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22. あなたがいる、このリメイアが好きなの

「セオっ! ……このっ、どうして出られないの!?」


 客車の窓をメルは叩く。いつもなら石壁すら通り抜けられるはずなのに、いまはなぜかそれができない。外を走るセオの姿が土煙に埋もれて、見えなくなった。客車にはほかにボラス総督と兵隊長、そして技師と呼ばれた男が乗っていた。技師は『正五角形を組み合わせた立体構造の赤い石』を大事そうに両手で持っている。

 ボラス公爵は揺れる客車のなか、背もたれに身体を預けた。


「兵隊長、エーレンベルク( カミル )卿は?」

「先行する貨物馬車に乗ったそうです」

「……食えないやつめ」


 メルはボラスに振り向き、がなり声を放った。

「ここから出しなさいよクソジジイ!」

「はぁ。まさか人をさらうことになろうとは。……技師、この娘をおとなしくさせろ」

「承知しました。たしか、これで」

 技師が、石をくるりと回す。すると、

「……あ、れ?」

 メルの意識は、すぅっと遠ざかり――深い眠りに落ちていった。




『王女! もう降りてきてください』

『ください、は無しって言ったよね? あとメルって呼びなさい。言うこと聞かなきゃ降りてあげなーい。はい、もういちど』

『……まったく。……はやく降りてきたらどうだ、メル!』

『ふふん、よくできました。それでこそわたしの友達』


 城を望める丘の木、その太枝から飛び降りたわたしを、あのひとは必死そうに両腕で受け止めてくれた。困った顔もしていたけれど、すぐに笑顔になってくれた。

 ……懐かしい。彼はクラウス・エアハルト。わたしの大切な、大好きだったひと。このころはまだ、友達の気分でいたっけ。


 なんで、こんな光景を見ているんだろう……。夢? まぁなんだっていいや。すごく懐かしいから。

 たくさん流れてきては過ぎていく、クラウスとの思い出……。嬉しいのに、悲しくなる。


 でも――

「……えっ?」


 つぎに流れてきた景色を、わたしは覚えていなかった。ちがう、これはそもそもわたしの記憶じゃない。視点だって低くて、おかしい。

 地下の宝物部屋に、わたしの父上――リメイア王がいた。大臣もふたりいる。王が言う。


『これは……! すばらしいな』

『まさに百人力の働きでございます。順調に進めば部屋まわりの罠は三日で完成するでしょう』

 大臣はリメイア王にそう報告した。

『革命、だな。我が国は以後、豊かになるだろう。研究、検証を続けよ』



 景色は暗転し、今度は曇り空が見えた。風がそよぐ。草の匂いと、ねっとりとした鉄の臭い――



 ふたたびの暗転。

 ……ここは、王の部屋。父上に怒られた思い出ばかりの嫌なところ。でも父上のリメイア王は、ベッドのなかで弱りきっていた。


『王様。恐れながら私は、その方針を認めることはできません!』

 クラウスの声……。王のそばに立っていた。彼は怒っている。


『国ごと、滅ぼすなど……! 民や城の者たちを巻き込むとは愚かです! 王女さまを、……メルさまを殺すおつもりですか』

『お前も惨状を見ただろう。非生物で検証していた初期の時点で気づくべきだった。アレの力は、破滅をもたらす。そのうえ人の欲を呼び寄せる。余は間違えた。いまアレを壊しても技術、技法の残滓は国に残る。エギシアに知られた以上、もはやためらってはいけない』王は咳き込む。それでも言葉を続けた。

『民の生存については全力で策を練ろう。だが王族は』

『私は、メルさまだけでもお救いする覚悟です』


 王は黙った。そして、枯れた声を出す。

『……貴殿は、それほどに我が娘を守りたいか。あぁ、……わかった。余も、ほんとうは……。ひとつだけ、かすかな希望はあるのだ。エアハルト卿、貴殿に、リメイア国、最大の任務を命ずる。どうか引き受けてほしい』



 暗転。――城の庭に、クラウスとわたしがいた。……覚えている。このころに父上からペンダントをもらったんだっけ。


『なぁメル、……きみはリメイアで生きていたい? それとも、生きていたらそれでいい?』

『なにその質問? エギシアを追っ払えたんだから弱気にならないでよ。……あ、ごめん、ちゃんと答えるね。……わたしはね、リメイアが好き。あなたがいる、このリメイアが好きなの』


 胸元にあるリング状のペンダントが、陽の光に輝いた。




 つぎに暗転はなく、メルの視界は光に包まれ、まぶたが開いた。


「ここ、は?」


 レンガ積みの、薄暗い部屋にメルはいた。人の気配はまったくない。窓もなく左右の壁には備え付けられた松明が燃えている。滴り落ちる水音も聞こえた。ここは地下なのだろう。半透明の身体を動かそうとしたが、なぜかできなかった。さらに自分の意思に関係なく、宙に浮いていた。

 わからないことが多すぎて、記憶を整理してみた。……たしか、馬車とか兵隊とかが城にきて、総督とかいう偉そうな男がわたしを誘拐して、あっ違う。技師が連れ去ったんだ。あいつらはシュトルグの手下で、しかも姿を認知されていて、『変なかたちの石』がわたしの自由を……、え?


 いまさらメルは気づく。正面に、例の技師が持っていた赤い石がある。祭壇のような台に、置かれていた。

 ――すると、


『目を、覚ましたか』

「……っ!?」


 声が聞こえた。でもその出処は、祭壇の石……信じられないけれど、紛れもない事実。さまざまな声を綯交ないまぜにした、もやがかかったような声だった。声の主はメルに言葉をかける。


『そなたをかどわかしたことは詫びよう。従ってくれるのなら、危害を加えん』

「余、って……?」

『余は、シュトルグ帝。この石は、遠隔地に余の力を放つための小道具だ』


 メルは思わず息をのんでいた。リメイアを滅ぼしたエギシアすら滅し、数多の国すらも平らげた大帝国……。その皇帝がいまここで喋っている。セオから話は聞いているし、力とか、いま目の前で起きていることも得体がしれない。

 だがシュトルグ帝は、身体をこわばらせるメルに気にも留めず、だんだんと嬉々とした口調になっていく。


『ようやくだ。ようやく! 待ち望んだ悲願! 三〇〇年間、探し続けた甲斐があった』

「三〇〇、年?」


 メルの問いに、皇帝は答えた。

『そなたには、すべて話そう。余は……いや、厳密には我われは、ある学問を探求する組織だった。それの最高傑作が、そなたの胸元に下がっている、石だ』

「えっ……」


 メルは、ペンダントの『宝石』に目を凝らす。リングの形をした青く澄んだ石を……。


「でもこの石、もう実体はないよ。わたし幽霊だし」

『幽霊? ふっ、そんなものが真に存在すると思ったのか。そなたは、幽霊ではない。石の力により、石もろとも『高位の次元』に封印された生者なのだ』


 ――幽霊、ではない……。その紛れもないひと言に、メルの頭は真っ白になった。わたしは、自分が幽霊だとずっと思いこんでいた。そうとしか考えられなかったから。でも目の前で喋る声は、そんな考えをあざ笑った。



 皇帝を名乗る声は、語り始めた。

『その石は、特殊な構造の石だ。そなたの国の名はリメイアだったか。鉱物、鉱石についての知識は相当にたくわえていたそうだな』

「……リメイアの重要な貿易品だからね。そんなのあたりまえ」

『だからあれの価値を見いだせた、そして、盗んだ(・・・)と』

「……は?」


 メルを無視して皇帝は言う。


『まずは余、もとい我われがなにを研究していたかを話そうか。……鉱石や鉱物は、大きくわけて三つのかたちが存在する。「結晶」、「非晶質アモルファス」、そしてそれらと一線を画した、三つめの形態。……我われはその個体物質「準結晶」を研究していた。硬度が高く、もとの素材と逆の性質をもてる、あらゆる面で特異な物質。我が組織の先代はこの物質の構造を、人がこの世で知る、「三つの次元がつくる空間」ではない、「もっと高い次元の物体が落とす影」であると結論づけた。……準結晶はそれだけですばらしい物質だ。しかし先代はあることを想定したのだ。――存在する準結晶のなかには、影にとどまらず、「高位の次元とつながる、孔があいているものがあるのではないか」と……』


「その、準結晶がわたしの国に関わりがあるって、言いたいの?」


『無論、大ありだ。研究を大きく後退させた、という意味で』皇帝の声色は憤りを帯びたものになる。

『先代の組織は研究と探索のなかで、ついに発見したのだ。高位次元とつながる、孔をもった準結晶の原石を……! その石はそなたの時代よりはるか昔、高い空から降った星くずが、空中で大爆発したことで生じたもののひとつだった。当時の事件を記した一〇〇〇年前の古い文献には、「孔を有する準結晶がもつ恐ろしい力」が雄弁に語られていた。先代は発見したこの準結晶に名をつけ、技術的な細工と装飾を施した。名は「ピクシー」。とある西方の妖精が由来だ』


「妖精、……絵本?」


『そうだリメイアの王女。この地域には『リミーアの妖精』という寓話がある。似た話はこの世にたくさん存在するが、まさかこの地が原初だったとは……。あの寓話はそなたの国の歴史。正確には侵攻国――エギシアから見た滅亡史だ』

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