炎上
配信を始めて少し経ったある日の事。
『日本鬼子日本鬼子日本鬼子』
そんなコメントが目に入った。
「おや、大陸の方かな? ヤオ・ヨロズだよ。よろしくね」
『婆ちゃんそいつアンチだ』
『荒らしか?』
『そういやモデレーターいないな』
『日本人は悪鬼羅刹みたいな意味だよ』
「へぇ、そうなんだ。まぁ鬼子なんて親からも周囲からもさんざん言われて来たから慣れてるけど、なんか懐かしい気持ちになるねぇ」
『ばーちゃん……』
『涙が……』
『ちょいちょい重いんだよなぁ』
人魚の肉を食べて不老不死になってからは鬼子と呼ばれるのが普通になっていた。
まぁそう呼んだ人は先に死んでいき、私はファンができているんだから何が起こるかわからない人生だ。
「大陸と言えば犬猫は美味かったね。戦時中や戦後は食糧難で野良犬を捌いて食ったが、あれとはまた違った美味さがあったよ」
『ひえっ』
『いや何歳だよ!』
『BBAは年齢不詳定期』
「変わり種だとオーストラリアのカンガルーなんかも食べたけど、あれは筋っぽいし臭みが酷かったなぁ。オオサンショウウオなんかは美味しかったけど……あ、アマゾンで食べたピラニア。あれは絶品だった! カラスや雀も食べたな……まだ稲荷伏見にあるのかな、雀の串焼き」
『なんでも食うなこのババア』
『ばーちゃん、夕飯は昨日食べたでしょ』
『毎日食わせろ定期』
『雀は俺も食ったけど美味かった』
『クジラ肉は?』
「クジラはありふれた食糧だと思ってたんだけど最近じゃトンと見かけないね。美味しいんだけど、独特の風味が苦手って子も多いんじゃないかな。給食で竜田揚げが出てたらしいけど、私は刺身が好きだよ」
ただ今まで一番美味しかった刺身って人魚の肉なんだよなぁ……。
舌の上でとろりと溶ける食感、味は濃厚で大トロも凌駕するほどの味わい。
あれに勝るものは食べたことがない。
「あ、それでなんだっけ。荒らし? なんじゃねそりゃ」
『急にババア口調になるな』
『文字通り配信とかを暴言やら卑猥な言葉で荒らしていく奴の事だよ』
「ほほう? 暇なんだねぇ……」
『あっ……』
『こりゃあ……』
『やっちまったなぁ……』
「ん? 私何かやっちまったのかい?」
その日、私の配信はつつがなく終わった。
しかし同期のアナから電話がかかってきたことで事態が発覚する。
「インターネットで炎上してるよ!」
「炎上? 火事か?」
喧嘩と火事は江戸の華ってね。
「ある意味そうなんだけど……ヤオ・ヨロズがインターネットで話題になってるの。悪い意味で!」
「へぇ?」
「他人事じゃないでしょ! なんでこんなに……」
「さて、心当たりは……あぁ、そういえば今日の配信で荒らしがいてね。暇だねぇって言ったらコメントの人達がざわついてたね」
「それだよ! 私達の職業って客商売で、しかもかなりアンチが多い世界なんだからそんなこと言ったら燃えるに決まってるじゃん! そういうのはスルーするの! 触れるな炎上!」
「知らないよそんな事。それに私の見えないところでコソコソ言ってる奴らなんかどうでもいいさ。それより明日の朝食の準備があるんだ。悪いが切るよ」
「あ、ちょっ」
アナの言葉を遮るようにして受話器を置く。
ふーむ、炎上ねぇ……そんな文化が根付いていたのか。
匿名だからこそ好き勝手な発言ができる界隈というのも問題だねぇ。
今までは顔も名前もわからないからこそ本音を言える場所としか思ってなかったけど、それはいい方向だけじゃないってことか。
やっぱり人間が作る物は裏も表もあるってことかね。
「そんなことより、明日は何を食べるかなぁ……」
炎上とか言うのはどうでもいいが、食事の方が問題だ。
本当に飢餓というのは恐ろしい物だからねぇ……不老不死なのに飢えると死にたくなるんだよ。
死にたくても死ねない、そんな地獄が待っていると知っていたら人魚の肉なんて食わなかったかもしれないね。
ま、今が楽しければそれでいいんだけどさ。
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ヤオ・ヨロズ @yaoyorosu
よしわらおもいだした