26. こちらですか。『紅茶』にございます
「セオドアいるか!」霧の向こうから声が聞こえ、男が現れた。
「よかった、無事だな」
セオは、その男に驚いた。
「アーヴィン!? お前、どうしてここに。手下は? その格好は」
「……訳があっていまはお前とおなじく同盟軍にいる。あのあと、シュトルグに取り立てられたんだが、虫の知らせを感じてな、仲間と逃げた。そしたら成り行きでこうだ。隠していたことは謝る。……どうも、バツが悪くてな」
頬をかき、よそ見をしながらアーヴィンは答えた。
「たださっきの動き、見事だった。なんだあれは」
「ええっと……まぁ、俺も『訳があって』としか言えない。お前にも言えん秘密だ」
「フッ、冗談すらうまくなったか。秘技なら、仕方ないな」アーヴィンは、セオに姿勢をただす。
「ありがとう。おかげで勝てた」
「……いや。俺はシュトルグの騎士にマモノたちの『本体』を奪われた。すまない。それが皇帝に渡ってしまう」
「悪い癖だぞセオドア。私たちは生き延びることができた。これはじゅうぶんに勝ちに値する。誇れ」
アーヴィンはセオの肩を軽く叩いた。
その夜、セオは同盟軍のとある仮設兵舎に向かっていた。皇帝が語りメルが知ったあらかたのことはセオと共有済みだ。メルは半透明の姿で、セオについていった。
「アーヴィンに会いに行くの?」
「あいつのところじゃない。『今回の作戦』の報告をしにいくんだ」
等間隔に設営された一般兵用のテントをつぎつぎに通り過ぎながら、セオはメルに説明した。同盟軍が決行した作戦とは『兵器の輸送阻止』。同盟軍は、敵が総督府を訪問する皇帝に『謎の兵器』を送ろうとしていると察知した。それを止めるために輸送中の隊列を待ち伏せし囲んだのだった。
「スチュワートに頼んで、天候が悪化する時間帯、囲みやすい地形を予知してもらった。だよなスチュワート」
「ええ」スチュワートがひょいっと姿を見せた。
「私が見たものをもとに、セオさまが軍にそれとなく提案する……。なかなかよいチームプレーでございましたよ。……ズリュリュリュ……」
「スチュワート、その手に持っているものは何?」
「こちらですか。『紅茶』にございます。約一〇〇年後に伝来する飲みものですよ。これは霊体にしたものでして味わうこともできます。器も美しいでしょう? ……ズリュリュ。よければメルさまも」
「器はきれいだけどあんた飲みかた汚い。それに飲みかけの嫌だしパス」
「着いたぞふたりとも」
明かりが漏れる大きなテントのなかへセオは入った。中央には長机が置かれていて、兵や士官らしき者らがたくさんいた。
と、
「では、わしはもうよろしいですかいな……」
兵にお辞儀をした老人が、セオのいる出入り口に歩いてきた。
「え? セオあのジジイって」
「ビックリだよな。『質屋の爺さんだ』」
「おや若いの、おっと……。ベルナルド殿と呼んだほうがよいかのぅ」
セオは「どちらでも」と言って両肩をすくめる。質屋は、顔をしわくちゃにして笑った。
「また面白い品物を見せてくれな若いの。じゃあのぅ」
質屋の老人はヨボヨボとした足取りで、セオに手を振り去っていった。
「あの爺さん、昔からエギシア再興軍側のスパイだったそうだ。同盟軍に名が変わっても、質屋の情報網で帝国の情報を仕入れてくれている。各植民地の宝物を諸国に返せたのもだって、爺さんが窓口になってくれたおかげだ。俺が怪しまれないようとり繕ってくれたりな」
「……しんじらんない」
「ベルナルド殿、こちらへ」
兵に呼ばれ、セオは長机に進んだ。机を囲んで座る同盟軍の者たちが、セオに視線を注ぐ。そのひとりが口火を切った。赤髪である彼は、漂わせるものが他の誰とも違っていた。それはまさに威厳だった。
「よくぞ戻った。待っていたぞ」
「お言葉、恐悦至極であります。同盟軍、エギシア亡命王政陛下」
「陛下……、エギシアの、王様……」
メルが驚くなか、セオはエギシアの王に自分が見聞きしたこと、知っていることを伝えた。メルやスチュワート、メルが身につけているピクシーのことを除いて。
聞き終えたエギシアの王は、考え込むように唸った。
「ではシュトルグが輸送していた兵器の威力が、あの惨状だと」
「そうです。マモノの本体は準結晶とよばれる、たったひとつの石でした。見たかぎり大きさは両手に収まるほどです」
「一個の石ころでか……。信じがたいが、受け入れるほかあるまい。今作戦の我が兵の損失は四割にのぼる、わずかな時間のあいだに、だ。マモノ化に巻き込まれたシュトルグ兵は全員が死んだ。発端は総督のボラスだろうが、やつの骸はとくにひどい有様だったと聞く。……恐ろしいな。貴殿の活躍がなければ、敵も味方もすべて死体になっていた」王は、椅子から立ち上がった。
「礼を言う。すばらしい働きであった『烈風のセオドア』」
セオは、王に敬礼をした。……故郷ユークでつけられたふたつ名を賛辞の言葉として呼ばれたことが、ありがたく、それ以上に懐かしく感じた。
「陛下。ピクシ……いや、準結晶はいかがいたしますか」
「……無論、我らの手に余る代物、いや危険物だ。奪取できたなら破壊する」
「恐れながらそれがよいと、自分も思います」セオは「ちなみに」と、ひとつ付け加えた。
「この地には『リミーアの妖精』なる寓話がございますが、ご存知ですか」
「知っているとも。……おぉ、なるほど。たしかに状況が似ているかもしれん。マモノにはなりたくないものだな。心に刻もう」
エギシア王は椅子に座る。セオに「よい知らせがある」と、続けた。
「貴殿の祖国、旧ユーク側も同盟軍に加盟する知らせがきている。ベルナルド殿、この短いあいだに諸国の抵抗勢力をまとめ上げ、ひとつにした功はひと言では語れぬほど偉大だ。ユークが復興した暁にはそなたは騎士としての名誉を確実に取り戻せる。故に、ともに挑もう。貴殿はユークと諸国の解放のために。我らは諸国とエギシアの再興のために」
王の言葉に、まわりの者たちが肯定の声をあげた。
エギシアを甦らすため……。彼らの様子を見ていたメルはしかし、とある兵を気にしていた。
「……あらためて驚きでありますね。私たちが『幽霊』ではなかったとは」
「俺もお前たちが幽霊じゃないとわかって、なんだかホッとしたよ。ははは……」
軍が用意したセオ専用のテントで、三人はふたたびピクシーやその能力についての疑問を話しあった。たとえば『なぜピクシーは所有者ではないスチュワートも巻き込んだのか』などだ。スチュワートは勝手な仮説をたて、『メルが自分を所有しているから』と言った。メルは彼を気味悪がったが。セオはそんな二人をなだめた。スチュワートはメルに不満そうに口を尖らせ、紅茶をすすった。
「私とセオさま、頑張ったんですよ。もうすこし柔軟にお考えを」
対してメルは「そういえば」と、彼の話題を完全にひっくり返した。
「なんでさ、スチュワートは拘束中のわたしがセオの身体に入り込むと脱出できるって、わかったの?」
「ふぅむ、お気づきになられましたか」スチュワートは得意げに両眉を上げた。
「私も成長したのですよ。メルさまが連れ去られたときは、無念ながらその未来をうまく読めませんでした。おそらく、『皇帝とやらがもつ力』と相性が悪いのでしょう。……なので逆に考えました。『読みとりにくい未来』が現れたなら、帝国が動いている証だと。そうして奮闘、努力するうち、なんと読めるようになってきたのですよ! おかげでメルさまを救えた。我ながら自分を褒めたいです」
「けど皇帝はあんたを知らないみたい。あ、つまり皇帝がわたしとピクシーをずっと見つけられなかったのって、」
「『私がいる周辺は皇帝の盲点になる』、のでしょう。なにせメルさまと私は六〇〇年間、ほとんど一緒にいましたから、リメイア城で」
「……っ、いまのリメイア城は。やつら火をつけたけど」
「広く燃えました。残念です」
「そっか……」
メルは、黙り込む。うつむいて、
「……もうあとには、引けないんだね。あのねセオ」
顔を上げ、メルはセオを見つめた。まっすぐな眼差しだった。
「軍のテントでエギシアの王に会ったときだけど、」
「……はっ、すまん! そう、だよな。気に障ったか」
メルは首を横に振る。
「……ううん。じつは、王様じゃない、別の人が気になったんだ。よく似ていたの、リメイアの士官に」
「な!?」
驚くセオにメルは、笑った。
「もしかしたら、リメイアの民の末裔かもしれないの。ピクシーがわたしに『過去』を見せてくれたときがあってね、父上は国の民を生かすよう全力で策を練るって言っていた。それがうまくいっていたとしたら、旧エギシアにはリメイアに暮らしていた人の子孫たちがたくさんいる。当時のわたしが城で、街で顔を合わせたり、話したりしたひとの家族がこの地にはたくさん……。あの兵を見たときにね、素直にそう思えたんだ。わたしはピクシーや皇帝から、自分の国に何が起こったのかを知った。……わたしね、エギシアがリメイアを攻めたわけが、すこしだけ理解できた気がする。あんなに強大で、兵器になる恐ろしい力は誰も放っておかない。リメイアは自ら国の体をやめた。父上のあの決断は、完璧に正しくはなくても、ひとつの『正解』だと思う」
話すうちにこわばっていた身体を、メルは吐息といっしょに緩ませた。
「セオ。わたし、ずっと逃げていたんだと思う。リメイアっていう国はもうない。だけど、廃されたリメイアの王女して、王族としての使命は、まだ残ってる。だって、守りたいものがあったんだから」セオに言った。
「だからシュトルグも皇帝も倒して、この地の民を救う。全力で戦おう、セオ!」
セオは息をのみ、そして、
「あぁ、ここからが正念場だな。やろう」
メルに強く応えた。




