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EPISODE7匂い

 矢神さんが部屋に入るを見送ってから、俺はこそこそ隠れている柊を手招きした。柊は辺りを警戒しながら近づいてくると、ため息をした。


「もー、洋樹さん」


「不満は聞くから早く入ろう」


 ここで見つかったら本末転倒だからな。柊を素早く招き入れ、戸締りもしっかりしといた。部屋に戻ると、俺のベッドにぐったりと倒れ込んでいる柊がいた。


「俺のベッドなんだけど」


「もう、疲れたよー」


「悪かったって」


 柊はむくりと起き上がって、ベッドに座り直した。


「何で一緒に帰ってるかって思ってたらあの人隣の部屋の人だったんだね」


「うん、隣の部屋の矢神さん」


「にしても、美人な人だね」


「うん」


「美人な人と一緒に帰りたいのは分かるけどさ、私の扱い酷くない?」


 頬をふくらませてプンプンと怒っている。全く怖くない。


「ごめんな。夜道を女の子ひとりで歩くのは危ないと思って」


「私も一応()()なんですけど!」


「物事には優先順位ってものがあるからな」


「ヒドイ!」


 柊が勢いよく立ち上がって俺に掴みかかってくる。俺は貧弱だから受け止めきれんと思ったが、そんなに力は強くなく、前後に揺さぶられてから、ポコポコと胸を叩かれた。それでようやく、柊が泣いているのがわかった。


「…泣いているのか」


 柊は俯いているので顔は見えなかったが、俺の服を掴む手が震えていた。


「泣いてないし」


「悪かった、悪かったよ」


 柊の頭を撫でることに一瞬躊躇いもあったが、俺は自分の庇護欲に敗北した。柊は自分の頭に手が乗っけられると、頭を俺の胸に預けてきた。そのまま、数十秒なのか、数分間なのか分からない時間が経って、震えが収まった柊がゆっくりと離れた。


「許す」


「ありがとう」


 柊の目は少し赤くなっていたが、それには触れない方がいいだろう。


「さあ、もうお風呂沸いているから、さっさと入って寝よう」


「うん」


「お先どうぞ」


「うん、入ってくる」


 泣いて体力を使ったからか、柊はどこか眠たげだった。


「あ、覗かないでね」


「それは、フリかそれともフリか?」


「ふ、フリじゃないから!」


 照れながら答える柊。いつもの調子が少し戻ったようで安心した。


 少しして大学の課題に取り組んでいたのだが、飽きて天井を見上げている時にふと柊が着替えを持って行っていないことに気がついた。柊が来ていた制服を何日も着回すのは衛生的じゃない。今の季節が夏なら尚更だ。俺は自分でも少しサイズが小さめの服を何着か見繕って、脱衣所に向かった。


 変に静かなので、


「柊?」


 声をかけてみると、


「え、何」


 露骨に警戒した声が聞こえてきた。


「着替えの服持っていってないだろ」


「いや、でも着ている服があるし」


「この制服か?」


「うん」


 几帳面なのか脱いで小綺麗に畳まれた制服を見る。


「洗濯してやるから、今日明日は俺の服を着ろよ」


「そう、分かった」


「適当に何着かあるから好きなの着てくれ、タオルもここにあるの使っていいからな」


「うん、りょうかい」


 変なところで柊は仰々しいからな。ここまで言っておけば大丈夫だろう。


 俺は柊の着ていた制服を手に取って、その場所に俺の持ってきた服を置いた。そのまま制服を洗濯カゴに入れようとした時、はたと手が止まった。


 微かに感じた違和感。なんというか、今手に持っている制服が先程まで着られていたものとは思えなかったのだ。手触りは新品のように滑らかで、他人のものとは思えない一切の不快感も無かった。


 俺は罪悪感が沸き起こるのを感じながらも、なんとしてでも確かめたい好奇心にかられ、ゆっくりと制服を自分の顔に近づけた。その時俺は、柊と屋上で話した時のこと、そして虫を避けて俺に接近した時のことを思い出していた。


 俺は制服に鼻を押し当てて、匂いを嗅いだ。制服には全くと言っていいほど()()()()()()()。女性特有の甘いような匂いもしない。かといって、汗の匂いもしない。新品特有のあの独特の匂いもない。あるのはただひたすらに無だった。


 思えば、屋上でも、彼女が不意に顔を近づけて来た時でも、ショッピングセンターに行く途中でもその全てで匂いとは言わずとも、どこかに違和感を感じていた。


 柊は昨日の昼からずっとこの制服でいたはずだ。それにある程度の時間、外もしくは屋上に居たと思われる。ものの数分で脂汗をかいてしまうような猛暑なのに、こんなにも制服が綺麗なままであるのものか。


 そう考えると、俺は少し怖くなってしまっていた。匂いを消す方法も一切の汚れを落とす方法も彼女にはないだろう。だとしたらこの制服は一体何なのか。


 不死身を自称する少女、あまりにも綺麗すぎる制服。少し目眩がしてきた。疲れてるんだ。俺はそう思い込むことにして、これ以上考えないことにした。

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