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EPISODE5下着

 食べ終わって、食器を洗ってからほっと一息ついた。


「そういえば、お風呂入るだろ」


「え、えーっと、うん」


 柊は曖昧に頷いた。


「Tシャツとかは貸せるけど、下着がなぁ」


「し、下着は別にいいよ!」


 恥ずかしいのかわたわたと手を振る。それに対し、俺は真面目に答えた。


「柊、下着は毎日変えた方がいいぞ」


「へ?」


 柊は気の抜けた声を出した。まるで、声のトーンと内容があっていないことに拍子抜けしたかのようである。それでも、俺は続ける。


「下着はな、本当に変えた方がいい。夏は特にね。変えずに寝たら朝起きた時に不愉快な気持ちになるだけだから、これマジほんと」


「はぁー」


 俺の熱弁を黙って聞いていた柊は肺から深く息を吐いた。そして、俺に投げやりに聞いた。


「じゃあ、どうするの?」


「そりゃ今から買いに行くしかないな」


 最寄りの駅のショッピングセンターに女性用の下着売り場があることを覚えている。ショッピングセンターは確か10時には閉まっていた。


 今の時刻を見てみると8時前だった。歩いて行っても10分ほどで着くので全然余裕だった。


 少し待っているよう柊に言って、帰ってきた時ちょうどお風呂に入れるように湯はりを開始しておいた。すぐに戻り、財布と携帯を持ってから柊を連れて外へ出た。


 当たり前だが、夏は夜でも暑い。夜はジリジリと肌を焼く暑さだが、夜は肌にへばりつくような、まとわりつくような暑さだ。


 夜の虫がキリキリと鳴く。十分に騒がしいが、昼とはまた違った趣がある。夏の夜だと感じさせてくれるこの音が、嫌いじゃなかった。


「どこ行くの?」


 隣を歩く柊が見上げて聞く。


「最寄りの駅だ。そこに確か売ってた」


「よく覚えてるね」


 柊が調子よく言う。暗くて顔は見えないが、いたずらな表情が透けて見えた。俺はそれになんでもないように返した。


「ああ、たまに買うからな」


「えっ!!!」


 あまりにも予想外だったのか、柊はひどく驚いた。


「なんというか、女物の方が身体にフィットするんだよなぁ」


「えぇ…」


 さも、本当に()()()()()かのように振舞ってみせると、ドン引きされた。あまりにも反応が良かったので、クスリと笑ってしまった。


「ふふ、冗談だよ」


「なにそれ」


 柊は理解出来ないというように肩をすくめてみせた。


「変なのっ」


 その声が弾んでいたので笑ってくれたと思い俺も少し頬を緩めた。


 何だか学校の帰り道かのような弛緩した雰囲気が漂っていてこういうのは久しぶりだなと思った。最近は何かと思い悩むように過ごしていたから尚更。


「ジリッジリリリリッ」


「うわっ」


 柊が音から逃げるように俺の腕を掴んで体を寄せた。


「なんだなんだ」


 どうやら死にかけのセミが人が近づいたことで、バタバタと暴れていた。


「びっくりした。怖がらせないでよ…」


 そんなセミに向かって無意味なことを嘆いた後に思い出したかのように俺の腕から手を離した。


「ごめん」


「別にいいよ、それより…」


「…?」


 柊は小首を傾げた。


「俺ちょっと汗臭くない?」


 ふふっと柊が笑った。


「確かにちょっと汗臭いかも」


「よし、早く帰ろう!」


 俺たちはショッピングセンターまでの道のりをせっせこ歩くのだった。


 ショッピングセンターに着いて、ランジェリーショップにいるのも居住まいが悪いので柊に現金だけを渡し、俺はスーパーのお惣菜コーナーを何となくぶらついていた。


 そしたら前に見知った顔があるのに気がついた。もうあまり残っていないお惣菜をじっと見つめて立っている。今鉢合わせると、非常に不味いことになるので俺はそそくさと退散しようとし、ふと様子が気になって振り返った。


 その人は動かない。お惣菜を見ているというよりボーッとしているというか、心ここにあらずふうだった。どうしたのだろうかと勘繰ってしまうが、頭を振って考えることをやめた。俺は一度柊と合流することに決めた。


 俺は居心地の悪いランジェリーショップに赴き、間もなくして柊を見つけた。周りに女性客が居ないことを確認して近づいた。


「柊」


「わぁっと!」


 声をかけると何故か柊は驚いた。


「どうしたんだ?」


「い、いやなんでもないよ!」


 目を逸らしながら慌てて平静を装うと、柊は髪の毛に手ぐしをした。


「洋樹さんこそどうしたの?」


「スーパーに知り合いがいる」


「へえ」


 柊は呑気に頷くばかりであまり状況を理解していないようだった。


「お前と一緒にいるところを見られるのはまずい、早くずらかるぞ」


 ショッピングセンターと言ってもここはそこまで大きい類のものじゃない。もしかしたら、ばったり出くわしてしまうかもしれない。それは確実に避けたい。


「ちょ、ちょっと待ってよ!まだ、下着決めてないんだけど!」


「そんなのちゃっちゃと決めろよ」


 柊が見ていたのは至って普通のシンプルなデザインの下着だった。誰に見せる訳でもない、適当に好きなのを買えばいいだろう。


「それはそうなんだけど!」


「…けど?」


 俺は柊の訴えが分からず聞き返すと、柊は少し顔を赤らめて俯いてしまった。そして細い声で小さく呟くように言った。


「……胸のサイズが分からないの」


 それは、針が落ちるようなか細い声であったがしっかりと俺の耳は聞き取っていた。


 サイズが分からない?どういうことだ。じゃあ、今つけている()()はなんなんだ。また、記憶喪失ってことか?


 一瞬、茶化してやろうかとも思ったが、本当に恥ずかしそうにしている柊を見るといじめる気にもならなかった。


「…なるほど、店員さんに測ってもらえばいいんじゃないか?それか試着してみるとか」


「…は、恥ずかしい」


 妙なところで臆病な奴だな、出会った当初はあんなにも威勢が良かったのに人が変わったようだ。


 俺は柊を連れて、赤眼鏡をかけた店員さんに声をかけた。俺は縮こまっている柊に、少し背中を押してやると柊は試着したいという旨を伝えた。


 試着室に案内され、柊が試着室に入る前に知り合いの様子を少し見てくると言ってその場を去った。

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