17. 本当に逃げたっぽいですね、ボス
「本当に逃げたっぽいですね、ボス」
盗賊のひとりがアーヴィンに言った。荒れ地からセオのテントは跡形もなく消えていたのだ。盗賊団一三人のほかに人の姿はなく、動くものといえばゆるい風になびく枯れ草ぐらい。馬上でアーヴィンはあたりに目を凝らし、だが結局は探すのを諦めた。
「……残念だ。セオドア」
まだすこしは骨があると思ったんだが……。そう心のなかでつぶやきつつ、アーヴィンは盗賊たちに振り返る。剣を抜く、切っ先を荒城へむけた。
「ものども喜べ! 廃墟は我らのものになった! 宝を手に入れるぞ!」
賊たちは歓喜の雄叫びをあげた。
盗賊団はリメイア城に踏み入るために、志願した者で先発隊を組んだ。その数六人。城の広さも考え二人ずつ三手にわかれて、宝物を見つけ出す計画だ。どの組も、宝をさきに見つけたならほんのちょっとだけネコババしようと企んでいた。
「んじゃ、俺たちはこの塔から入るか。楽しみだ」
ニヤつきを抑えきれないあるグループは、そばに見える塔に入った。なかは薄暗く、だが下りの石階段が口を開けていた。短い蝋燭に火を灯し、螺旋状の階段を降りていった。
――が、
「おい……。行き止まりかよ」
「崩れたんですかねこれ」
階段を降りきった場所に続くはずの道は、大小の岩に塞がれ進めなくなっていた。隙間はまったくない。
「このさきにお宝があるかもしれやせんぜ!」
「馬鹿言うな。この廃墟をアジトにしていた元騎士の男は、街に行くたびに宝物を売っていたんだ。行き来ができる場所に宝はあるはず。仮に俺たちへの妨害と考えても、三日でこんなに岩を詰めたり壁を壊せるのか。ひとりでだぞ?」
びくともしない岩をこづきながら男は怒鳴った。
「そ、そうですね」
「まずここは後まわしだな。……くそ、俺たちは出遅れた。さきを越されるまえに宝を見つけてやる。急いで戻るぞ!」
残る先発隊ふたグループは、別の塔から入り込もうとしていた。すると二階部分の壁の一部が崩れており、梯子もかけられているではないか。……しめた! きっと正門ではなく、例の男はここから出入りしていたに違いない。賊たちは梯子を使い、城内の二階に侵入した。
ここまでは仲良し、だがいまからは争う仲だ。
口ひげをたくわえた男が言った。
「お前ら、俺らについてくんなよ」
小太りの男は鋭い目をして舌打ちした。
「うるせぇそれはこっちの言葉だ。お宝が見からなくて泣きべそかけ」
口ひげの男のグループは右の廊下を、小太りの男のグループは左へと分かれて進んだ。階段を上がった小太りの男のグループは、四階のある区画に入った。石組みの細い道が続く窓すらない場所、……そのはずなのに、か細い風の音が聞こえる。
なんだか悪寒さえしてきた。あと悲鳴も聞こえたような。
「……ここを行くのかよ」
「なにか、あるかもしれんだろうが」
だがそう言った小太りの男の足は、なかなか前に進まない。
――と、
「……おやぁ、めずらしいですねぇ。この城に、生者がくるなんて」
消え入りそうなかすれ声とともに、ぼうっと姿を現した男がひとり。紳士的な風貌と不釣合いな、生気のない顔をしていた。……しかもぼんやりと光っている。
賊らはその恐ろしさに全身が凍りついた。
「あ、あぁ、あ……」
紳士風の男は足を動かさず、すぅっと迫ってくる。
「この城は、たくさんの人が屠られた死者の城にございます。私は嬉しいのですよ。王も兵士も、そして盗人もみんな、……またお仲間が増えそうでありますねぇ。さぁさぁ、いらっしゃいませぇ――」
小太りの男の鼻先まできたと思えば紳士風の幽霊は、その冷たい手を小太りの男の眉間に差し込んだ。脳天をすり抜けた半透明の手に男は、大口をひらいて絶叫した。
「だあぁぁぁっ――! お、おたすけぇぇー!」
小太りの男も連れも、転がるようにその場から逃げた。走る勢いでつんのめりながらもと来た道をたどり、降りるために階段へ急ごうとした。すると、廊下の向こうに人がいる。仲間の賊――宝探しに出遅れたあのグループだった。
「おいおいどうしたんだ、その慌てぶりはよぅ」
顔をニヤつかせているふたりは、大きな木箱を協力して運んでいた。
「まさか、お前ら」
「そうとも! 見つけたんだぜ『お宝を』! ヘヘへ、どうよスゲェだろ」
だがさきほどの出来事に顔が引きつったままでいるふたりは、その恐怖も相まって、
「おい! こんなやばいところはやく逃げるぞ! お前らもいっしょに来い」
箱を運ぶふたりに駆け寄るため足を進めた――その瞬間だった。
……ギギ、ガサァッ!
片足が、ぬかるむように廊下に沈んでいく。残った足も沈んでいって、小太りの男も箱を持った男たちも、自分がいま『落ちている』ことを理解した。
「う、うわああぁぁっ――!」
叫んだわけは落下の恐怖だけではない。腐った床の真下には、あの幽霊が浮かんでいたのだ、おぞましい微笑みを向けながら……。男らはそのまま二階から一階の床へ、その床すらも抜けて、闇のなかへ落ちていった。
つぎに響いたのも、彼らの絶叫だった。
「うわああ! 骨えぇ! ガイコツが! わあああぁぁ」
メルが思いついた『作戦』は、つぎのようなものだった。
作戦その一。宝物部屋は出入りを完全に不可能にする――
「本当にいいのかメル。その方法だと……」
「うん、この部屋には入れない。そのための仕掛けだもん」
地面に書いた地図を指し、メルは得意げに口の両端をつり上げた。道を矢だらけにするほかに、宝物部屋まわりには仕掛けがまだ残っていた。……石積みの壁を意図的に崩落させ、道そのものを使えなくするというものだ。
「螺旋階段の隠し扉は開けておく。ここが特別な場所だと、思わせないようにね」
「つまり、わざと崩落しきった壁を奴らに見せるわけか! 『そもそも人間が入れる場所じゃなかった』と錯覚させるために。……ん、だがメル、そうなると俺だって宝物をクワルツヴィルに売りに行けなくならないか?」
「ねぇセオ、あんたいつもどうやって宝物を箱から出していたの?」
「……あ」
背後に、スチュワートの視線を感じた。……たぶん貼り付けたような笑みでこちらを眺めているのだろう。
俺はいままでスチュワートの能力を介して、錆びて開かない宝物箱のなかをあさっていた。この能力の前には宝物部屋に入れないことも、箱の距離すらも問題にならないはずだ。
六〇〇年以上前から城に組み込まれた仕掛けではあるが、メルの意図どおりに崩落の仕掛けは、完璧に動作した。
作戦その二。二階の廊下そのものを罠にする――
セオ自らが身を挺して検証した、例の腐りかけた廊下を使ったトラップである。これを実現するにはひと工夫必要だった。
まずは『誘導』。正門を通って侵入されるより、始めに廊下付近から入ってもらうほうが罠にかかる……未来を先読みできるスチュワートはそう教えてきた。なので、
「あった、梯子だ」
塗装がハゲかけているが赤い梯子を、城内の倉庫で見つけた。ためしに軽く叩く。思いのほか強度を保っているようでセオは安心した。これを城の壁に、目立つ角度で立て掛けておけば賊たちも気づくだろう。
……けれど、あらためてセオは首をかしげたくなった。リメイア城は廃されてから六〇〇年の時の流れ受けているはず。たしかに廊下や鎧など風化寸前なものはたくさんある。が、メルの寝室(床は除く)、宝物部屋の仕掛けやこの梯子など一部は、まるできのうから無人になったように劣化がみられないのだ。いったいどうしてだろうか……。
「セオ! グズグズしないの。運ぶよ」
考えている最中にメルの檄がとんだ。セオは「わかったわかった」となだめつつ、梯子を脇に抱えた。……まぁそんな例外もあるだろう。そうして深く考えることはやめた。
誘導にはスチュワートの協力が必須だった。賊が廊下から離れた場合に備えて、『彼らを脅す役』だ。それから、もうひとつ――
「もうちょっと右。あっダメ! 左にずらして」
「うぅ厳しすぎませんかメルさま! これは練習にございますよ」
「ぐだぐだ言わないっ! ちゃんと板材を持って『偽装』してスチュワート。すこしでも動いたら余計怪しまれるでしょ」
「だって大きすぎます……あぁつらい」
よくもまぁ、こんなに具合がよろしい建材があったものだ。スチュワートが一階の天井から必死に持ち上げているものは、長い廊下を覆うほど巨大な一枚板の床材だった。彼が着ているタキシードよろしく、未来から手に入れてきたものだそうだ。若干半透明でもある。そんなでかぶつを彼はいま宙に浮き、天井から足を出した状態でひとり支えている。
……見ているかぎり(幽霊関係の素材は重量がないのだろうか)、板の重さよりその大きさで取り回しに苦労していた。本物の廊下とぶつかりもしないので重ね合わせにくいのだろう。……本番の際はこれと、賊の誘導もひとりでやるはめになるのだから、なんというか頭が下がる。
数分後、スチュワートはコツを掴んだのか、板材は本来の廊下ときれいに重ねられるようになった。『幻の床』は多少白みを帯びて透けているものの、窓陽の明るさと錯覚すれば気にはならないだろう。宝探しに夢中な盗人ならなおさらだ。一階の床もぼろぼろだ。その下に見える奈落に落ちたことを考えると恐ろしい。
「穴のしたにはね、ガイコツがあるの」
「がいこ……。まえに話してくれた先客の盗人か?」
「ううん、別のひと。おなじ職業みたいだったけどね」
……骸骨はほかにも転がっているのか。余計に怖くなってきた。そんな考えを振り切るためセオは咳払いした。
「落としたあとは、……さすがに助からないよな」
「いいえ彼らは無傷で済みますよ。とても運がいい」
スチュワートが割り入ってきた。ちなみに床材の練習はメルが満足したので終わっている。
「それと、地下にある骨の主さまは落ちたときに亡くなりましたので気づかれませんでしたが、じつは――」
「おい、あっちに光が見えるぞ!」
あらかた暗闇で大騒ぎした賊たちのひとりが、一筋の輝きに気づいた。この間に起こった出来事といえば、落ちたすぐご対面した骸骨に慄く、彼らよりさきに落下していた口ひげをたくわえた賊らと再会する、宝箱ごと落ちたけど、ここからどうやって出るんだと喧嘩する、などであった。しかしふいに差し込んだ文字どおりの光明に気づいた賊たちは、みな色めき立った。
「出口だ、出口だっ!」
われさきにと走る賊や宝箱を運んで進む賊、……みな光を頼りにトンネル状になった細い空間を目指した。そうしてそのトンネルを抜けてみれば……
「うそ、だろ」
そこは、水が枯れた古井戸の底だった。
賊の全員が入れるほどに広い。だが陽の光が差しこむ空はずっと高いところにあり、三人程度が肩車をしても井戸の口には到底届かないだろう。
賊たちは大声で助けを呼んだ。運よく外の仲間が聞き取ってくれた。井戸口に散らばったごみを払いのけ、彼らを見下ろした。
「おい何しているんだお前ら!」
「助けてくれよー。城から落っこちちまったんだ」
「……なんで井戸に」
「騒がしいな。どうした」
異変に気づいた仲間が井戸に近寄る。そこにはアーヴィンもいた。
アーヴィンは訊いた。
「宝は。見つけたか?」
「へ、へい。ありました! このとおり」
落下の衝撃で蓋の蝶番がぐらつく宝箱。口ひげの賊は蓋を開けて、アーヴィンに『輝くもの』を掲げた。