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3. さわっちゃった!?ゆうれい触っちゃったよ!

「とーっても古いからセオは気をつけてね。生身の人間は滅多に入らないんだから」


 窓からさす月の明かりを頼りに、セオは城壁内の廊下を歩いていた。道案内の幽霊ふたりに導かれて。一歩進むたびに床は軋んだりぐらついたり、不気味な不協和音を奏でる。視界を覆う薄暗さに、進路を把握するだけで精いっぱい。

 ただそれは物理的な意味にとどまらず、

「セオ足震えていない?」

「だだ、大丈夫……」

「あ、ちゃんとわたしが言ったとおり『ため口』で喋ってくれた。ふふんその調子」


 セオの語尾が小さかったことに気づかず、メルは喜んだ。右足を軸にくるりとターンをした。

「このリメイア城、わたしが生きていたころはすごく綺麗だったんだよ」




 セオが荒城に招かれたわけは、すこし前の出来事にさかのぼる。


「『家臣』……?」

「うん、家臣になって。セオはわたしを守る使命を負ってこのリメイア城に住み、ここを守るの。まぁ六〇〇年前も昔のおんぼろお城だし、わたしたち以外に誰もいないけどさ」


 メルは目をきらきらさせた。

「どう? まえのお勤めとたいして変わらないでしょ。いま無職なんだし、いいんじゃない?」

「ちなみにですがセオさま」スチュワートが割り込むように言った。

「もし私たちとお会いにならなかったら、今後いかにしてお暮らしになるつもりでしたか」

「……それは、」



 思い出す。石の柱に腰をかけ、思い悩んでいたことはふたつだ。

 ここで死ぬか、

 それかもうひとつは、己の技術を使って――

「――『盗賊になろうか』とか、お考えに?」

「……っ!?」


 スチュワートは、からかいにも自慢にもとれる笑いをのあと「これは失敬」と続けた。

「じつはですね私、幽霊になってから『未来』が見えるのですよ。あなたさまがこれからなにを言うか、はたまた何をするのかを先取りできてしまうのです。もし私が口を挟まなかった場合あなたさまは七秒後、重い口で『盗賊になろうと思った』と打ち明けるはずでございました。その言葉、自ら口にされるのはさぞお辛いでしょう?」


 いまだに微笑をたたえているスチュワートをセオは凝視する。……掴みどころがない人物。紳士風の幽霊が彼の目にはそう映った。


「ほかにも私は『遠く離れた地』にお忍びで赴くこともできるのですよ。たとえば最近私が気に入っている、九〇〇年後の極東にあるニャポンのという国では文豪が書いた『天変地異の末に廃れた都の門前で、盗人になろうか悩む男』の物語が有名です。まぁ結局、彼は盗人になるのですがね。あとその国では『黒騎士』にあたる浪人という存在もいまして。おっと、お伝え忘れておりました。いま私が着る服はこの地で三〇〇年後に流行る、『執事』なる職業の晩餐用礼装タキシードに……」

「スチュワート、さっきからうるさい!」

 メルが叱ったことで、スチュワートは口をつぐんだ。


「それでセオはわたしの家臣になるの? 答えて」


 セオはまぶたを閉じ、息をついた。

 ……相手は王女とはいえ幽霊だ。大昔に消えたよくわからない国の、死んだ王女の臣下になれ。あまりにもおかしな命令だ。かつ矛盾している。

 よりによって幽霊なのだ。落ち着け、落ち着いて考えれば、この幽霊たちは俺が思い悩んだ末に生み出した、単なる幻覚かもしれない。無職になった末に、自分は心すらやられてしまったのか。


 けれど、盗賊に堕ちるよりは、いささかマシだろう。そうも思った。

 死か盗賊になるか、……はたまた。

「……ずっとこのままでいるわけには、いかないしな」セオは、迷いを断ちきるために咳払いをすると、メルに片膝をついて礼をした。

「わかりました。貴女のご命令を承りましょう」


「やったぁ! でもねセオ。わたしに敬った言い方はやめて。敬称も無し、メルでお願い。わかった」

「わかりま、……わかった」


 セオの返答にメルは一瞬目を見開き、しかし、なぜか眉を下げる。それでもすぐに満足そうな笑みに戻った。

 ちなみに正式な騎士として認められる儀式『叙任の儀(アコレード)』はメルの意向で省かれた。セオが心のなかで『結局俺は無職なのか』と思ったのは内緒である。


「じゃあ住むからには城を案内するね。セオにオススメな寝るところもあるんだ。さぁ来て」




 幽霊ふたりに付いていくセオは、いまだ足元がおぼつかない。暗い廊下にひずむ床。吹きさらしの窓にはカーテンだったのかボロボロな布切れが、吹き込む風に妖しく揺れていた。


 とっても怖い、すごく怖い……! 暗いし床はグラグラだし変な音がするし。これなら、石柱があった場所のほうが少しは楽だったんじゃないか? いや絶対に楽だった!

 ひょいと幽霊が出てきそう……というかもうすでに出ているけども、俺を案内してくれているけども。そういうことじゃなくて、ちがう別のが……。あれ?


 先導するふたりに尋ねた。

「あの、ふたり以外に『仲間』は」

 メルとスチュワートは振り返る。メルが答えた。

「いないよー。わたしたちだけ。もっと居たほうがよかった?」

「ちがいます」

「えーっ、にぎやかになると思うけど。少なくともわたしは居たほうが、楽しいなぁ」


 そう言ってメルは「さぁ、はやく行こ」と、ふたたび静かな廊下を進んでいった。

 ……世話役スチュワートが一緒とはいえ、まだ小さな子供だ。寂しいのだろうか。物思いにふけりつつ、セオは彼らのあとを歩く。


「もう六〇〇年も昔なんだよ。ちょうどの日に、あなたみたいな騎士に出会えて嬉しかったな。だいぶ前、廃墟荒らしが泥棒にきた以来? あっそうだそうだ!」メルは急ぐように言葉を付け加えた。

「六〇〇年前の床だから底が抜けやすいの。気をつけて。あの泥棒もね、踏み抜いた廊下といっしょに落下してそのまま――。あれ?」


 メルが振り返ったさきに、セオはいなかった。近寄ると、

「あ、いた」

「わあぁぁっ! たすけてぇー!」

 真っ黒な穴が口を開けた廊下の端っこ、腐りかけの木片にセオはぶら下がっていた。


「何ごとですかメルさま。……あぁ、なる程」

「ほらセオはやく上がってきてよ! 飛べるでしょ、かんたんに。……あ、そうだった。あなたはわたしと違って生きてたのね。まったく」メルはスチュワートに言う。

「引き上げるの手伝って。わたしの言うとおりに」


 セオが必死につかまる木片は、いよいよ千切れようとしている。

「つかまって!」

 メルの小さな手がセオの眼前に現れた。しかしそれは幽霊の、実体がないはずの手だ。セオは拒もうとしたが、

「いいから、はやくっ」

 ――木片だけが千切れ、奈落のような穴に落ちていく。

 セオはメルの手を、掴んでいた。



 ズルリズルリとセオは廊下に引き上げられていく。メルが寝そべりながらセオを引き、その後ろで彼女の足をスチュワートがおなじく寝そべりながら支える、おそらく傍目から見たなら珍妙な状況だった。

 けれども引き上げられたセオにはどうでもよいこと。


「さ、さわっちゃった!? ゆうれい触っちゃったよ! どうしよう怖いこわ……え。どうして触れるの……!?」

「ふふん、しりたい?」メルは立ち上がり、『いたずらっ子』らしい笑みをたたえた。

「わたしの身体は、表面を一時的に実体化できるんだ。さっきは手だけを触れられるようにしたの。スチュワートはできないけどね。でも実体化していない幽霊の身体は触れるからわたしの足を持って手伝ってもらった。どう、わたしすごいでしょ! 褒めてもいいよ」

「いやその……」

「なぁんだ、つまんないの」


 セオは、疑問に思った。……いま俺が見ているふたりは間違いなく、幽霊だと思う。人づてに聞いたり、おとぎ話に出てきたりするあの存在と一致した部分があるうえに、彼ら自身もそう名乗っている。だけど、『未来』やら、『実体化できる身体』なんてものは……。


「あんたたち、ほんとうに幽霊なのか?」

 立ったセオの問いに対し、メルは「なに変なこと言ってるの」と、あきれた顔をした。両腕を広げて透けた身体を晒した。

「あのさ、これが幽霊じゃなくてあなた何に見えるの? もう行くよ。こんど落ちたら承知しないんだから」


 メルと、立ち上がってお辞儀をしたスチュワートはさきを進みだす。セオもしぶしぶあとを追った。

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