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イラージュの秘術

会議室とした大広間に現れたのは、イラージュと共にバデラスの元へと赴いていたアエッタだった。

彼女の口にしたことも気掛かりだが、シェキーナはまずはバデラスの容態を問いかけた。

 ロハゴスの話を聞き終えて、シェキーナは大広間にて作戦会議を始めた。そして、始まってすぐにその場へと現れたのは、これまでバデラスの元へと向かっていたアエッタであった。


「……バデラスの様子は?」


 彼女の出現に議論は中断されるも、その場の誰一人として驚きを表す事はせず、異論も出なかった。それよりも、当然後ろに控えているべき人物が見当たらない事に、怪訝な表情をする者が少なからずいた。


「……はい。イラージュさんが……〝治癒(ハイレン)〟を使用したので、バデラス様はすぐに回復されました……。今は……大事を取り安静にしておいでです。ですがその結果……イラージュさんは……昏睡されています……」


 シェキーナに返答したアエッタだったが、その表情は見る見る曇り、最後の方ではどこか苦しそうでもあった。


 イラージュの……イラージュだけが使える〝治癒(ハイレン)〟は、魔法ではない。どちらかと言えば、スキルに近いだろう。

 この〝治癒〟を使えば、どのような怪我を負った者も即座に回復する。いや、怪我が無かった事になるとでも言おうか。

 回復魔法とは違い、その効果は一瞬で現れる。しかしその代わり、〝治癒〟の使用者が負傷者のダメージを一身に引き受けると言う代償が発生する。

 外傷は現れない。だが、それと同等の苦痛が術者を襲い、その度合いによっては命の危機も危ぶまれるほどなのだ。


「イラージュは大丈夫なのか?」


「……はい。酷く苦しそうですが……命に別状は無いと……思われます」


 そしてその〝治癒〟をバデラスに対して使ったならば、当然その心身のダメージはイラージュへと移される。命の危機も懸念されたバデラスの状態を引き受けたのだから、イラージュも無事では済まないと考えられたのだが。


「……そうか。……〝俱発(ナグラーダ)〟を使ったのか」


 その問題は、シェキーナの発言で解消されている事が匂わされたのだった。


「あ……あの……母様。その……〝具発〟……とは、何ですか?」


 しかしその「俱発(ナグラーダ)」についてシェキーナは知っていても、その他の者には知られていない。エルナーシャの疑念も当然だった。


「……アエッタ」


「……はい。……イラージュさんの〝治癒(ハイレン)〟は、使いどころを誤らなければ……とても効果的な技術です」


 そんなエルナーシャの疑問に答えだしたのは、シェキーナから話を振られたアエッタだった。彼女がシェキーナに代わって口を開く理由、それはアエッタがイラージュと共にその「俱発」の開発と練習に携わっていたからだ。


「ですが……相手の怪我の度合いによっては、イラージュさんの……命に関わります。致命傷を負った相手では、命を落とすのがイラージュさんに代わるだけで……使えません」


 ここまでアエッタが話したところで、息を呑み深刻な表情をしたのは親衛隊長を務めるジェルマであった。彼は精霊界侵攻の折に重傷を負い、イラージュの〝治癒〟によって命を救われた1人だったのだ。

 無論、アエッタの話はジェルマを責める為のものでは無い。


「だけどそれでは……折角のイラージュさんの能力が……封じられてしまいます。そこで私と……シェキーナ様で話を行い……イラージュさんの要望もあって……対策を研究しておりました。その結果が……〝俱発(ナグラーダ)〟です……」


 ここまで話しても、誰からも異論は上がらなかった。イラージュの能力が効果的なのは、それこそジェルマの一件で実証済みである。そして、その危うさもこの場の全員が知るところだったからだ。


「それでその……〝俱発〟と言うのは、具体的にはどういう効果を齎すの?」


 だが〝治癒〟が有効であり危険である事が分かっても、それが〝俱発〟の説明とはなりえない。いずれはアエッタがその事に触れるのだろうが、我慢の利かないのであろうエルナーシャが、少し恥ずかし気に核心を話すように促した。もっとも、この場の全員がエルナーシャと同じ気持ちだったので、やはりこれにも異論は上がらなかった。


「はい、エルナーシャ様……。この〝俱発〟とは……彼女の履修済みである回復魔法を……自身の体内で発動しながら〝治癒〟を行う技術です……。これにより……イラージュさんの生存率は格段に上がり……心身に受けるダメージもかなり減らせるはずです」


 エルナーシャに促されてのアエッタの説明だったが、それを聞いた一同は何の言葉も発せずに沈黙していた。本当ならば幾つかの疑念が浮かんできてもおかしくない所なのだが、この沈黙には理由があったのだった。

 1つは、この場の誰もが回復魔法についての造詣が深くない事に起因する。シェキーナは兎も角として、魔族であるエルナーシャたちにしてみれば、回復魔法そのものに馴染みがなく、だからこそ質問が浮かばなかったと言える。

 そしてもう1つは、己の体を魔法で回復しながらの〝治癒〟の使用に、何故それほどの研究が必要だったのか、その大変さがやはり伝わらなかったのも理由だろう。

 この場の全員が、ただ「そういうものか」と言う大雑把な理解に留まろうとしていたのだが、それでは今後に差し支える。アエッタはそれを察して、この〝俱発(ナグラーダ)〟についてもう少し解説する事にした。


「……元々、イラージュさんの〝治癒(ハイレン)〟は、使用時に高い集中力が必要に……なります。その状態で……魔法を使う事が出来ないのは……セヘルさんなら理解していただけるかと……」


「ふむ……」


 いきなり話を振られたセヘルだが、魔法の事となれば理解も出来る。魔法の使用には、どれほど慣れた者でも高い集中力が必要なのは理解できる話だ。短く同意の言葉を発し、腕を組んで深く考え込みだしていた。


「この……〝俱発〟は、言うなれば2つの魔法を同時に扱う技術を確立させるもの……です」


「だが、2つの魔法を同時に扱う事は、少なくとも私には出来ないな。……お前には出来ると言うのか?」


 アエッタの説明を聞いて、セヘルはやや強めの言葉で反問した。魔法を使う者として、そしてアエッタをライバル視している者としても、もしもアエッタがその様な技術を使えるならば看過できないのだ。


「いえ、私にも……そのような事は出来ません。ですが私には……その知識がありますので……」


 その台詞を聞いて、その場の誰もが不思議な得心をしていた。

 アエッタは、勇者パーティの1人でありシェキーナの盟友、そしてエルナーシャのもう1人の母であり大賢者とも呼ばれたメルルの知識を受け継いでいる(・・・・・・・・・・)。自らが使えない技術であっても、提案し指導する事は出来るのだ。


「……ふん」


 もっとも、それが面白くない者がこの場にはいた。セヘルもまたアエッタやイラージュ同様に、メルルを師事し崇拝している。そんな彼にしてみれば、メルルの知識が詰まった「知識の宝珠」をアエッタが受け継いだと言う事実は、簡単には納得できない話だったのだ。


「未だに完成を見ませんが……今回はこの〝俱発〟が功を奏しました。……致命傷であったバデラス様の傷を請け負っても……イラージュさんは昏睡されましたが……命に別条がない状態でいられましたので……」


 そんなセヘルの気持ちは、この場の全員が知るところである。無論、アエッタも。

 だからアエッタはその事には言及せず、事実だけを口にしたのだった。


「それは何よりだ。だがそうなれば、イラージュは……」


「……はい。当面は、起き上がる事が出来ません……」


 命に別条がないとはいえ、重体なのには変わらない。シェキーナとアエッタのやり取りを聞いて、その場の全員が黙り込んでしまったのだった。


「それでアエッタ。先ほどの発言は、どのような根拠があっての事なのだ?」


 しんみりとしてしまった会議の場だが、だからと言って話を停滞させてしまっては意味がない。シェキーナは、やや脱線してしまった話を元に戻し、アエッタに再度質問を投げかけた。


「……はい。今回の魔獣の動きは……明らかにこれまでにはないものでした……」


 そしてアエッタも、この議題の本質を忘れてはおらず、自らの発言も忘れてはいなかった。


「自然界に生息する魔獣が……組織だった動きをしだしたのならば……早急な対策が求められます。……また、突然変異的なものであっても……やはりその原因を究明し……対策を考える必要があるでしょう。それに……」


 ここまで黙って聞いていたシェキーナだったが、アエッタが続きを口にしようとしたところを手で押し留め、アエッタも即座に口を閉じたのだった。明らかに何かを言おうとしていたのだが、その事についてその場の誰もが怪訝に思う事は無かった。

 それには、シェキーナに全幅の信頼……と言うよりも、依存している節が伺えた。


「アエッタの言は、放っておけるものでは無い。何よりも、このセンテニオ領の問題を放置しておく訳にもいかない」


 シェキーナの、この場の全員に話しかける言葉には張りがあった。それを聞いたエルナーシャたちは、思わずピリッとした空気を感じて背筋を正した。


「故にエルナーシャ。お前たちにこの問題を解決するよう、調査と対処を命じる。ただし、今回私はこの場を動かない」


 そして、シェキーナが次に言い放った言葉に、エルナーシャたちは一瞬呆気に取られたのだった。


調査の必要が最善であるとの見解となり、シェキーナは調査の必要性を説いた。

しかしその調査には、シェキーナは陣頭に立ち動かないことを明言する。

これまでシェキーナに頼りきりであったエルナーシャたちは、動揺を隠せないでいたのだった。

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