19. あの男は変わらず、騎士をやっていた
セオはアーヴィンの隙を見逃さなかった。まさに一瞬。彼の剣を下へ払い、柄頭で殴り、膝をつくアーヴィンの首に刃をあてがった。
落ちている剣を足で払い飛ばすと、無風の荒れ地に土埃が這っていった。
「……いつでも斬れる。アーヴィン、お前は負けた」
アーヴィンは呆然と、セオを見上げていた。……初めて、勝敗がついた。あの演習でも決着がつかなかった戦いが、それも気づかぬうちに。
どうして、こうなった……。たどった記憶から、アーヴィンはその原因を理解した。
「ぼ、ボス!」
「いま助けます」
「くるなお前たち……!! もう、戦うな」
アーヴィンの命令に、賊たちは従った。セオに言った。
「セオドア、なぜいますぐ斬らない?」
「……斬ればお前の仲間が厄介だ。俺は昔から余計な殺しは控える。お前も知っているだろう」
「……ぷっ、ははは。変わらないんだなお前は」アーヴィンは力無げに笑うと「わかった」と言い、続けた。
「お前の要求をのむ。ここを去ろう。もとは単なる遠征だ、……二度とこの地にくることはないと、固く約束する」
賊である仲間全員をアーヴィンは集めた。気絶した者や、井戸に落ちた者、セオに斬られた者も……。井戸の賊は盗賊団が用意していた布からつくった縄ばしごで引き上げ、斬られた男らには即席の包帯で応急措置を施した。
「助かりますかねボス」
「傷自体は思ったほど深くなかった。セオドアが言うには『清潔な布と針糸で止血してこまめに傷口をきれいにすれば、かならず助かる』と言っていた」
「かならずって、……あの男は占い師か何かですか? まるでさきが読めるみたいに」
「いやあの男は、……まぁよそう。どこかで知識を得たんだ」アーヴィンは、馬にまたがった。
「出発だ。拠点に帰るぞ!」
盗賊たちを引き連れなながら、アーヴィンは振り返る。荒城を背にこちらを見つめているセオが、そこにいた。
……私は、間違えていたのだろう。自分自身が何者かを、何を求めて生きてきたのかを。
あの戦いで私は復讐――怒りに剣術を鈍らせた。己の判断力すら過信し、結果的にセオドアにつけいる隙を与えた。なぜなら、私は自分を見失っていたからだ。だがセオドアは違った。ヤツはいまも一途に剣を振るっていた。あの姿は使命のために勇む戦士にほかならなかった。そしてこうも言っていた。……『約束』をしたのだと。
相手は誰かはわからない。私がセオドアに負けを認めたあのとき、例の『視線』をたどってもそこには何もなかった。教えてもくれなかった。セオドアには何が見えていたのだろう。私の単なる勘違いか、それとも……。
だが、相手がセオドアにしか見えない幻だとしても確実なことがある。この男は私よりもまっすぐに生きている。国が潰れ、栄誉を失ったおなじ立場であるが、私はセオドアに戦うまえから負けていたのだ。
宝箱の中身は仲間の溜飲を下げるために一部はもらったが、ほとんどは盗らなかった。宝以上に得たものがあるからだ。
もう、会うことはないだろう。しかとヤツの姿を目に焼きつける。
あの男は変わらず、騎士をやっていた。
夜も更けたリメイア城のテント前は、いつも以上のにぎやかさだ。盗賊団の襲撃という危機を乗りこえた祝いに、セオたちは備蓄の食料をちょっとだけ多く引き出して、小さな晩餐会を開くことにした。といっても参加者は生者ひとりと幽霊ふたりであるが。
シチューを煮て、肉やパンといっしょに食べる。干し肉が味のアクセントになったシチューが思いのほか美味しくて、セオは自画自賛しつつ幽霊ふたりに匂いを振る舞った。街で買った酒をすこし飲んだせいか饒舌にもなって、スチュワートと他愛のない話で盛りあがったりもした。焚き火しか明かりのない荒れ地の夜空には、きょうも星が輝いている。スチュワートが離れたことで会話が一段落し、晩餐も終わったセオは、倒れた石柱のうえに横になって、星を眺めていた。
「きれい、でしょ」
「……だな」
「ねぇセオ。……生き残ってくれて、ありがとう」
セオは起き上がる。メルは恥ずかしそうに、けれどはっきりとそう言ったあと、ごまかすように無邪気な笑顔になった。
「あんたは、わたしの騎士なんだからさ、これからもちゃんと守ってよね」
セオはなんだかこそばゆい気持ちにもなって、気づけば口角を上げていた。「もちろんだ」と肯定しつつも、メルにこう付け加えた。
「だが、……俺は『騎士』、でいいのか? 傍から見れば無職の男だし。それに叙任の儀だって」
メルは、目を伏せた。
「最初に出会ったとき、わたしがあなたに叙任の儀をしなかったのは、クラウスのことが頭をよぎったから。もうわたしを守る騎士が死ぬのが怖くて……。それなのにわたしは寂しくて、でもあのころを思い出したくもあって。だから……」
以前にスチュワートが話してくれた言葉をセオは思い出す。――ごっこ遊び。……いまならばその意味がわかる気がする。彼女はクラウスと過ごした時間をもう一度追体験したかった。それが俺に務まるものかはわからない。おそらくこれからも。ただそうであろうと、俺の気持ちは変わらないのだ。メルは途切れた言葉をつないだ。
「ごめんね。いまからでも叙任の儀はできるから、やらない?」
「いや、いいさメル。いまの俺は儀式より、メルの気持ちを知りたい。どうかな」
「……あなたは、もうアコレード以上のことを、わたしにしてくれてる」
セオはメルに、優しく頷いた。
「ならば、それで充分だ」
焚き火の赤々と燃える炭は優しげな音をたて、彼らを照らしている。スチュワートもしれっと戻ってきたテント前で、三人は、満天の星々を眺めるのだった。