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30. いい風だな


「いい風だな」


 鼻先を通ったそよ風に、腰を据えていたセオは顔を上げた。ゆったりと揺れる幌馬車の、その荷台から外を覗けば、きれいな青空だった。


 行きすがりの御者に頼んで、目的地近くまで送ってもらえることになった。リメイア城は、いまどれだけ遠くなったのだろう。荒れ地はもう見えない。青々とした草原には馬車の轍がずっと続いている。

 セオはこんな移動に良くも悪くも慣れてしまっていた。だが、これからはすこしだけ趣の違う、にぎやかなものになるだろう。となりに座る少女に、声をかけた。


「どうだメル。馬車移動も楽しいだろ、……ってやっぱり聞いてないか」

「わぁー! ねぇセオ、うさぎがいるよ」


 メルは幌にあいた穴から見える草原にはしゃいでいる。実体を完全に取りもどした初めは、空気の感触にすら嬉しがっていたのに、いまは道中で見つけた小動物に夢中でいる。普通の女の子に戻っていく彼女がセオには微笑ましかった。

 セオとメル、ふたりは城を離れることに決めた。行き先はセオの故郷、ユークだ。


 セオの視線にメルが気づいた。

「なによこっち見て。……はぁ、気が削がれちゃったじゃん。もういいや」

 不満げな顔でメルは、荷台の背もたれに身体を預けた。足をぱたぱた動かしたあと、セオに尋ねてきた。

「いいのセオ。……騎士、ほんとにやめちゃって?」


 セオは息をつき、頷いた。

「あぁ、決めたことだ。俺は騎士をやめる。ユークからの復権の求めも断った。……ちょっと大変だったがな。はやめの隠居生活というかたちでどうにか落ち着けた」ふっと笑った。

「同盟軍に入ったあたりからそうしようと思っていたんだ。失いかけていた誇りを取りもどして、守りたいものを守り抜けた。騎士としてやりたいことは十分にやりきったと思う。まぁ、シュトルグ帝国に追放されて似たような状態だったし。いい踏ん切りがついたよ」

「そう」

「メルこそどうなんだ? 俺に付いてきて大丈夫か」


 メルも、セオとおなじように間をおいて、答えた。

「現実問題のはなしね、生者になったいまのわたしは焼けきったリメイア城じゃ暮らせないでしょ。宝物もぜんぶ、シュトルグを経てエギシアのものになったから元手も無いしね。……帝国と違って、いまのエギシアなら民を幸せにできると信じる。戦いは終わった。生かされたわたしは、だからこそきちんと生きたいの」小さな身体でカミルの剣を抱いていた。

「それに、セオと一緒にいたい。これがわたしの答え」


「俺も正直、お前と一緒のほうが嬉しい。だから、ありがとう。これまでどおり俺がメルを守るよ」


 メルはその大きな目を、輝かせ、

「もちろんよ。こちらこそよろしくね、セオ!」

 無邪気な笑みをみせた。セオもつられて笑ってしまう。

 おたがい、人生の新たな門出は楽しくなりそうだと、そう思えたセオだった。



「いく場所は山だっけ?」

「あぁ、領地の山に小さな屋敷があって、そこに住むことになる。小屋なみに小さいからな、覚悟しとけよ王女さま」

「へぇぇー、わたしがお家の狭さでわがままを言う娘と思って? ねぇ、スチュワートもそうおも。あっ……」


 メルが顔を向けたさきには、誰もいない。

 知っていたはずなのに。


「そう、だったね。スチュワート、いないもんね」

「落ち込むなよ。また帰ってきてくれるさ。屋敷の場所は伝えたんだから」


 ――ピクシーをもとの形にもどしたあの夜、スチュワートは直前になって、ある決心を告げてきたのだ。


 ……『旅に出る』。彼は言わずもがな、外国の地に興味があった。実体の無い、いまの姿であれば未来を見るだけでなく、あらゆる場所へと一瞬で行くこともできた。だが生身の姿になれば不可能になる。スチュワートはひとり悩んだ末に決めたのだ。実体化する前に、あらかじめ行きたい地へさきに行っておきたいと。


『私も、メルさまと離ればなれなることには胸が締めつけられます……。しかしながら、やはりこの気持ちは抑えきれませんでした。……うぅ、お世話役として失格な私を、どうかお許しください』



「いまどうしてるのかな、スチュワート」

「あいつのことだ、どこでも暮らしていける」

「……だよね。けどわたし、ビックリしちゃって、なにも言えなかったからさ。面と向かって、またねとか、ありがとうって、ちゃんと言えばよかった……」

 そう口にしたメルは、寂しそうに肩を落とした。



 ――が、


「ぐすんっ。メルさまぁ、それほどに私をご心配してくださりますか。あぁ、涙があふれてまいりますぅ……!」

「……。え?」


 メルのとなりで、スチュワートが泣いていた!


「す、すすすスチュワートっ!?」

「はい、そうですが?」スチュワートは鼻をすすった。

「……じつは、行ったは行ったでよかったのですが、やはり私、メルさまが心配で心配で、……心残り(・・・)なのでございます。それで私はこの状態ですし、もとの鞘に収まろうかと。ただ、ちょっとだけ諸国は巡らせていただきましたが」



 鼻声のまま語ったスチュワート。それを見ていたセオは、あいた口がふさがらなかった。

 そして、もっとよくよく見ると、鼻をかみだしたスチュワートも、両手に持つちり紙も、いまだに半透明な姿で、うしろが、透けている……。


「……お、お前。スチュワート、まさか!?」

 スチュワートは、セオにのほうにゆっくり向きなおって、

 口に薄笑いを浮かべた。

「……そのぅ、セオさま。どうやら私、『本物の幽霊』だったようで、ございますね」



 漂った静寂。セオの身に這い上がる、あの感覚――

「ほん、もの……! ――いっぎゃあぁぁっ!! あ……」


「……はあぁ!? ちょっとセオ! いまさら気絶しないの! 起きなさい、おきろこらぁぁー!」



 朗らかな陽気のなかを、馬車はゆりかごのように揺れながら進んでいく。いつもの皆がいる幸せな荷台で、セオはしばらく意識を失っていたのであった。




◇◇◇

 大変ご無沙汰しておりましたみなさま。私、語りのスチュワートでございます。

 ……いやはや、まさか私がただ(・・)の幽霊だったとは。当時のセオさまのお心を乱してしまったこと、いささか反省しております。


 ごほんっ。これにて、私がお慕いする王女メルさまと、落ちぶれた幽霊嫌いの『無職騎士』セオさまが紡ぐ物語の語りに、いったん幕を引かせていただきます。

 ……おんや? そのお顔、もしかして「つづきを知りたい」のでございます?


 ふふふ。それについては私の勝手ながら、みなさま方のご想像に委ねてみたいと思います。

 なぜならば、あなたがた一人ひとりが思い巡らせた未来、そして世界は、どこまでもあなたらしく、自由に広がっているのですから。



 ……さて、私ちょっとした予定がございまして。私の能力はまだ成長途中。最近は未来を見るだけでなく、なんと過去やさらに過去の地にも飛べるようになりました!

 ですのでずっと疑問だったある場所に行こうかと思います。セオさまの幼少期、彼が『幽霊嫌い』になったきっかけの現場に。


 セオさまが言うには『幽霊のようなものを見た』のだそうで……。私がその正体をしかと見てご報告すれば、セオさまの幽霊嫌いも和らぐはず。私はなぜかその『未来』が見られないのですが、きっと、たぶん大丈夫でしょう。


 ではでは、またお会いできる日を私スチュワートは楽しみにしております。その日まで、みなさまごきげんよう!

◇◇◇



《了》



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