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28. しかし、この剣は、代々受け継がれている


「カミル・エーレンベルク! ……お前その格好は」


 カミルの全身は、マモノとおなじ深緑色の肉に覆われていた。生身が露出している部分は首から上しかない。そして、彼の両腕のさきはサーベルのような形の剣、……いやむしろ鋭利な牙というべき刃が、まるで肉から生えるように伸びていた。

 カミルは額に冷や汗をかいている。舌打ちをした。


「不服な経緯だがお前を殺らなければならなくなった。セオドア、覚悟しろ」

「ほほう、そこで生き残っていた敵はセオドア・ベルナルドであったか、ピクシーの小娘を守る堕ちた騎士よ」皇帝がセオを脅す。

「小娘の居場所を言え! いますぐ」

「そんな考えを続けるなら、あんたは永遠にメルを見つけられないな」

「……よかろう。この男を殺せ!」


 皇帝の一声にカミルは両腕の刃で構えをとった。

 セオは、メルに小声で言う。


「あのときどおり、いやそれ以上に補助を頼む」

(まかせて)

 メルを介し、ピクシーの力でセオの剣が強化される。構えた。


 訪れた一瞬の静寂、だがそれはおなじく一瞬で砕けた。

 セオとカミル、両者の刃がぶつかりあい、飛ぶ火花すら消えるほどに高速の斬撃がせめぎあう。


「すでに我われ組織は、ピクシーと同等のものをもった。セオドアよ、すでにこちらの勝ちは決まっている。せいぜいあがけ」


 皇帝が嘲うなかカミルはセオを蹴る。マモノの筋肉で強化された凄まじい脚力に、メルが対処するもセオは飛ばされる。広間のバルコニーまでセオは転がり、カミルが迫る。


(下に逃げて!)


 カミルの薙ぎをセオはバルコニーから降りて回避した。下階の廊下の窓に飛び移る。カミルも廊下に入り走るセオを追う。ドアが見えた部屋にセオは飛び込んだ。

 応接間のひとつだろう。カミルも突入し、刃と刃が軋みをあげる鍔迫り合いになった。


「ぐっ……! こいつに弱点はあるかスチュワート」

「意味のわからん独り言を!」


 カミルの横に振る両刃にセオは身体ごと飛びのく。メルの補助で余裕ある距離をとった。


「息がぴったりで助かる、メル」

(何となくわかるの。いまのわたしすごいでしょ)

「あぁすごいよ。で、スチュワートどうだ?」

「体内の透視は私できないのですが……ご要望に近いのを。数多ある『未来』に、あの男の右胸、心臓と反対側の胸を刺してマモノ肉の鎧を排除できたものがありました」

「十分だ、恩に着るスチュワート。やってやる!」

「追い詰められ狂ったか。なら楽にして、……っ!?」


 セオがカミルめがけ走る。

 剣の切っ先をカミルに、――刺した。



「……。惜しかったな」

「……っ!?」


 カミルは、紙一重で横に避けていた。セオの剣を、クロスした両刃で完全に固めていた。


「私は、勝つ。望みを、宿命を果たすために……!!」

 剣が軋みだす。ヒビが入り、

(そんな! 強化しているのに)

 真っ二つに折れた。


「だあぁぁ!」

 カミルの蹴りにセオは背中から、壁にぶつかる。うなだれ、動かなくなった。

(セオ! セオおきて!)

 カミルがセオに近づいた。右腕の刃を振り上げた。

「終わりにしよう。負けだ……!」



 ……だが、カミルは振り下ろさない。メルが立ちふさがっていたのだ。セオから抜け出た彼女は彼を庇うため両腕を広げていた。

 カミルがためらったその一瞬に、セオが動く。あらんかぎりに彼の右胸を、折れた剣で突き刺した。



 胸部分のマモノの肉が剥がれ露出し(肉の鎧の核だったのだろう)、刺された黄色いこぶが破裂する。

 マモノの肉も両腕の刃も、朽ちるように落ちていく。残骸は床から消え、残ったのは、刺されたカミルだけ。


 咳き込み、カミルの口から血がこぼれ出た。彼はそのまま、仰向けに床へと倒れた。


「やった、勝った……!」

「おい、俺から出るなと言っただろ!」

「セオさまご安心を。皇帝自らが言ったように、私の周辺はどれだけ接近しようと盲点に違いないようです。何も把握していないかと」

「……なら、ひとまずは。ただ油断は禁物だメル。肝に銘じてくれ。……あとは、助かったよ」


 セオは視線を倒れているカミルにうつした。彼がもともと身につけていた黒鎧はボロボロで、その隙間に剣が刺さっていた。


「まだ、生きているな?」

「……長くは、ない、肺に血が。皇帝め私を『実験体』に。やつに近づいた結果がこれとは」

「すまんが、皇帝がいる広間へはどう行けばつける」

「憎き敵の私に聞くか……。……廊下を西の階段で。例の石(ピクシーもどき)はやつの内部に、ゲホッ、ゲホ」


 メルは、カミルに近寄った。

「……ほんとはあなた優しいひとでしょ。セオとの間柄は聞いてる。でもあなたは、わたしを斬るのをためらった。こんな半透明で生身の姿じゃないのに」

「きみを、斬りたくなかっただけだ。第三区庁舎で会った以来か、あのときより元気そうだ」


 カミルは息をつき、セオに向いた。

「セオドア。ひどい思いを、させたな。私はただ、ある望みを果たしたかった。一族の野望で、私を縛り続けてきたいわば呪いを……。だから、どんな手を使っても奴らに復讐がしたかった、先祖が誰ひとり成就できなかった悲願を私が成し、そのさきの世界を、生きたかった。しかし、フッ。もう叶えそうにないか。もう十分だ、……我が一族六〇〇年の願い、ここで絶やそう」


「……六〇〇、年?」

 メルの問いに、カミルは答える。


「『国王お抱えの騎士に成り上がり、地位を築き、その王を殺して自らが王になる』……。皇帝はそこまでは知っていた。ただしヤツはうぬぼれで節穴だ。その野望には続きが、あるというのに」

 息を整えた。大切そうに言葉を選んだ。

「『王として国を統治したあと、……消えた『祖国』の地で囚われている王女を救いだし、お迎えする。騎士の務めにもどり、お慕いする王女とともに、祖国を再興する』……。これが一子相伝で伝わる、野望だ。六〇〇年のあいだに言葉が消えたのか、どこの国の、どんな名前の王女か、まるでわからない。こんな意味がわからないもの、正直馬鹿らしいと思われても仕方がないだろうが」


 メルは、目を見開き、そして、

「まさか、そんな、ことが」口を震わせた。

「……クラウス、なの、あなた!?」


「なんだと!」

 セオも驚愕していた。メルが大好きだった、しかしリメイア国を裏切ったとされていた六〇〇年前の騎士。彼女の話によれば敵国側に殺されたはず。だがカミルがクラウスの子孫なら、……いや、どういうことだ。


 スチュワートも驚いていたが、「たしかに」と手を顎にあてた。

「リメイアに、我が敵国エギシアからクラウス・エアハルト卿の亡骸自体は届きませんでした。送られたのは目玉がひとつ。もしあの目が本物だとしても、いま思えば彼が生きていた可能性を、たしかに否定はできません」

「……ピクシーがわたしに見せた過去の出来事に、クラウスと父上が話しているものがあったの。彼に説得されて父上は『任務を命ずる』って言っていた。クラウスはわたしを救うことを望んでいた。その命令のあとリメイアを去った。……つまり、」


「ぜんぶ、任務のうちだった。エギシアに渡ることも、死んだとリメイアに思わせることも」


 つぶやくセオに、メルは頷いた。


「お前たち、いったい何を、話している……」

「カミル、さん。あなたのご先祖に、隻眼の騎士はいなかった?」

「先祖については、知らない。しかし、この剣は、代々受け継がれている」


 カミルの指示どおりにセオが彼のソードベルトから剣を取り外す。トンボ(Libelle)の装飾、その側面を三回押し、頭部を押すとと――装飾が外れた。


「王女を救うとされる、宝石だ」

 剣の柄、その奥に透きとおった石がはめ込まれていた。メルが首にかけるペンダント、ピクシーとおなじ青色。そしてその大きさは、リングの形をしたメルのピクシーに嵌るサイズ。もはや、疑いようのない事実だった。



 敵も味方も騙し、ほとぼりが冷めたあとで敵国の排除と祖国の再起を図る。……あまりに危険かつ無謀な作戦。

 彼一代で成せず、六〇〇年もの膨大な月日と、正確な目的や敵のエギシアすら失ったことを考慮すれば、任務そのものは事実上失敗したといえるだろう。

 だが、分割されたピクシーのおかげでメルの命はつながれた。あの破滅的な力をもつ準結晶を破壊せずに敵の目から消した。そしてエギシアは高位次元に入ったピクシーを見つけることができなかった。クラウスは成し遂げたのだ。すべては『片割れ』の存在を隠し通したから。

 すべては、メルのため……。


「メルさま、こちらの装飾はトンボであります。別名は悪魔の針。しかし東の遠いある地ではこうも呼ばれます、『勝ち虫』と。そしてトンボの習性として、……『かならず、戻ってくる』」


 メルの声は、湿っていた。

「……わたし、彼に『あなたがいる、このリメイアが好き』って言ったの。……クラウスのばか、素直に言ってよ。……でも、わたしは、もっとばかだった。わたしの言葉で任務を受けると、決めたはずだから」

 メルは涙が頬に垂れるまえに拭った。カミルに言う。

「わたしメルは、あなたの一族が救おうとした王女です。国の名はリメイア。一族の願いを、わたしは叶えることができます」


 声を整える。一国の王女として。

「カミル・エーレンベルク。務めを守り通したこと、戦い続けたこと、まことに大義でありました」


 短い沈黙のあと、返ってきた彼の声は弱々しく、けれども、まっすぐだった。

「こんなことが、おきるなんて……。感謝を、いたします、メル王女さま。ありがたき。あぁ、私は、幸せもので……」



 息絶えたカミルの顔は、穏やかだった。


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