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18. 俺は、この役目がとても誇らしいと思っている

「どうです。これはぜったいに値がつきやすぜボス」


 賊は誇らしそうに歯をみせ、アーヴィンに『成果』を掲げていた。それは差し込む陽にきらきらと光る物体――

 アーヴィンは物体を凝視した。だが彼は、賊の予想を覆した。


「……ふざけるな!! そんなものまともな値になりはしない。それは、割れて価値が目減りした水晶のクズだ」


 賊がアーヴィンに見せていたものは、先端が欠けた薄ピンクの色水晶だった。欠けた断面に凹凸は少なく綺麗であるが、そこに大きな価値はない。


「発色も透明度も低い! 我われはもっと価値のある宝を探している! 他にはなにがある。……駄目だそれもクズだ!」


 普段らしくないアーヴィンの激しい罵声に賊の手は震えた。ほかに入っていた宝物をアーヴィンに次々にみせたが、ほとんどが『不要』か『価値なし』と断ぜられた。


「ほかに箱は! 答えろ」

「……見つけたのは、これだけです」


 賊は、肩を力なく落とした。アーヴィンは歯軋りした。苛立つ自分に気づいて、落ち着くために深呼吸した。


「くそ。……おかしい。あいつはまともな宝を運んで逃げたのか。それとも――」

「『お宝はそれだけ』だぞ、アーヴィン」


 聞き覚えのある声にアーヴィンは目を向ける。城の壁際には、セオが立っていた。



 作戦その三、宝物は『浪費しきった』と思わせる――

 これがメルが提案してきた作戦の、一番重要な一手だった。価値が低いものばかり詰めた宝箱を見つけやすい場所に用意し、これを賊の手にわたす。ちょうど最適な宝箱が倉庫にありそれを使った。また、いつもの宝物部屋から(スチュワートの力を介して)まともな宝物を一個だけ入れておいた。現実味を増すためだ。


「アーヴィン、お前の期待にそえなくてすまんな。……この城にあるお宝はもうそんなものしかないんだ。換金を繰り返して、売れるものがほとんどなくなってきた。そんなころにお前たちが来てな。……残念だが」


 セオはアーヴィンにため息を落としてみせた。

 賊とアーヴィンの目には見えないが、セオのとなりにはメルとスチュワートがいた。


「いやはや、想定される範囲内で罠にかかってくれてよかったです」

「あんたは未来が見えるでしょうが。あ、あいつら顔まっ赤だねー」


 思いもしない事態だったのだろう。賊たちは若干の沈黙のあと、怒りだした。


「使い、果たしただと……!」

「ふざけんなっ」

「このやろうどうしてくれる」

「お前たちは黙れ!!」


 アーヴィンの怒声に賊たちは静まる。彼はセオに尋ねた。その顔は、どこか喜んでもいるようだった。


「また会えて嬉しいよセオドア。で、おもしろいことを言ったな。『宝がない』だ?」

「あぁ。空箱でよければ渡そうか?」セオは続けた。

「いまさっきあんたの仲間が手に入れた宝をぜんぶやる。だからそれを持って、ここから去ってくれ」


 アーヴィンは吹き出し、大笑いを始めた。

「……ははははっ! じつにおもしろい、おかしいことを言う。このぼろぼろな廃墟に宝がないのなら、お前はどうしてここに居座っている? 矛盾しているじゃないか。それは宝を隠しているからだ!」

「理由ならちゃんとあるぞ。俺は、あるひとと約束をした」

「約束?」

「あぁ。『この城を守る』。俺は約束を交わしたそのひとや、彼女の仲間を守ると決めた。俺は、この役目がとても誇らしいと思っている」

「……セオ」


 メルはセオを見る。セオはまっすぐにアーヴィンを見据えていた。


「嘘をつくなセオドア! お前がひとりで暮らしていたことはすでに調べた。……それほど、私に歯向かいたいのか、そうか」アーヴィンは冷たく笑みを浮かべた。だが目に宿るものは、それとは真逆だった。

「いいだろう。お前とは、決着をつけたかった」


 アーヴィンは腰の剣を、ゆっくりと引き出した。


「……メル、梯子は」

「ちゃんと外して隠したよ。井戸に落ちた賊は、しばらくはあがってこられない」

「あとはアーヴィンを含めた七人……。ふっ、上出来だな。始めるぞメル」

「もちろん!」


 セオは身を低くして構えた。アーヴィンはロングソードを振り上げ――セオへ切っ先を向けた。


「みな、掛かれ!!」


 賊らが呼応し、セオめがけ走ってくる。剣を抜いたセオは脚に力を込め、その力を一気に解放した。

 先陣の賊ひとりに距離をつめる、まるで地を滑るように。賊の懐に飛び込んだセオは低重心のまま剣を斬り上げた。腰から肩を斜めに斬られ、賊はセオの脇で倒れた。


 セオは叫んだ。

「つぎ、どいつだ!」

「ひるむな! 例の連携をとれ」

 アーヴィンの命令に賊たちは動きを変えだす。セオはふたたび風のように地を駆けた。


 アーヴィンが率いる賊と戦うことも作戦のうちだ。城内の罠で戦う相手を減らし、のこりを叩く。……問題は、賊が連携をとった場合と、そして剣に長けたアーヴィンだった。これにはメルとスチュワートの力を借りた。


「セオさま、いまから七秒後に投げナイフがきます。右へ三歩移動を。……いまです!」


 スチュワートの予知どおり飛んでくるナイフを、セオは右に避ける。つぎのナイフも左に。別の賊が仕掛けた不意討ちも避け、横薙ぎにした。


「左側、賊ふたりがリメイア城に侵入するつもりです。対処を」

「わたしがやるよ! 絶対に入れないんだからっ!」


 ……バシッ! バシイッ!!

 メルの張り手が賊たちに炸裂する。突然の、強烈な衝撃にふたりは卒倒した。

 投げナイフの男の攻撃を避けセオは男に接近。たがいの刃がせり合ったところでメルが背後から男を気絶させた。今回のメルの張り手は全力の力で叩いている。彼らはしばらく起きてこないだろう。

 残りは、四人……! セオは剣の柄に力を込めた。

 と、

「右後ろ、アーヴィ……」

「もらった!」


 剣同士がぶつかりあう音――セオはぎりぎりのところでアーヴィンの攻撃を食い止めた。

「……くっ!」

「うまく凌いだなセオドア。お前たち手出しをするな! 私がやる」


 つぎに来たひと払いをセオは後方に転がって避け、間合いをとった。

「セオ! 手伝うから、……セオ?」


 セオは、メルに返事をしなかった。そのまま、ふたたびアーヴィンに迫る。セオは友だった元騎士に戦いを挑んだ。



 ……アーヴィンの強さは、相手の動きを先読みする観察力だ。剣を振るうとき、踏み込むとき……人体の動きには、わずかでもかならず『予備動作』が付随している。それを彼は読むのだ。並外れた動体視力をもち、関節の可動域も瞬時に把握できるアーヴィンは、彼の祖国トルキスに仕えていた時代に仲間から『国一番の騎士』ともてはやされていた。そんな彼と、俺はいま剣を交えている……。ユークとトルキスが行った合同演習終わりに彼と木刀で勝負したが、その正確さには肝を冷やした。


 生身の刃が激しくぶつかり、かち合い、軋みをあげている。アーヴィンは血走った目でその口を歪ませた。

「セオドア。お前を殺す!」


 アーヴィンの剣術が牙をむく。斜め左右の鋭い薙ぎ、獲物の動きから隙を見つけ――


「セオさま右! ひだ……あぁ、追いつきません」

 スチュワートが伝えてくるよりも速いアーヴィンの斬撃。どうにか防ぐがつぎの一手が刹那に襲い掛かる。防戦一方、……彼の腕はあの演習以降も落ちていないらしい。それでも、いまの俺は闘志に満ちみちていた。


 メルに助力を頼むことは考えなかった。アーヴィンを打ち負かす役目は俺であるべきだろう。そしてもう騎士ではなくなった俺だが、それでも譲れない、守りたい大切なものがここには存在している。


 アーヴィンの後ろで漂うメルが、俺を見ていた。いま、望むことはただのひとつ。

 ――アーヴィンに、勝つ!



 セオドアを倒すことは、私の積年の望みだった。誇りを奪われ、彷徨い、盗賊にまで堕ちた私の胸に常にくすぶっていたものは、裏切り者であるヤツへの復讐心だった。いつかもし会えたならば……。この再会はおそらく、さだめなのだ。


 念願の勝負を、決着をここでつける。自分が培った騎士時代のすべてをこの一戦に、かけてやる!

 怒りで荒れかける息を抑えつつ剣を振るう。身体の調子が良い、頭も目も冴えている。ほかの者ならば私の攻撃は食い止めらないが、セオドアらしくすんでのところで抑えていた。だがそれもいつまでかな? お前の持ち味は脚を含めた全身の瞬発力。しかし持久力は自慢できたものではなかったはずだ。時間をかければ、かならずお前は防ぎきれなくなる……!


 ……おかしい。なぜだ違和感を覚える。セオドアの様子が、なんだこの感覚は。

 ヤツの動きは予想できている。……だがこいつは、いったいどこに視線をむけている。私の背後なのか。すぐうしろに、いったい、なにが――


 ただ一瞬の、剣の鈍り。それが命取りだった。

 剣先が地面にはたき落とされ、その衝撃と続けてやってきた頭部の打撃に、おもわず握力を失う。

 我にかえった瞬間、セオドアはその刃を、私の首筋にあてがっていた。

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