのやり取りを見て、シルカとメルカはこれまた突飛な考えを言い放った。木の生い茂る森林ならば、木の上から潜み見るのもおかしな話ではないのだが。
「でも、相手は熊鹿と牙兎ですよ? さすがに、樹上で様子を見るのは難しいと思うのだけれど……」
先ほど相手にしたのは、熊鹿と牙兎と言う陸上特化の魔獣だ。この2匹に関して、樹上での目撃例は皆無だった。
「うぅん……。それなら、他にも今回の異変に加わっている魔獣がいる……とか?」
ジェルマの口にした意見は、それほど深く考えてものではなかっただろう。最後に疑問形で終えているところからも察する事が出来た……のだが。
「確かに、対象が二種だけと断定するのは危険でしょう」
「樹上に生息し部隊を操る魔物がいる可能性もある……か」
だがセヘルとレヴィアには、その意見に否定的な見解は見せなかった。情報が不足している現状では、様々な可能性も視野に入れる必要があるのだ。
「……ジェルマの意見を是とします。樹上にも注意を払い、敵の待ち伏せを警戒しつつ進みましょう」
結局、先に進まなければ本当の所は分からない。何よりもエルナーシャたちは、この場の鎮圧に先駆けて、情報収集目的で先行して訪れているのだ。
エルナーシャが総括すると、一同は無言でうなずき同意した。当のジェルマだが、まさか自分の思い付きが採用されるとは思わず、どこか照れたように身を捩っていた。
「それやったらぁ……」
「……ウチらが対応したるわぁ」
エルナーシャの決定を受けて、声を上げたのはレンブレム姉妹だった。
普段であれば、この2人はあまりやる気を見せずに受動的立場を見せるだろう。それを考えれば、彼女たちがこのように率先して手を上げるのは非常に珍しいのだが、もしかすると樹木の生い茂る森林での行動に気分が高揚しているからかも知れない。
レンブレム姉妹の出身は、父方の故郷である真央山脈にある部族だが、出生は人界である。母が人族であり、どのような経緯か2人は出会い恋に落ち、姉妹を授かったのだ。
しかし母方の故郷はこの2人の婚姻を認めず、集落から追放する。森の部族を追いやられた4人は、更に険しい森の奥で居を構え、そこで危険ながらも幸せな生活を送っていた。危険が伴う森の中での生活を決めたのは、父が魔族であったからだ。
だがある日、母が森の魔獣と戦い命を落とした。
1人で姉妹を育てる事に危機感を抱いた父は、魔界の故郷へと戻る事を決め、姉妹を連れて帰郷した。
そこでの生活は厳しいながらも平穏であったのだが、ある日父は狩りに出たまま戻る事は無かった。
成長していた姉妹にとって、村での生活は窮屈に感じられるものであり、村長の許可を得て魔王軍に参軍した経緯を持つ。
そんな2人にとっては、森の中での行動はどこか懐かしささえ感じられるのかも知れない。
暫く奥へと歩を進めると、急にシルカとメルカの足が止まった。そんな2人に声を掛ける者はおらず、全員が緊張を高めて戦闘準備を行っていた。わざわざ合図を送らなくとも理解できる程度には、彼女たちの連携は取れていたのだった。
「……前方に、多数の魔獣が隠れています」
微かな声で、セヘルがエルナーシャへと報告する。
それを聞いた彼女の逡巡は一瞬。
「全員、戦闘態勢! ジェルマは先行して……」
「エルナーシャ様ぁ。木の上の魔物どもはぁ……」
「……ウチらにお任せあれぇ」
だが、エルナーシャが指示を与える前に、先頭の姉妹が先んじて行動を開始する。エルナーシャに一言告げると、彼女たちはそのまま樹上へと飛び上がった。2人は、木の上に潜む魔物を感知したようだった。
「ちっ……。あいつら、指示も待たずに勝手に……」
そんな姉妹に悪態をつくセヘルだが、いつまでもその事に囚われている場合ではない。樹上を警戒するのはあくまでも可能性であり、セヘルは地上に潜む魔物の中から標的を探し出す事に注力する必要があったからだ。
即座に彼は、これまでよりも更に広範囲に魔力の糸を展開して周囲を探る。その規模は、もはや周囲と言うよりも付近一帯と表現する方が適切だろう。
少なくとも、地に足を付けて存在している生物は把握していた。
「……外れか。エルナーシャ様、周囲にはこれまで通り、熊鹿と牙兎しか存在しません」
そして即座に状況の把握に成功し、その内容をエルナーシャに伝えると、それを聞いたエルナーシャは次の指示を発しようとしたのだが。
その声よりも先に、頭上よりシルカとメルカによる戦闘音が聞こえて来たのだった。
待ち構える魔獣の群れ。
そして、木の上で戦闘を開始するレンブレム姉妹。
エルナーシャたちは、事態の核心に近付きつつあったのだった。




