初配信
初配信当日、今日はバイトも休みにしてもらい朝から英気を養っていた。
いやはや、いくつになっても新しい事に挑戦するというのは緊張するもので昨晩は二合も飲んでしまった……。
流石に身体が重いが、まぁいい。
えっと、カメラよし、マイクよし、立ち絵よし、モーションキャプチャーよしっ。
万全の態勢だ。
まずもう一人の新人が挨拶配信を30分、次に私が配信して、更に急遽入社が決まった新人がもう一人と続くリレー形式だ。
こんな短期間で三人目が決まってキャラクターも2Dモデルも用意できるとは……あの祟り神、どんな伝手を持っているのやら。
「こんちゃおー! みんなの心を鷲掴み! スターライブ3期生新人のロマノフ・アナだよ!」
ブッとお茶を噴き出した。
いや突然知り合いが普段と真逆のキャラで挨拶してたらお茶くらい吹くわ。
クールビューティて感じの奴なのに……いや、あいつあれで結構茶目っ気あったなそういや。
『元気っ子ktkr!』
『3期生はハイテンションスタートか』
『これは推せる』
割と受けてるな……この手のきゃぴきゃぴしたのはあまり好まれないと思っていたんだが……私も一応キャラクター設定みたいなのあるらしいし今のうちにカンペ見ておこう。
えっと、ヤオ・ヨロズ、年齢は不明だが500歳以上で人魚。
胸が小さい事を気にして……書いたやつはあとで殴るとして、酒と煙草をこよなく愛して海から出てきたという設定か。
まぁ、酒にも煙草にも一家言あるが……そんなに愛してるわけじゃないんだがな。
そもそも私はその海から出てきたのを食った側だし。
で、ダウナーに見せかけたハイテンション暴走野郎なところがあると……やっぱり殴ろう。
社長の指示だなこれ絶対。
まとめて殴ろう。
「というわけで、おつロマノフー」
おっと、一人目の配信終わってた。
『おつろまー』
『おつロマノフー』
『おつろー』
こいつのリスナーは随分自由だな。
〆の挨拶適当にぶった切ってる辺り、結構本人と気が合う奴らなんだろう。
まぁそういうシンパシーがあってこその配信者なのだろうな。
さて、私の番だがとりあえず待機中画面を出して……あれ?
おかしいな、ここをクリックして、これをこうして……。
「ん? あれ? 固まった? おい、こら、動け! 動けってんだよこのポンコツ!」
PCモニターをバシバシと叩いてみるが変化はない。
固まった画面のまま切り替わる様子が無く……ん? なんだこんな時に……。
あ、マネージャーだ。
「えーと……配信、声乗ってます……? はぁあ!? マジで!? もう声乗っちゃってる? こっち画面動かないんだけど! え? あ、このボタンを押すの? あ、動いた……えっと」
やらかした。
配信事故というやつだ。
もはや動悸が16ビート刻み始めているが、まだ大丈夫だ、取り返せる……。
「やぁ、スターライブ3期生新人のヤオ・ヨロズさ。海の底から美味しいお酒と煙草のためにはるばるやってきた。これからよろしく頼むよ」
……我ながらきざったらしいキャラをしていると思うが、案外こういう演技も面白いな。
『事故無かったことにしてて草』
『切り抜き確定』
『すでに清楚の欠片も無いの本当にスコ』
「な、なんのことかな? 私は清楚だと自負しているのだが」
『清楚を自負する奴ほど清楚じゃない定期』
『完全にコマンダーだったな』
『酒クズヤニカスの人魚で草』
『朗報:初手スターライブ発覚』
『どこから人材発掘してるんだこの会社……』
なかなかにいい反応を貰えているようだが、その原因が初手配信事故というのが引っかかる……。
いや、盛りあがるならいいけどさ。
「人魚って意外と俗だぞ? あいつら飯と酒で簡単に釣れるし……あ、いや、今はもうその辺警戒して港とかには近づかないか」
『マジもんっぽくて草』
『名前からして神様っポイな』
「神じゃないぞ。ただちょっと長生きな人間だ。あ、いや人魚だ」
『設定投げ捨てるの早いわw』
しょうがないじゃないか、ロールプレイなんてアメリカでペンアンドペーパーRPGやった時以来なんだし。
……半世紀くらい前だったかな?
久しく遊んでないし、配信でやるのもアリか?
「さてと、じゃあとりあえず自己紹介だけど……はいこれ、勝手に読んでね」
ドドンと出したのはプロフィールと自己紹介を書いた物。
マネージャーに頼んで作ってもらったので私も内容は知らない。
『いや、自己紹介しろよ』
『事故紹介で草』
「事故じゃねーし」
『というか年齢の項目……』
「ん?」
コメントで年齢に触れられたので確認してみる。
最低でも1000歳……数えてないから覚えてないけど、そこまで長生きした覚えもないなぁ。
「さすがにそこまで長生きじゃないと思うんだけどなぁ……いやどうだろ、江戸時代の事なら何とか思い出せるけど……鎌倉幕府の時の事とかうろ覚えもいい所だし……安土桃山なんかほとんど覚えてないぞ」
『マジもんぽいんだが?』
『だからスターライブはどこから人材発掘してくるんだよ……』
『当人が一番困惑してて草』
「君語尾に草つければいいと思ってない?」
『草』
『草』
『草』
『草』
『草』
「君ら語彙力どこに棄ててきた? お母さんのおなかの中かな?」
リスナーの悪乗りが始まってしまったようだ。
初配信でこれは良くない流れだ。
このままでは私のイメージがネタキャラ担当になってしまう。
そういうのは一番手のあいつの役割だ!
「さて、とりあえずたわむれはこのくらいにして、真面目な話をしようじゃないか」
『お?』
『真面目な話か……ファンネームとか?』
『ファンサインなんてのもあるよな。絵文字の』
「ぺけったーの使い方がわからない」
『お婆ちゃん……』
『真面目なようで真面目じゃないけど重大じゃねえか!』
『あんなん右下のアイコン叩いて適当な文書書けばええねん』
「書ける文字数が少なすぎるねん」
『課金して承認マーク貰えよ……』
『運営に教えてもらえ』
『というか友達に教えてもらえばいいじゃん』
『家族という手段もあるぞ』
『その端末で調べろ』
友人に家族か……。
「一番手のあいつは多分リアルの知り合いだが付き合いが浅くてな……他の友人はほとんど、家族は全員死に別れたよ」
『あ……』
『すまん』
『ごめんなさい』
『マジで悪かった』
「いや、もう吹っ切れたからいいんだ。ただスターライブにはそういうやつ多いから気をつけてな? 私は慣れたし、今更だから気にしないが」
『やーい、ボッチ』
「お前は遠慮しろボケなすぅ!」
おん? マネージャーさん?
え、もう時間!?
まだほとんど何も話していないし決まっていないのに……。
えぇい、締めに入れというならやってやろうじゃねえか!
「えーっと、マネージャーさんから巻けってメッセ来たから今日はこれくらいにしておいてやる! お前ら次は礼儀作法とか教えてやるからな!」
『負け惜しみ乙―』
『まけおつー』
『負け人魚―』
「おい待て変な挨拶を定着させようとするな! というか負け人魚はただの悪口だろうが! あぁ時間がぁ!」
タイムリミットになってしまった。
初配信という事もありマネージャーさん達に配信オフができるようにしてもらっていたのが仇となり、無情にも流れるEDアニメーション。
無駄に凝っているが、どうにも負けた気がしてならない……。
くっそ、次は年上お姉さんの魅力をもっと教えてやるからな!
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ヤオ・ヨロズ @yaoyorosu
ぺけったーわからないけどよろしく
米120 ♡372 R289
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