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14. あいにく『ひさしぶり』としか言えない

 その日の夜。セオは外の異変に気づきテントから出た。……やや遠いが人の足音が聞こえる。しかもひとりやふたりではない。馬の蹄の音も。


「セオさま!」

 スチュワートが近寄ってきた。メルも来る。スチュワートは慌てた様子だった。

「あなたさまを襲いにきます。急ぎお隠れを」

「……未来を先読みしたんだな。わかった」


 しかし、

「動くなセオドア! 野営の火で丸わかりだぞ」


 荒れ地から響いた大声。セオはその声色に聞き覚えがあった。セオが敵として裏切ることになった、異国の騎士であり過去の友。

「アーヴィン……」



 セオは隠れることなく彼らを待った。スチュワートはセオの行動に焦る様子を最初はみせたが、すぐに容認した。メルのほうはというとそわそわしたままだ。


 来る者たちの姿がセオの目にはっきりと映る。やはりというべきか、彼らはクワルツヴィルでセオを襲った賊に間違いなかった。数えれば一三人いる。そしてそのほとんどが徒歩のなかで、先頭のひとりだけは痩せた馬にまたがっている。

 金髪を後ろに束ねた面長の男だ。賊らはセオのもとに着くと威圧するかのように横に広がった。セオは先頭の男に、尋ねた。


「ほんとうにお前か、アーヴィン」

「……だとしたら都合が悪いのかセオドア。あいにく『ひさしぶり』としか言えない」


 アーヴィンは馬上からセオを見下ろした。セオの記憶よりも、彼の髪はつやをなくし、頬も若干だがこけていた。身につけた鎧も、所どころがへこんでいる。当時の彼は上品な立ち居振る舞いが持ち味で皮肉なんて言う人物ではなかったはずだ。仲間を見渡せば、どれもあのころのアーヴィンとはつりあわない小汚い男たちだった。


 馬が低く鼻を鳴らす。アーヴィンは見下ろしたまま口角をつり上げた。


「いま私はこいつらのボスをしている。みな仕事が優秀でな、本拠地から足を伸ばしてみたんだ」


 ……どんな仕事かは、すでにわかりきっている。セオは無意識に唇を噛んでいた。


「トルキスは捨てた。……セオドア、お前のせいだ」アーヴィンの手綱を握る拳が締まった。

「帝国の指図でお前が攻めてきたおかげで、国は潰れ、荒廃した。私は命からがら国を逃げるしかなかったんだ。……だが、フッ。お前も現在は似た立場だそうだな、調べたぞ。縁もゆかりもないこの地に飛ばされたうえに、はめられて権力の座から追い出された。噂を聞いたが、それほどに『怖がり』だなんて私は知らなかったな。あのころは、酒を飲み交わした仲だったというのに」


 そう語ったあと、アーヴィンは小さく舌打ちする。馬を降りた彼は、賊たちのほうを一瞥して、続けた。


「……本題に移る。お前の暮らしについてだ。街の人間に聞いてまわれば、セオドアお前は大層、金に恵まれているらしい。……この廃墟が理由か」

「はやくヤッちまいましょうぜボス!」

「だまれ!!」


 アーヴィンの罵声に賊は肩を縮ませた。彼らの空気が一瞬にして張り詰める。賊をなだめてアーヴィンは、セオに一歩つめ寄った。


「私が、いや『私たち』が求めることは単純だセオドア。……廃墟にある宝をすべて差し出せ」


 セオは黙り、メルに目を配った。彼女は賊たちを鋭く睨んでいる。だがそれと相反するように小さな身体は見るからにこわばっている。怖いのだろう。

 セオは、アーヴィンに聞いた。


「俺が、断ったら?」

「ははは……。お前はそこまで馬鹿ではないはず」


 アーヴィンが右手で合図を送ると、背後の賊たちは一斉に各々の武器を構えた。それだけで答えとして十分だった。多勢に無勢。賊たちの力量次第ではどうにかできるかもしれないが、彼が加わるならば別だろう。


「ここを去れセオドア。そして新たな獲物を見つけろ。お前の胸にある紋章はもはや黒塗りだ。帝国が統べるこの地で堕ちた者の行き着くさきは、わかっているはず。いまお前は廃墟をあさる盗人で、我われは盗賊として生きている。選んだものに大きな違いはない。……そうだお前を雇ってやろうか。ただし私のもとでつく地位は低いがな、フフッ」


 鼻で笑うアーヴィンは、セオにとっては苦しくなるほど、別人に感じられた。

 ……当時の俺は帝国の脅迫に負けてトルキスに攻め入った。そのせいでアーヴィンはこんな姿に成り果てたのだ。そしていま、どんな因果か俺はふたたび、だが今度はアーヴィンによってふたたび瀬戸際に立たされた。自分がしでかしたことに、いまのこの現状に、身体から力が抜けていく。


 俺は彼に返す言葉を、まるでみつけられない。――みつけられない、はずなのだ本当は。だが俺は、


「……できない」

「……。なに?」

「アーヴィン。できない」


 ――盗賊という名の、野次馬はざわめきだす。ふと口から出たひと言だった、……なぜだろうか。脳裏をよぎったのは、たしか――


「こいつボスに歯向かいやがった!」

「もう我慢できん。誰からやる」

 雑言は、しだいに大きくなっていく――

「しずかにしろっ!!」


 ボスの声に静まる賊たち。アーヴィンは苛立ち睨んでいたが、唇が動いた。


「いいだろう、私からの温情で時間をやる。……三日だ、明日から数えて三日のあいだにここから消えうせろ。私の積年の恨みがお前に向かうまえに……」


 殺気を放ったままセオから離れ、アーヴィンは馬にまたがる。賊たちはぞろぞろと、荒れ地の闇夜へ姿を消していった。



「セオっ!」


 メルは一目散にセオへと駆け寄った。彼女の表情は、……やはり怖かったのだろう、とても焦っているように思えた。アーヴィンたちが去りひとまず危機は脱した。が、奴らはまたやって来る。……それまでに俺は、なにができるだろうか。

 メルについてきたスチュワートは、眉間に皺を刻んでいた。みるからに彼女が気がかりのようだった。セオはメルに話しかける。できるだけ平静を装ったつもりで。


「まずい連中が、きたな」

 彼女は、だが大きな目で見るばかりで返してこない。


「あぁ。……大丈夫だメル。俺は、」

「セオはにげて」

「は?」

「だから、セオはここから逃げてっ!」


 やっと反応してくれたものの、メルの言葉がセオにはどうしても納得できなかった。それに動揺する様子も気になったのだ。状況的に理解はできるが、メルのそれはあまりに鬼気迫る勢いだった。強すぎるような。


「すこし落ち着いてくれ。まだ三日ある。考えることから始めないか」

「違うよもう三日しかないでしょ! いやだっ、あなたはここにいると危ないの!」メルは強く地団太を踏んだ。

「またあいつらが来たらセオは怪我しちゃう……ううん、死んじゃうかもしれないんだよ! だってあなたは生者だから」


「スチュワート。俺の『未来』は、そう出ているのか」


 スチュワートに聞けども、彼は険しい顔のまま肯定も否定もしてこなかった。ついには悩むように唸る始末だ。……なぜ言ってこないんだ。メルはさらに言い募ってくる。


「リメイア城はわたしとスチュワートで守れるもん。幽霊なんだし、わたしはバシバシできるから」

「あの人数の盗賊にアレをやるつもりか? ひとりひとりに対処しても間にあわない。結局は時間稼ぎで宝物は盗られるぞ。……幽霊とか関係ないんだメル。昔みたいに城が荒らされてしまう。今度こそ、何も残らなくなるんだぞ」

「じゃぁどうしたら勝てるっていうのっ! ……いいよ、それで。ぜんぶ盗まれたって!」

「……。嘘、だな」


 突っぱねた言いかたをしつつもセオは内心驚いていた。いつものメルらしくなかった。やはり様子が変だ。

 うつむくメルは拳を震わせている。そうして、言い放った彼女の声色は『駄々をこねる』とはずいぶんと違う、叫ぶような声だった。


「もう、もういやなのっ。わたしの好きな騎士が死んじゃうのは!! あのひとみたいにならないで! だからセオ、もうここから出てってよ!」


 そのままメルの平手がセオに飛びかかる。だが彼女は寸前で手をとめた。泣き顔のままおろして、ぷいと顔をそらした。


「セオがここから逃げるって言わないかぎり、わたし口きかないから。さよなら」



 背中をむけて、遠ざかっていくメル。半透明の後ろ姿は、いつもの彼女よりもっと小さくセオの目に映った。


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