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4. ……寝ます。寝ますから

 セオはメルの指示どおり廊下を右に曲がった。内側の城壁通路をいまは歩いているらしい。窓辺に見るリメイア城の建造物がより近くにあった。

 誰も手直しをせず、長い年月に風化と崩壊は進み、それでも城らしく雄大な姿を保ち続けている荒城。……その一角に、セオは目をとめた。


 城郭のなかで不自然に際立つ円筒形の長い塔。ほかの建造物が白亜の姿を晒しているのに対して、その塔だけは黒色を帯びている、……窓付近や深いヒビが入った部分はとくにだ。

 城外に居たときは気づかなかった。あれは、煤か?


「ん? 主塔キープが気になるのセオ」


 メルの話によると黒くなったあの塔は城で一番堅牢なつくりである主塔だったそうだ。城主の居間や会議場を備え、また有事には最終防衛の場所として使われる塔だ。そしてあの主塔には――


「わたしとスチュワートのね、死体が――と言っても跡形さえ残っていないけど」メルは、はにかみながら続けた。

「攻め入られたあと主塔に避難したわたしたちは塔ごと敵に燃やされちゃったんだ。奴ら一気にきてわたしとスチュワートしか、会議所に立てこもれなくてさ。ん……おいっ! セオ寝るな! こらっ」

「やめ、て、いま怖いこと言うの。……バシバシもやめて」



 ――諸々の出来事がありつつ城内を歩くうちに、メルがようやく半透明の足をとめる。主塔から少し離れた、居住塔の四階。ここが目的地だった。


「さぁ入って。わたしの元、寝室だよ」

 実体化した手でメルはドアノブをまわし木製のドアを開けた。埃が隙間から舞ったが蝶番はそれほど軋まなかった。「はやくしてよ」と急かされ、セオは考える暇なく部屋に入った。


 しんと静かな一室は、子供の部屋らしい可愛らしい雰囲気に満ちている。角を丸くした棚やテーブル、壁紙も年月で変わってはいるだろうが、優しい色味に塗られていた。廊下やドアで見かけた大量の埃と対照的に、ここにはそれがあまりない。


「……不思議だ。埃がすくないな」

「風通しの具合がよかったみたい。……で、見せたいのは埃じゃないの、わかる?」


 メルが視線を送ったさきには天蓋つきのベッドがあった。大人がふたり横になれる広さがある。王女が成長したときを考えてこの大きさにこしらえたのだろう。


 ……と、セオはいまさら気づく。この部屋はメルという小さな王女の個人的な部屋だ。居ていいのか、俺が。家臣の俺が。子供とはいえ女性の部屋に男である俺が。

 しかも、彼女がベッドを目線で示しているということは――


「俺はここで寝るの!?」

「どういう意味それ? 気に食わないのわたしのベッド!」

 メルが眉間に皺を寄せて怒り始めた。


「いや違う! たしかにずいぶん古くさいし、強度とか、綿の質とかゴワゴワに劣化していないかとかは気になったけれど、違って」


 ……弁解の順序を間違えた。彼女は両方の拳をきつく固め、ぷるぷると震わせている。後ろでは貼りつけた微笑のまま動かない、スチュワートも……。


「……寝ます。寝ますから」


 セオは鎧や靴を脱ぎ、感触を確かめるため、ベッドのへりにそっと腰をかけてみた。

 驚くほどに柔らかかった。六〇〇年のときの流れを感じないほど布地は滑らかで、埃やカビの臭いもしない。天蓋やそれを支える四本の柱には曲線が美しい浮き彫りの装飾が施され、薄手のカーテンが月光を透かしていた。


 したり顔のメルが腕を組むなか、セオは、そのままベッドに身体を預けた。柔らかな感触が身体全体に広がる。ふかふかであまりに心地がよい。このまま眠ってしまいそうだ。思い返せばここ数日は大変なことばかりで、野宿もあってまともに眠れずにいた。だから、この寝心地はある意味でずるい。


 身体が、意識が、ゆっくりと沈んでいく。

 沈んで、沈んで。……あれ?



 ギシッ、ガシシッ、ガタガタガタ……!


 突如、部屋が揺れる。その場にいる三人が驚くなか、床がヒビ割れ――

 セオが横たわるメル王女の天蓋ベッドは、寝室の床ごと奈落へと落ちていった。


「わたしの、ベッドがぁぁぁ――!」


 ふたつ下の階まで落ちたセオはふかふかなベッドのおかげで怪我ひとつしなかった。しかし今後の生活は、野宿と決まったのである。





「……ベッドの件だが」

「もういいよ。いまの私が使うわけじゃないしさ」


 城外の一角で、セオがつけた焚き火の炎が揺れていた。燃料はベッド落下の一件で手にした諸々の木材。

 使えなくなった布もきれにしてテントを張り、小さな寝床をつくりあげた。メルはお気に入りだったベッドが壊れたことで相当に意気消沈していたが、いまは持ち直している。

 スチュワートとともに、彼女は焚き火に木をくべるセオのそばで、倒れた石の柱に座りながら足をぶらぶらさせた。木が燃えるかすかな音が、しんとした敷地に鳴っていた。


「静か、でしょ。いつもこんな感じなんだ」メルは焚き火を見ながら言う。

「たしかすぐ後ろが内堀だったの。落城後に埋め立てられて。時間も過ぎて、境目がわからなくなっちゃった」


 横目で見たメルの顔は、昔を懐かしむようで、けれどやはり寂しげにセオは思えた。

「……どんな国だったんだ、リメイア王国は」

「えっ?」

「教えてくれないか」

 メルはすこしのあいだ、口をつぐむ。そして、話し始めた。

「小さな国だけどね、きれいで、素敵な国だったの」



 リメイア王国は山河に恵まれた、自然豊かな小国だった。自給自足のほかに、採掘した鉱石の輸出業とそれを加工する技術や商いが生まれ、いつしか小規模ではあるが商人の街もできた。鉱石の採りすぎは代々の王が許さず、かといって締めつけもせず、王と民が絶妙な均衡を保ちながら暮らしていた。


「わたしが生きていたころは父上が五代目の王だった。ほんとに口うるさい人でさ、わたしはいっつもガミガミ怒られて、……正直あんまり好きじゃなかったんだ。けっきょく病気で死んだの。母上はわたしが幼いころに死んじゃったみたい」

「幼い、って。……メルはじゅうぶん幼いが。いま何歳?」

「女に歳をきくのは失礼じゃないの。……一〇歳。もしかして六〇〇年を足したほうが?」

「ちがうけど……」

 メルは「もう」とほっぺたを膨らませたあと、話をふたたび始めた。


 メルが一〇歳のころ、争いと無縁だったリメイアに異変が訪れた。隣国、エギシアが突如として攻めてきたのだ。

 リメイアは国力が上のエギシアの兵に立ち向かい、一度は押し返したが、王が亡くなった直後の二度目の侵攻は成す術なく――


「リメイア城が攻められて死んだあと、わたしたちはいつのまにか幽霊になっててさ、それであたりを見渡したとき、城に居たのは戦利品を漁るエギシア兵たちだけだった。沢山の人たちが働いていたのに。みんな、どこに行ったんだろう。無事だったかな……」


 足をぶらつかせ、ため息を落としたメル。けれどだんだん、そのぶらぶらは激しくなって、


「あぁったく! ほんっとムカつくなエギシア国。……で、セオ。聞くけどエギシアはいまどんな感じ? わたしこの城を出たことないからさ。……この国盗って、自分のものにして、奴らどのくらい国を大きくした? せいぜい、ずいぶんとご発展されているんでしょうね――」

「……ここは『シュトルグ帝国領・第二六植民地』だ」


「……は?」

 ぽかんと口を開けたままのメルに言う。

「ここに赴任する直前にすこし調べた。五一年前にこの地はシュトルグ帝国と戦争になり、『土着の国』は敗北。以後は帝国のいち植民地として管理、運用されることになったそうだ。その国が、おそらくエギシアだったと思う」


 長くも短くも感じられた沈黙のあとで――

 空気がビリビリに裂けた。


「はあぁ――ぁぁぁああ!? なぁに勝手に滅んでんだあの国っ!? なに白々と消滅しちゃってんの! こっちにさんざん迷惑かけたうえに土着の国ヅラして負けましたって!? ふざけるなっ! ……ショックすぎる、こんなのベッドのあれよりショックだよ! しかも、そのなんとか帝国でっかいな! 二六個だぁ!?」

「俺も帝国の植民地、西方の、旧国名ユーク出身だ。……いまは第二九植民地と呼ばれているが」

「……ぜんっぜん知らない、あんたの国も帝国も。というか、増えたよね数字、いま」

「メルさま。その二国は私たちが生きた時代よりも新しい国でしょう。時の流れを思えば合点がいきます」


 なかば狂乱気味にまくし立てていたメルに、そばのスチュワートが口を挟んできた。


「私たちは六〇〇年ものあいだ、まともな情報を得ることなく暮らしてきたのでございますよ。セオさまの発言に驚かれようと、王女としての品格はお忘れなく」ごほんと咳払いした。

「臣下、に対してとはいえそのように乱れたお言葉は無視できませぬ。私はあなたのお世話係でありますから」


 スチュワートがメルを凝視する。メルは一瞬だけ怖がるそぶりをしたが、すぐに彼から顔が見えないセオのほうを向いて、舌を小さく出した。


「……こいつのこういうところ、わたし嫌い。あーもう! モヤモヤする。……そうだ」メルは何かをひらめいたようで、セオに尋ねた。

「ねぇセオ、あなたのことを教えて」

「え、いや。それは……」

「いまさら拒否しないでよ。わたしの気分直しに付きあって。たとえばさ、この城にやってくる前、何があって追放されたのかとかさ。だめ?」


 セオを見つめたメルは興味津々そうに、歳相応のきらきらした目をしている。セオはその輝きに押し負けた。


 月夜のもと、帝国から追い出された無職騎士は、語り始めたのだった。

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