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気配のない森

シェキーナの命を受けて、エルナーシャたちは問題の森へと向かった。

これまで精神的に拠り所となっていた、シェキーナを欠いた状態での作戦だ。

一抹の不安を抱えつつも、勅命を遂行するために、エルナーシャたちは行動を開始する。

 シェキーナの指示を受けたエルナーシャたちは、翌日早朝には供を引き連れてセンテニオンを出立した。随伴する者はレヴィア、ジェルマ、シルカとメルカ、セヘルの5人。

 次期魔王であり現魔王シェキーナの愛娘である彼女の随伴員としては非常に少ない。だがこれは、状況の把握を優先した結果だった。

 事態の収拾は早急な問題であれども、闇雲に兵を引き連れて現場に赴いても、二次被害が発生する事は否定出来ない。それならば、まずは実力のある面子で現場へと赴き、確認してからの対応が適切ではないかとの意見を採用した結果だった。ちなみにこれを提案したのは、魔導部隊に所属しているセヘルだった。

 アエッタがいない現状では、この隊の参謀役は彼であり、エルナーシャもその意見を無碍にしなかったのだった。また彼女の腹心であるレヴィアが異を唱えなかったという経緯もある。


「もうすぐ目的の森に到着します。各自、気を引き締めるように」


「「「はいっ!」」」


 そんなエルナーシャ一行は、昼前には問題の森が確認できる場所までやってきていた。そこでエルナーシャは小休止を行い、出発時に檄を飛ばしたのだった。それに、声を揃えて一同が応じる。そこには、油断や慢心を持っている者など1人もいない。


「先頭はジェルマにお願いいたします。その後を私とレヴィアが。セヘルは隊の中央で、不測の事態に備えて下さい。シルカとメルカは殿をお願いします」



「はっ!」


「畏まりました、エルナーシャ様」


「わかりました」


「はいぃ」


「まかしといてぇ」


 エルナーシャの指示を受けて、各人がそれぞれの語調で応じる。シルカとメルカは気の抜けた返事にも聞こえるが、これが彼女たちの平常運転だ。

 目の前には、鬱蒼と生い茂る樹々に草深い下草。人の通れるようなものは勿論、獣道さえも確認できない。正しく、人の手が加えられていない森林であった。

 今にも目前の茂みから魔獣が飛び出してきそうな雰囲気に、改めて引き締まった表情のエルナーシャたちは、慎重に草を掻き分け森の中へと足を踏み入れたのだった。





 森へと侵入してすぐに、異変がある事に気付いた者がいた。


「……なぁ、メルカ」


「……うん。へんやなぁ、シルカ」


 それは、最後尾を歩くシルカとメルカだった。2人はしきりに周囲へと顔を向けつつ、どうにも腑に落ちないと言った表情を浮かべている。


「気付いた事があるのならすぐに報告しろ! いつも言ってるだろう!」


 そんな彼女たちの、会話や相談と言うにはわざとらしい程に大きな声を聴いて、先頭を歩くジェルマが注意する。付き合いが長く一緒に行動する事の多い彼には、シルカとメルカが何かを伝えたいという事をすぐに察したのだった。そんなやり取りを、エルナーシャたちは呆れた風に眺めている。


 本当ならば、周囲を警戒しての行軍中に大声で私語など謹んで然るべきだ。それを注意するジェルマの声量も問題だが。

 それでも、この場に誰もその事を咎める者がいないのは、やはりどこか緊張感に欠けているのだろう。これもまた、シェキーナへの依存の悪癖と言って良い。

 恐らくは魔族人族中最強であり、この世界でも屈指の強さを持つシェキーナが同行していれば、このような行動を起こしても注意される事が無く、仮に何か異変が起きても、シェキーナが即座に対処してくれると言う信頼感があるからに他ならない。

 本来ならば気を引き締めていなければならないレヴィアでさえも、長く続いた安心感に浸り、どこか心が緩んでいるのは度し難いとしか言いようがないのだが。


「いや、あんなぁ……」


「なんや、獣の気配が少なないですかぁ?」


 いつもののんびりとした、緊張感の欠片もない発言を受けて、その直後には彼女たちが何を言っているのかすぐに理解出来なかったエルナーシャたちだが。


「そ……そう言えば……」


「エルナーシャ様。……ご注意を」


 周囲の気配を探ったエルナーシャは、シルカとメルカの言った事が間違いでないと気付き怯えた様子を見せ、レヴィアは遅まきながらに自身の手綱を引き締める。


 一同は足を止め、周囲の様子をそれぞれに観察する。そして誰も、獣の鳴き声や臭いは勿論の事、その気配さえも探る事は出来なかったのだった。


「……この森は、人の手が入っているとは言い難い状態です。仮に人が手を加えていたとしても、ここまで静かなのは異常ですね」


 冷静を装って結論付けたセヘルだが、そのこめかみには一筋の汗が流れている。それが、これまでの行軍による疲れで流れ出たものでない事は誰の目にも明らかだった。


「……もうしばらく進みましょう」


 それでもなお、エルナーシャは進軍を指示した。そしてそれに、誰からも異論は起きなかった。

 彼女たちはここへ、事態の収拾を命じられてやってきた。それが即座に可能ではなくとも、バデラス達に何が起こったのか、少なくともその原因を特定しなければならない。

 エルナーシャたちは、これまでどこか浮ついていた気分を脱ぎ捨て、臨戦態勢で森の更に奥を目指して歩き出した。


 足が踏み入れられたとは思えない森は、ただ歩くだけでもかなりの労力を必要とする。ましてや周囲を警戒し、全神経を張り詰めて歩を進めるなど並みの労力ではない。


「……ここで小休止しましょう」


 進んだ距離は然程無いのだが、エルナーシャはここで森に入って2度目の小休止を提案した。


「いえ、エルナーシャ様! もう暫く進みましょう! 私ならば平気です!」


 それは偏に、疲労の色が目に見えて激しいジェルマを気遣ってのものだった。そしてそれが分かるジェルマだからこそ、慌てて強気な発言をする。自分が原因で行軍が遅延するなど、彼にとっては到底受け入れられない事実だった。


「いえ、ここで休みを取ります。先頭を任せるあなたが疲れきっていては、いざ戦いなった時に困るのは私たちです」


 そんなジェルマに、エルナーシャはややきつめの言葉を使って言い返す。これには、ジェルマも反論する事が出来ずに黙り込み、やや乱暴にもその場に座り込んだのだった。

 彼の身体に流れる汗の量や息遣いを見れば、エルナーシャの言う事が決して間違いではないと分かる話なのだが、若いジェルマにはそれを受け入れるという事が出来ない。

 ジェルマが腰を下ろしたことで、エルナーシャたちもその場で休息をとるのだった。


 実を言えば、エルナーシャの性格上、このような物言いは彼女の柄ではない。この役目はどちらかと言えば、レヴィアがこれまで行ってきただろうか。

 それでも彼女が敢えて強い口調を使ったのは、今のジェルマがエルナーシャの言でなければ従わないと察したからに他ならない。

 肉体的に疲労困憊なジェルマだが、精神的に参っているのはエルナーシャだろう。


「あのぉ……」


「エルナーシャ様」


 そんなエルナーシャに、未だ休憩を取っていないシルカとメルカが話し掛けて来た。休みとなれば率先して休息していた2人がこのタイミングで話しかけて来た事に、エルナーシャは少なくない驚きを露としていたのだが。


「どうしました、シルカ、メルカ? あなたたちも休みを取らなければ……」


「もし良かったらなんですけどぉ……」


「先頭をウチらに代わってもろて宜しいですやろか?」


 エルナーシャの台詞が終わるかどうかと言うタイミングで、シルカとメルカはジェルマとの交代を申し出て来たのだった。これには、エルナーシャは勿論の事、レヴィアやセヘル、何よりもジェルマが驚いた顔をしていた。


「……なぜかしら?」


 言葉を被せ気味に話した件は不問とし、エルナーシャは2人に理由を問うた。隊列を決めたのはエルナーシャなのだから、この提言に何か理由が無ければ不義を疑われても仕方がない。


「そらぁ、もちろん……」


「ウチらの方が、森の中を歩くんに成れてるからですぅ」


 理由を聞けば、なるほど理に適っている。だが、そのような事実をエルナーシャは初めて知った。いやそれどころか、レヴィアやジェルマ、セヘルも初耳だった。


「このまま隊長はんに先頭任せてたらぁ……」


「ウチら、森の中で野宿せなあかんようになりますよってぇ」


 呆気に取られるエルナーシャたちを横目に、シルカとメルカはシレっとジェルマに失礼な言を発する。いつもならばここでジェルマが嚙みついて来るのだろうが、疲労からか彼から怒鳴り声は聞こえてこなかった。それどころか、エルナーシャの方へと目を向けて彼女の決定を待っている。


「……あなたたちなら、森の行軍に慣れていると?」


「少なくともぉ……」


「隊長はんよりまマシですやろなぁ」


 いつもと同じ飄々とした態度だが、今の彼女たちが冗談を言っているようには思えない。少なくとも、エルナーシャにはそのような雰囲気は感じられなかった。


「……ならば、あなたたちにお願いします。ジェルマは彼女たちの代わりに、殿をお願いします」


 最後方も、決して楽なポジションではない。しかし見知らぬ未踏の森を、先頭を切って歩くよりは疲労が少ないだろう。


「……分かりました」


 打ちひしがれた様に、それでもどこかホッとした様な声音で、ジェルマはエルナーシャの言を受け入れたのだった。


明らかに異常と感じられる森の状況に、エルナーシャたちの警戒心は弥が上にも高まる。

レンブレム姉妹を先頭に据えて、彼女たちは行軍し、更に森の奥へと進んでいくのだった。

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