スカウト
悠久の人生、それは酷く辛いものだ。
なにせ仲良くなった相手もいずれ死に分かれてしまい、残されるだけである。
たまに生き返ったかと思うほど似ている人とすれ違う事もあるが、大抵は他人の空似だ。
けど、そういう人生を送っているとたまに同じような仲間に会う事もあったりするもので、その伝手から仕事を貰う事も多い。
今回はそんな話。
「なぁ八重、面白い仕事があるんだがやらないか?」
ある日の夕暮、バイトを終えて帰宅するとそんなメッセージが入っていた。
相手は古い友人のブラッド、確かルーマニア出身の男だったが性格のひねくれたやつだ。
ここ数年会ってなかったが、現代社会ではその性格が功を奏して様々な仕事をこなしているらしい。
正直なだけでは生きていけない時代か……。
「面白い仕事ってなに? あんたの事だから詐欺に近いアレコレじゃないよね。魔女狩りの時火あぶりにされたの忘れてないからな?」
威嚇を込めた返信をしてみるとすぐに返答があった。
「違う違う、今時そんなのやったら面倒だろ? 正体を隠しつつ本音を語れて、おまけに金がもらえる仕事だよ。少し時間はかかるが俺達なら大した問題じゃないだろ?」
……胡散臭い。
そんな美味しい仕事があるわけないだろう。
とは思いつつも、バイトで食いつなぐのもそろそろ疲れてきた。
特殊な事情があるため一所に留まれない私達は話し相手というのを選んでいる。
ともすれば面倒な事になりかねないから。
「そんな美味しい仕事があるならなんで今まで黙ってた?」
「新しく生まれた仕事だからだよ。そろそろ黎明期が来るんじゃないかというタイミングで会社を立ち上げた知り合いがいるんだ。よければどうだい?」
「内容をまだ聞いてないよ」
「君は動画配信とか見る?」
「唐突に話が変わったね。まぁゲームとかの娯楽は嫌いじゃないけど、他人の遊びを見るより自分でやりたいね。たまにBGMの代わりに流しているけど……まさか配信者をやれとか言わないだろうね。ネットタトゥーってのは人間の一生くらいじゃ消えないよ?」
広大なネットの海に広がってしまった物は拾いようがない。
無限に増殖するし、まさに大海に落とした砂粒を拾い上げるに等しい行為だ。
「いやいや、言っただろ? 正体を隠しながらって。まぁ配信者というのは正解かな。ただし絵のガワを被ってもらうだけで」
「それって確か……Vtuberとかいうやつだっけ、そういえば最近増えてきてるね」
「そう! 一緒にやらない? 実は俺もやってるんだ。君は日本に長く住んでるから古い知識もあるし、面白い話も結構できるんじゃないかなと思ってさ」
ふむ、Vtuberか……確かに正体を隠しながら経験や知識について語ることができる。
相手は文字での応答だけど、それでも話し相手ができるというのは面白い。
ただ問題があるとすれば……。
「誰がそんな会社を?」
「ナイ神父」
「この話は無かったことに」
よりによって一番関わってはいけない祟り神の会社で働くとかどんな罰ゲームだ。
死ねないからこその恐怖というのもあるんだぞ?
「まてまて、奴は社長職に忙しいから俺達に何かしてる暇はないはずだ。それにクトゥグアの姉さんが秘書やって見張ってるから大丈夫だよ」
「あー、それならまぁ……事務所近辺が焼け野原にならないか?」
「本社は群馬だから大丈夫」
「なら問題ないな。けど本社に行くのは嫌だからオンラインでのやり取りでもいいかい? あそこは魔境だ……」
群馬という魔境に足を運ぶ、それは私のような存在にとっては最悪の事態を起こしかねない行為だった。
何人の仲間があの地に囚われる事になったか……想像するだけでも鳥肌が立つ。
「それは同意するし、向こうにも了承させたから大丈夫。にしても相変わらずの決断の速さだね。俺なんかあと半年は悩むところだが」
「面白いモノ、美味い物、なんだって鮮度がある。何をするにも決断する時は即断が一番さ。あんたより長生きしてる女の言葉だから覚えておくといいかもしれんよ」
「ははは、そうさせてもらうよ。じゃあな、八重」
「あぁ、ブラッドも身の回りには気をつけな」
そう言ってメッセージでのやり取りを終え、緑茶を淹れる。
うん、なんか新しい仕事が決まったというのは気分がいいね。
いつもと変わらないお茶が美味しく感じるよ。




