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16. うわぁぁぁ――っ!

 朝日が昇ったリメイア城内の地面に、『ある地図』が描かれていた。セオは薪の枝を指し棒がわりに地図の各所を確かめ、ニヤリと笑う。


「……これなら!」

「ふふんっ、いいでしょう、わたしの作戦」

 自慢げにメルは胸を張った。


 セオが自らの決意をメルに伝えた昨夕、メルもじつは一日悩み抜き、決めたことがあった。「わたしもこのまま何もできないなんて、ほんとうはいや。……できることならあなたと一緒に戦いたいって。考えたの、だからわたしに協力して」と。そうして、彼女が提案してきたものがこの地図と作戦だった。ただし実際に地面に地図を描いたのはセオである。


 ……ひとりであれば俺がアーヴィンたちに立ち向かうことは無理だろう。けれどメルがいれば、彼女のこれがあれば、無謀であることに変わらないが勝てる、不思議とそんな気がしてくる。――廃墟となったリメイア城を利用した防衛作戦――セオは自分が心躍っていることを自覚した。忘れていた、懐かしい感覚だった。

 アーヴィンは明日やってくる。きょう中に作戦の下準備を済ませなければ。


「それじゃ、はじめるよーっ!」


 メルはごきげんな調子でセオに手招きした。彼女のうしろをついていく。メルは元気そのもので、淡い色の金髪がまるで跳ねるように揺れていた。その後ろ姿に胸がじんとした。……小さな身体で、彼女は俺のために必死に考え、大きな賭けをしてくれているんだ。


「メル」

「なに?」

「ありがとう、俺のことを好きな騎士と言ってくれて。これからもよろしく頼む」

「……あ、あっ、あたりまえでしょ! 変なこと言うなっ」

 ――バシィッ!

「いっだぁ!!」



 メルが連れていった場所はいわずもがなリメイア城内だった。つまり……。


「うわぁぁぁ――っ!」

「まーたセオ落ちかけているじゃん。はやすぎ」


 城内の廊下をセオはふたたび踏み抜き、ぶら下がっていた。見下ろすメルはまさに絵に描いたような模範的な表情であきれていた。……そりゃ二度目だけども! あと落ちるまでの流れもビックリするほどおなじだったけどさ!

 濁音まじりに助けを求めて、メルとスチュワートに引き上げられた。


「よぅし、このあたりも床が脆いね。使えそう」

「……はい?」


 疑問の声を無視して、メルはスチュワートに指示を出す。スチュワートはメモとペンを取り出してさらさらと書き始めた。どこにそんなものを隠し持っていたんだ。メルは「まだ言っていなかったね」と言って続けた。


「わたしは身体の表面を実体化できても重量はほとんど増えないから、床材の強度を調べるためにわたしじゃなくてセオの体重が必要なの。トラップのためにもうすこし我慢してね」


 苦笑いながらも白い歯をみせるメル。……なんど俺を奈落へ落とそうとする気だこいつ。



 結局セオは廊下で四度落ちかけるはめになった(途中で、端を歩けば幾分か強度がマシになるとわかったがそれでも一回は床が抜けた)。

 つぎに案内された石造りの塔は、いままで来たことがない場所だった。暗い部屋でスチュワートが明かりとして光ると、そこは食器やら鎧やらが無造作に転がっていた。木箱も三つほどある。


「ここは倉庫。でもいまじゃガラクタが多いかな。これとか錆びているし」


 メルが指さした鎧は六〇〇年の時の流れに抗いきれず所どころが錆びていた。とくに胴の蝶番がひどく、触ればきっとバラバラに崩れ落ちるだろう。……メルは、リメイア城が陥落したとき乗り込んだエギシア兵たちが荒らした場所だと言った。


「つまりまともなお宝はここにはないんだな」

「木箱のなかはちょっとマシ。エギシア兵が選り好みして、割れた色水晶だけ残しているところを見たからね」

「……幽霊になったすぐのころか」


 頷いたメル。セオが木箱のなかを確認するとたしかに砕けた色つき水晶が散乱していた。滑らかな断面の輝きが美しかった。


「地下の宝物と比べたら価値は低めだけどきれいでしょ。あいつらを困らせるには、十分なはずだよ」



 昼になり休憩をとることになった。するとメルは急に「見せたい場所がある」と言いだした。セオは(今度こそ落ちないよう気をつけて)彼女について行くと……。


「ここ、は……」

 広い空間、開け放たれた戸口とそのさきにあるバルコニー、劣化した箇所もあるが部屋の豪奢な様式はいまだ褪せていない。


「応接間のひとつなの」メルはにんまりと笑った。仰々しい口ぶりになって、

「王女を手伝ったお礼であーる。セオよ、我が城の応接間を存分に堪能するがよい」

「ん、どうした急に」

「……っ、雰囲気をつけたかったの!」

「だよな。悪い悪い」


 ムスッとするメルがなんだか可愛らしい。けれどちょっかいのしすぎはよくないな……そう思うセオだった。


 メルに促され、頬をかすめた心地よい風にもさそわれてセオはバルコニーに進んだ。目が陽ざしに慣れたとたん、そこにはリメイア城下の荒れ地を望める光景が広がっていた。

 ……不思議だった。いつも荒んだ景色にしか思えなかった地が、いまは違って見えている。カラカラの大地も埋められた堀の跡も、山々も、……みな美しかった。かけがえのない美しさに思えた。


「……むかしはすごく、きれいだったんだけどね」

「いいや俺には十分だ。以前の姿が、わからなくてもな」


 応接間のバルコニーの景色に心奪われたセオ。その様子にメルは「手すりは脆いから触らないでよね」とだけ言い、すぅっと部屋のなかへ消えていった。ただしもうひとりは空気を読まなかった。セオは残っているスチュワートに気づく。いつもどおり掴みどころのない人物だが、……ちょうどいい。聞きたいことがあった。


「スチュワート。あんたは、過去を見られないのか?」

「おや? なぜにそのような話を」


 セオはため息をつく。

「リメイアの騎士クラウス・エアハルトのことだ。……彼は本当にメルを裏切ったのか。彼女から話を聞くにそう思えなくて。で、過去は無理なのか?」

「無理、でございますね。私めは未来を知るだけで精一杯なのでございます」スチュワートは、すると一瞬だけ口をへの字に曲げた。

「私は、あのお方にメルさまを取られたりで憎らしく感じたときもございまして。しかしながらあのお方、エアハルト卿は王との契約にとどまらず、忠義に生きたすばらしき騎士さまであらせられました。私も不思議に思っております、あのお方の行動を」

「そうか……」

「ちなみに、セオさまはもうお気になさらないのです? ご自分の未来を」


 ……セオはハッとした。食い気味で尋ねた。

「そうだよ! どうなった、俺の未来は!」


 スチュワートはセオを見つめ、――眉を上げて笑った。

「ふっふふふ……。さぁて、どうでしょうかね?」


 ……こいつ、エアハルト卿と違って俺のことは馬鹿にしているらしい。そう確信したセオであった。

 休憩を済ませ、セオたちは城に仕掛けを施していった。すべてを終えたころにはとうに日が暮れていた。そうして翌朝、アーヴィンたちは荒れ地へとやってきたのだった。

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